急な制作依頼、降板、代役撮影…… 井上梅次の職人芸で完成した映画「夜の牙」(1958年・日活)
こんにちは、井上・月丘映画財団です。
現在、国立映画アーカイブでは「井上梅次 月丘夢路 100年祭」を開催中です。期間中29作品が上映されます。
期間中の上映作品に関連して、今回は「夜の牙」の制作秘話をご紹介します。
「夜の牙」
監督、脚本:井上梅次
出演:石原裕次郎、月丘夢路、岡田真澄、淺丘ルリ子、白木マリほか
10月末の依頼で1月15日公開映画を作る
「夜の牙」は「嵐を呼ぶ男」(1957年・日活)の製作中に、急遽井上が依頼を受けて脚本、監督を担当することになった映画です。映画を撮りながら映画を作る、しかも10月下旬の依頼で1月15日封切に間に合わせるという、大変難しい内容でした。
映画を製作しながらもう一つの映画のシナリオを書く日々を送り、「嵐を呼ぶ男」が完成したときには、「夜の牙」のシナリオも書きあがったと言います。
急な降板、キャスト変更秘話
当初、「夜の牙」は主人公の青年医師役に三橋達也を、子分役に石原裕次郎をそれぞれ予定していました。当時「嵐を呼ぶ男」が完成したばかりでしたが、配給元の日活も井上もそのヒットを予測できていなかったといいます。
「夜の牙」のパンフレットやポスターの序列の問題で主役・三橋達也と石原裕次郎の逆転現象が起こってしまい、それに怒った三橋を井上がなだめたことがありました。
しかしその後も行き違いが発生し、神宮球場地下道を貸し切った唯一の撮影チャンスの日に、三橋と連絡が取れないという事態に発展しました。
井上は急遽、キャスト変更を提案。主役に石原裕次郎、子分のスリ役に岡田真澄を抜擢し撮影を無事終えました。その後夜遅くに現れた三橋に、今日クランクしないと間に合わない苦境を説明して、了解を求めたそうです。
「夜の牙」の神宮球場の地下通路のシーンは非常にスリリングで印象的ですが、撮影の舞台裏でも違った意味での緊迫感があったのでした。
裕次郎の高熱。「きっとやりとげてやる!!」のフキカエ撮影
前述のとおり、映画の依頼を受けたのが10月末。クランクインしたのが12月10日。映画の公開は1月15日……というスケジュールのなか、年末にまた新たな問題が持ち上がります。
その年には日本全土に流感(流行性感冒。インフルエンザ)が大流行し、石原裕次郎が39度の熱を出して寝込んでしまったのです。
井上は彼と髪型、背格好の似た若者に裕次郎の衣装を着せ、吹替撮影をどんどん進めました。顔がはっきりわからない角度から撮影する、アクションシーンを後ろ姿で撮影するなどし、後日熱が引いてから、裕次郎の顔が見えるサイズで撮影をし、つなぎ合わせてシーンを完成させました。
悪党と路地で大乱闘するシーンも「夜の牙」で大変印象的なシーンですが、吹替撮影であることを気が付かなかった方も多いのではないでしょうか。
このように、知恵と決断でさまざまな苦難を乗り越え、撮影実数17日、年末30日昼にはクランク・アップしました。
「撮影が早い」「娯楽の達人」「職人芸」などと称される井上梅次の仕事ぶりですが、こうしたエピソードを知ると、その時その時で知恵を絞り、汗をかき、実直に取り組んだ彼の姿が見えてきます。
「夜の牙」のスクラップブックより
映画作品ごとに、当時の広告、撮影現場の写真、批評、新聞記事などを丁寧にまとめていた井上梅次。スクラップブックを見ると、作品にかける熱意、思いが手に取るように伝わってきます。
「夜の牙」を国立映画アーカイブの大スクリーンで
国立映画アーカイブ(東京・京橋)で開催中の「井上梅次 月丘夢路 100年祭」では、ご紹介した「夜の牙」も上映されます。
以下、2回上映予定です。
2023年11月7日(火) 3:00 PM@長瀬記念ホール OZU
2023年11月10日(金) 3:50 PM@長瀬記念ホール OZU
ぜひ大スクリーンで、迫力ある映像をお楽しみください。