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君がうまく生きられますように。映画『ナミビアの砂漠』評
砂漠の水飲み場に、動物たちが集まっている。YouTubeで配信されているライブカメラの映像。映画のタイトルにもなっているナミビアの砂漠の光景が、エンドロールで流れている。
映画が終わり、映画館に光が灯る。隣で映画を観ていた君はじっと座ったまま、動かない。目には涙を浮かべている。観客が全員席を立ち、僕たちだけになり、君は言った。
「私の脳内を覗かれてるみたいだった」
「希望のない時代」の空気を映した映画
映画『ナミビアの砂漠』は、2024年の東京で生きる若者を切り取った作品としては、最高レベルの解像度だと思った。
山中瑶子監督のデビュー作『あみこ』は、地方都市に住む文化系10代の生きづらさを当事者の視点で描いていた。『ナミビアの砂漠』もやはり、東京で20代前半を過ごしてきた山中監督の当事者の経験や視点が入っているだろう。
山中監督はインタビューで、27歳の自分自身もすでに20代前半以下の感覚はわからなくなってきているので、その世代の人たちに話を聞きながら脚本を書いた、と言っている。とはいえ、時代の空気は敏感に感じ取って作っていることもまた、インタビューで答えていた。
失われた30年で経済格差が広がり、生まれたときから希望がない時代の空気のようなものは、30代の僕にとっても感覚として共有されていて、そうした空気感の中で生きることの辛さ。
何かを頑張って成功するとか、そういうことははじめから念頭になくて、好きなことで生きていきたい。いや、それすらもはやないのかもしれない。ただ、仲間とチルしながら生きていれば、それでいい。そんな空気感。
もちろん、「今の時代の若者」はこうだ、なんて大きすぎる主語で括れるようなものではないし、そうでない人がたくさんいるのは百も承知だ。それでも時代の空気のようなものはたしかにある。
『ナミビアの砂漠』には、たしかにその空気を反映した生活が映し出されていたと思う。
河合優実演じる主人公・カナは、恋人のホンダと同棲している。献身的なホンダに対して、自由奔放なカナは、ホンダに退屈している。刺激を求めて映像クリエイターで自由な雰囲気のハヤシと浮気。ホンダには別れを告げ、ハヤシと同棲をはじめる。
カナはハヤシとの生活もすぐに不満を抱いていく。ハヤシとの生活の中で、カナは精神的に不安定な状態となり、激しく感情的になり、ハヤシにそれをぶつけることが多くなっていく。
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生きてるだけで、心がすり減る。それでもうまく生きたい
カナの生きづらさは、心の病気だからなのだろうか?
実際に作中、双極性障害か境界性パーソナリティ障害かもしれない、と診断され、後半はカウンセリングを受けるシーンが何度か描かれている。
だが、生まれたときから希望がなく、何か成し遂げたいと思えるような「やりたいこと」を持つ機会もない。スマホを見れば情報に溢れているけど、自分にとって必要な情報を選ぶための指針がないから、自分の見たい情報だけを見るようになる。
だけど生きていくにはお金を稼がないといけないから、とりあえず就職してなんとなく仕事はする。でも本当はこんな仕事したくない。好きなことで生きていきたいし、それがなければ働きたくない。
こんな時代に生きていれば、生きているだけで、誰だって心がすり減っていくんじゃないか?
カナは美容脱毛クリニックで働いていたが、ただなんとなく働いている。仕事でトラブルを起こし、辞めたとき、ハヤシに「私もう働かなくていいかなあ。私の分も稼いでくれる?」と言う。そんなハヤシは裕福な家庭環境に生まれ、映像クリエイターをやっている。
カナはやりたいことなんてない。これといった趣味もない。ソファに寝転がって、YouTubeでぼんやりとナミビアの砂漠の水飲み場のライブ配信を見ている。
カナはそんな毎日に苛立ち続ける。うまく生きていけない自分に。うまく生きているように見える、ハヤシやその周囲の人間に。
それでもカナは誰かと生きることを選ぶ。ハヤシとの喧嘩が次第に日常の風景になっていく様子は、本作で最も感動的なシーンだ。ハヤシはカナを受容し、カナもまたハヤシを受容していったのだ。
***
映画館で『ナミビアの砂漠』を観て、カナにひどく共感し、打ちひしがれていた君。僕が君を受容し、ともに生きることは叶わなかった。
それでも、君がどうにか、うまく生きていけるようになることを願っている。いつか、砂漠を抜け出せますように。