幾度となく通い詰めた婚活パーティ。思えばいい女はだいたサクラだった。たいがいクズを掴まされて、逃げ帰るばかり。それでも、こんな日がくるんじゃないかと夢見て、あきらめずに参加し続けた甲斐があった。理想の女と念願のカップル成立。それが愛子だ。 この機会を逃してなるものか。オレはパーティの後、死ぬほど無理して四つ星レストランに愛子を誘った。すると、愛子はいきなり、バッグから婚姻届を出してオレに迫った。 「あなたと結婚しようと思うの」 おいおい…ここは正直に言うしかない。
#創作大賞2024 快速電車に吸い込まれるように接近した私の腕を引いたのはキリンだった。よりによって、こんな男に自殺を止められるとは、一生の不覚である。すっかりと死ぬ気力が失せた私は、駅のベンチでうなだれた。キリンは薄ら笑いを浮かべながら私の横につっ立っていて、離れようとしない。 東京から転校してきた二宮修一が、クラスのみんなから総スカンを食らうのにさほど時間は掛からなかった。とにかく、横柄で生意気。協調性もなく、文化祭の準備も、「なんで、こんな無意味なことをする」と早
#創作大賞2024 「ねぇ、私の事好き?」 デートの時、彼女は必ずそう聞いてくる。 ぼくは、「好きだよ」と確証のない返事を繰り返す。彼女は、そうして「好き」という言葉を担保にぼくを縛り付けるのだ。 街は昨日のニュースで持ちきりだった。B国が我が国に向けて、核兵器を発射するかもしれない、という報道である。 普段、政治の話などしないぼくだが、彼女にこの話題について水を向けてみた。すると、彼女は軽くこう言い放った。 「大丈夫でしょ。もし、そんなことになったら、A国
#創作大賞2024 幾度となく通い詰めた婚活パーティ。思えばいい女はだいたサクラだった。たいがいクズを掴まされて、逃げ帰るばかり。それでも、こんな日がくるんじゃないかと夢見て、あきらめずに参加し続けた甲斐があった。理想の女と念願のカップル成立。それが愛子だ。 この機会を逃してなるものか。オレはパーティの後、死ぬほど無理して四つ星レストランに愛子を誘った。すると、愛子はいきなり、バッグから婚姻届を出してオレに迫った。 「あなたと結婚しようと思うの」 おいおい…ここは
生きていることは、嘘をつくことだ。 あの人は大地に種を蒔いて、 肥料をやり、丁寧に丁寧に嘘を育てた。 そして、収穫した作物に、 真実と名付けた。 はい、それが真実です。
堅く強固で、岩盤のような風。 正しく、清らかな蜘蛛の糸を張り巡らせる風。 低い唸りのような風音。 嬲り、恫喝されるたびに血液が揺さぶられ、 白く濁った液体を吐瀉した。 あの風はいつも、向かい風だった。 今から、逃げ出すための未来。 綿菓子のようなふわふわした夢。 風はいつも、行く手を阻んだ。 「愛」という正当な理由を振りかざし。 一秒もそこにいたくなかった。 脱獄するよりほかなかった。 騙し、欺き、汚れ、それでも逃れたかった。 そして、手に入れたかりそめの無風地帯。 それ
自宅が火事になり、夫が死んだ。警察は事件と事故の両面で調べを進めていたが、この度、不慮の事故だったという結論に達した。火事が起きたとき、私と子ども達は実家に帰省していた。夫は仕事の関係で、遅れて合流する予定になっていた。警察から失火の原因を説明されたが、あまりにも突飛すぎてとても納得のいくものではなかった。 真実を知るため私は歌舞伎町のとある雑居ビルを訪ねた。地下の階段を降りると、看板のない黒いドアがあった。躊躇しながらそのドアを開けると、暗がりの店内に例の〝商品〟が並んで
私が経営している会社は、社員10人ほどの小さな自動車販売店だが、大手企業に真似てユニークな休暇制度を採用した。その名も「課題解決休暇」。ボランティアや地域活動に勤しむために設けた休暇である。活動証明など厳密なルール設定はしていないが、休暇の後、レポート提出を義務づけた。その中で、大変興味深いレポートがあったので、ここに紹介する。 社長から休暇制度の説明を受けたとき、「課題解決」というこの休暇のテーマを私なりに解釈し、何をすべきか熟考しました。あらゆる選択肢を考えた上で、出
「私たち、生きていていいと思う?」 清花の通夜の帰り道、久美子が私に問いかけた。 「知らないけど、私は死なない。どんなことがあっても」 私には死ねない理由があった。夫とは離婚し、2人子どもを抱えていたし、下の子は脳に障害を抱えていた。死ねるわけがない。清花にしたって、一人娘を遺していた。なぜ、今になって死を選んだのか。遺書は遺されていなかった。ただ、清花が死を選んだのは〝あの日〟と同じ日だった。それは単なる偶然ではない、と久美子は感じているようだった。 私と清花と久美子は
「私ね、フツーの生活がしたいの。小さな家に、子ども二人。家族四人で食卓を囲んで。お友達のこと、学校のこと、最近、何が流行ってるとか、何でもないこと話したりして。そういうフツーの生活っていいと思わない?」 マックスげんなりして無視した。すると、絵夢は「ねぇ」とオレの身体を揺すった。耐えきれなくなって腕を払うと、その拍子に、拳が彼女のあごにヒットした。うずくまり痛がる絵夢にオレは「そんなくだらねぇ話、二度とすんな」と、吐き捨てた。 親に捨てられ、コンビニのゴミ箱を漁って暮らし
これまで母の言う通りにして、間違っていたことなど一つもなかった。母の勧める学校に行き、一流と言われる会社に就職もできた。全て母のおかげである。しかし、どうだろう。今回ばかりは、いかに母の言うこととはいえ、従って良いのだろうか。 私の大好きなカレーライスをこしらえてくれた夕食時、出し抜けに母が言った。 「実はね、シゲちゃんに殺して欲しい人がいるのよ」 母は、まるで買い物を頼むように私に殺人を依頼した。私は、母の言いつけならば、どんなことでもするつもりでいた。誰かを殺せ、
母と夜道歩き口笛を吹いたら「夜、口笛を吹かないで」と咎められた。「なんで」と聞くと、「蛇が出るから」と母は言う。あのとき、なぜ、母がそんな注意をしたのだろうか、思い出すことがある。その日、母は死んだ。僕の目の前で、電車に飛び込んだ。僕を1人置いて。 「お父さん、どこ行くの?」 歴史は繰り返す…のか。時が経ち、僕は娘の遙花と夜道を歩いている。 「新しい家。お父さんの知り合いが海外転勤になって、その間貸してくれるんだよ」 「どこにあるの?」 「この先。あと10分
自殺なんてない。 結局、誰かが殺している。 誰かが 心を殺してる。 人の心を殺しても、 誰にも裁かれない。 殺し方は簡単だ。 丁寧な口調で近づいて 味方のふりをすればいい。 真綿で首を絞めるように じっくりじっくり追い詰める。 奴らは強い相手とは 闘わない。 自分よりも弱い相手を探して 絶対勝てる闘いをする。 弱い人間をさらに弱らせて、 一撃で仕留める。 あなたの近くにもいますよ、きっと 心の殺人者。
人間は命を食べて生きている それと同じように 人間の心は生け贄を食べて生きている。 生け贄がいることで社会は何とか成り立っている。 誰を生け贄にする? 皆があこがれて、うらやましい存在こそ、生け贄にふさわしい。 弱気ものを生け贄にしてはいけない。 羨望の裏側に生け贄がある。 生け贄になった 能力者の悲痛な叫びが聞こえる。 それでも人間には 生け贄が必要だ。
清潔であれ。 無菌室から出ることを禁じられ、 接触することは悪。 非接触の流儀。 潔癖であれ。 舌をねじ込まれるのは許せない。 排泄した箇所を舐めるなんてあり得ない。 抗菌、無菌、消毒して。 心を消毒して。 汚れたものを排除しよう。 都合の良いものだけを切り取ろう。 好きな物だけを観よう。 興味のある方向に少しずつ誘導される。 目に見えないものに動かされ、 私たちは大切なもの奪われたことにすら気づかないまま生きていく。
築30年の湿った木造アパートの一室を開けると、わずかに死臭が漂った。若い作業員・工藤ヒカルが手を合わせる。オレは横目で冷ややかに見ながら、ずかずかと部屋に入った。「くだらねぇ」今更、手を合わせたところでどうなるってわけでもねぇのに。独り暮らしの老人が住んでいたにも関わらず小綺麗に片付けられている。これまで、ゴミ屋敷のようなカオスを何度も見てきたから、そうなっていないだけマシか。 「とにかく、金目のものを探せ。それ以外は後でいい」 ヒカルは分かってますよ、とばかりうなずく