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『GRIS』は何がすごかったのか、今さら振り返る

まえがき

2018年にリリースされた『GRIS』は、繊細な色彩と音楽、そして言葉を一切用いないノンバーバルな表現によって、多くのプレイヤーを魅了してきました。「ゲーム」という枠を超えた芸術作品として高く評価され、今なお語り継がれる名作です。この記事では、『GRIS』を既にプレイしたことがある方に向けて、その表現技法やテーマをより深く掘り下げて考察します。

『GRIS』の中心にあるテーマは「喪失と再生」です。この普遍的なテーマを、水彩画が命を吹き込まれたかのような美しいビジュアルと、深い感情を呼び起こす音楽が見事に描き出しています。また、ゲームを進めるにつれて世界に色彩が戻る仕掛けや、音楽が段階的にスケールアップする演出が、主人公の心の癒しをプレイヤー自身に深く体験させる巧みな仕掛けとなっています。これらの独自の表現手法により、『GRIS』はリリース後、多くのプレイヤーや批評家から高い評価を受けました。特に、色彩と音楽を活用した感情表現は、アートゲームの可能性を広げた点で注目されています。

本記事では、『GRIS』がどのようにして独自の世界を築き、多くのプレイヤーに深い印象を与えてきたのかをひも解きます。視覚、音楽、操作の3つの観点からその魅力を探り、同時に抱える課題についても考察し、『GRIS』がなぜこれほど注目され、今なお語り継がれているのか、その理由を改めて探っていきます。


『GRIS』表現の三要素

『GRIS』は、主人公の少女・Gris が色のない世界をさまよいながら少しずつ色彩を取り戻していく物語です。Berlinist が手掛けるサウンドと、まるで水彩画のような美しいビジュアルによって、文字や台詞を排したノンバーバルな形で展開されます。この「喪失と再生」というテーマは、色彩、音楽、操作といった表現要素を通して、プレイヤーに深く訴えかけるように描かれています。以下、それぞれの要素がどのように物語と結びついているのかを具体的に見ていきましょう。

色彩による感情の可視化

『GRIS』では、赤、緑、青、黄といった色が段階的に解放され、それぞれが主人公 Gris の内面の感情変化を象徴しています。この色彩の変化は単なる美的要素ではなく、物語そのものに深く組み込まれています。

たとえば、「赤」は怒りや混乱を表し、砂嵐や崩壊した建物といった荒々しい環境が主人公の葛藤を鮮烈に描き出します。「緑」は再生や癒しを象徴し、草木が芽吹く風景で、Gris が自己を取り戻す過程を可視化します。「青」は水中世界が深い悲しみと内省を示し、プレイヤーに主人公の孤独感を直感的に伝えます。そして物語の終盤に登場する「黄」は、新たな始まりや希望を象徴し、クライマックスを飾ります。

「赤」: 怒り、混乱。
「緑」: 再生、癒し。
「青」: 悲しみ、内省。
「黄」: 始まり、希望。

さらに、ゲーム内の実績名は、キューブラー=ロスの「死の受容のプロセス」(否認・怒り・取引・抑鬱・受容)と一致しており、色彩の変化とリンクしています。こうして、Gris の「喪失から再生」の旅路がプレイヤーに象徴的に伝えられ、単なる色彩演出以上の意味を持つようになっています。

実績は隠された場所で見つかることが多いです。

このように、『GRIS』は色彩を物語と密接に結びつけ、Grisの感情変化を力強く表現することで、ノンバーバル表現の可能性を広げました。色の段階的な解放と感情変化の明確な結びつきにより、プレイヤーは言葉なしに物語の核心を理解し、共感できます。

音楽と色彩の緻密な連動

『GRIS』の音楽は、主人公 Gris の感情の起伏を聴覚的に描き出す重要な役割を担っています。序盤の繊細なピアノソロは孤独感を際立たせ、物語が進むにつれてオーケストラやコーラスが加わり、壮大なスケールへと変化していきます。この音楽の変化は、物語の進行に伴う主人公の感情の変化を聴覚的に支え、プレイヤーがその感情をより深く理解し、共感できるように設計されています。

たとえば、「赤」のステージでは、不安定なリズムが怒りや混乱を象徴し、「青」のステージでは透明感のある旋律が水中の静寂や内省的な雰囲気を強調します。特に「青」のステージでは短調の断片的なメロディーが孤独感を際立たせ、進行に伴い調和的なハーモニーへと展開し、主人公の心の再生を視覚と聴覚の両面から表現しています。

さらに、音楽は色彩とも精密に連動しています。モノクロの序盤では控えめな音が使用され、色彩が戻るごとにハーモニーが加わります。そしてクライマックスでは鮮やかなオーケストラが響き渡り、音と色が融合して『GRIS』のテーマを鮮明に浮かび上がらせます。この連動こそが、本作の演出を支える重要な柱となっています。『GRIS』は音楽と色彩の緻密な連動により、感情表現の新たな境地を開拓しました。音楽が単なるBGMではなく、物語と一体となって感情を増幅させることを示し、ゲームにおける音楽の可能性を拡張したと言えるでしょう。

操作を通じた感情と物語の体感

『GRIS』の操作設計はミニマリズムを徹底しており、ジャンプや変身といった最小限の動作に絞られています。これにより、複雑なUIや余計な情報が排除され、プレイヤーは物語や演出に集中できます。このシンプルさが、視覚や音楽への没入感を支えています。

さらに、操作は物語やテーマとも緊密に関連づけられています。たとえば、ステージに散りばめられた星の欠片を集める行為は、主人公が失われた感情を取り戻していくプロセスを象徴しています。欠片は、高低差のある場所や、一見たどり着けない足場など、探索を促すような場所に配置されています。プレイヤーは周囲を注意深く観察し、シンプルな操作で欠片を集めます。集めた欠片は光の橋や道を作り出し、新たな道を開きます。このゲームプレイを通して、プレイヤーは主人公の感情の変化や成長を理解するでしょう。

星の欠片を集めると新たな場所への道が開きます。

このように、物語やテーマに寄り添うシンプルな操作設計によって、『GRIS』は感情とストーリーをダイレクトに伝えることに成功しています。操作のシンプル化は、プレイヤーの没入感を高め、物語体験をより純粋なものとしています。


アートゲームとしてのトレードオフ

『GRIS』は、芸術性を追求し独自の感情体験を提供する一方で、いくつかのトレードオフが生じています。

ゲームプレイの簡素化

『GRIS』は、複雑な操作や難解な謎解きを排除することで、プレイヤーの意識を物語、ビジュアル、音楽といった芸術表現に集中させています。これは、感情表現を最大限に引き出すためには有効な手段です。

例えば、赤い砂嵐のステージで使用する「重くなる能力」は、単なるゲーム的なギミックに留まらず、主人公が荒れ狂う感情に耐え、内なる葛藤と向き合う姿を象徴的に表現しています。しかし、この簡素化されたゲームデザインは、アクションゲームや謎解きを求めるプレイヤーにとっては、物足りなさを感じさせる要因ともなります。「重くなる能力」を用いて砂嵐をしのぐ場面を例に取ると、プレイヤーの操作は能力の発動と移動に限られ、アクションとしての奥行きは限定的です。そのため、ゲーム的な刺激や挑戦を重視するプレイヤー層には、魅力的に映らない可能性もあるでしょう。

赤い砂嵐の中で「重くなる能力」を発動。

物語の抽象性

『GRIS』は、具体的な説明や台詞を排除し、視覚的要素と音楽だけで物語を語ります。この抽象性は、プレイヤーに多様な解釈の可能性を開き、各々が自身の経験や感情を投影することで、物語に共感し、独自の解釈を育むことを可能にします。しかし、物語の具体性を求めるプレイヤーにとっては、背景情報の欠如が没入を妨げ、関心を削いでしまう可能性も否定できません。

トレードオフとアートゲームの課題

これらのトレードオフは、『GRIS』が提供する体験の性質を決定づけています。それは、従来のゲームが提供するような挑戦や達成感とは異なる、感情的な共鳴や内省を促す体験です。

この点は、他の多くのアートゲーム作品にも共通して見られる特徴です。例えば、『Journey』は、明確な物語構造を排し、プレイヤー同士の緩やかな繋がりを通して感情的な体験を提供することに成功しています。また、『ABZÛ』は、美しい水中世界を探索することに重点を置き、ゲームプレイの複雑さを抑えることで、瞑想的な体験を生み出しています。これらの作品は、『GRIS』と同様に、ゲームプレイの簡素化や物語の抽象性といったトレードオフを受け入れながら、独自の美的体験や感情的な体験を提供することに成功しています。しかし、その反面、ゲーム的な挑戦や達成感を求めるプレイヤーには物足りなさを感じさせてしまう可能性もあります。このバランスこそが、アートゲームというジャンルが常に直面する課題であり、『GRIS』も例外ではありません。


まとめ

『GRIS』は、色彩、音楽、操作の緻密な連動によって、他に類を見ない感情体験を創出した作品です。特に、色彩と音楽の段階的な変化は、主人公の心の癒しを深く体験させる巧みな仕掛けとなっています。この統合的なアプローチは、ノンバーバルな物語表現の可能性を広げ、アートゲームの進化に貢献しました。芸術性を追求する上で、ゲームプレイの簡素化や物語の抽象性といったトレードオフを抱えていますが、それらは感情的な共鳴や内省を促す、『GRIS』ならではの体験を生み出す要因ともなっています。

『GRIS』の成功は、Nomada Studioの新たな挑戦へと繋がりました。新作『Neva』は、『GRIS』のアートスタイルを踏襲しつつ、アクション要素を強化することで、芸術性とゲーム性の融合に挑んでいます。『GRIS』が感情表現に特化したのに対し、『Neva』はよりインタラクティブな体験を通して感情を表現しようとしており、これは『GRIS』が提示したトレードオフに対する、Nomada Studio自身による一つの回答と言えるでしょう。

『Neva』の戦闘シーン。
『Neva』ではボス戦も。アクション面での進化が見られます。

『GRIS』と『Neva』は異なるアプローチを通して、アートゲームの表現の可能性を拡張しています。Nomada Studioの挑戦は、今後のアートゲーム開発において、芸術性とエンターテインメント性のバランスという重要な課題への示唆を与え続けるでしょう。


タイトル: GRIS
ジャンル: アドベンチャー、パズル
開発元: Nomada Studio
パブリッシャー: Devolver Digital
発売日: 2018年12月13日
プラットフォーム: Steam、Switch、PS4、PS5、Xbox One、Xbox SX、…


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