2006年の自分のmixi日記で振り返る

昨夜は久しぶりに自分のmixi日記を読み返していた。

時は2006年。大学院1年目の夏だった。博士課程後期課程進学と博物館学芸員を目指して、片道1時間半の距離を毎日通学していた。一限から五限まで毎日みっちり講義の入る日々。気力を振り絞って、学校に通っていたが、そんな日々に持病の影響で体力のない私は少しずつ摩耗していった。

そしたらしばらくして、薬が増えても夜に眠れなくなって、起きている間は死にたくなって、今みたいな状況になった。そして大学院を休学した。


その当時に通っていた精神科は、博多駅前にあって、地方の田舎の実家から電車に乗って通院していた。その頃は博多駅の近辺に昔からの友人も住んでいて、友人は不規則な勤務体制だったから(訪問ヘルパーをしていた)時間が合えば、博多駅のピエトロでランチをして近況報告をしあったりしていた。


同級生は社会人一年目で、私は大学院生で、同級生に比べると気楽な毎日を過ごしていたはずだけど、通学と学問で体力を奪われて眠れなくなり、心はいつでも戦場だったなぁ。
その頃のmixi日記に綴っている当時の自分の気持ちを読むとギュッと切なくなる。生きるのに、必死だったんだよ。だけど、どんなに足掻いたって、体調は良くならなくて、歯痒くて泣いてばかりいた日々だった。


2006年は夏の間は養生して、涼しくなったら派遣の単発のバイトをして社会復帰をしようとしていた。ちなみに復学は2007年度の4月からだった。

夏はマリンメッセ福岡で行われたUTADA UNITED2006にも参戦した。これは今でもいい思い出。前述の博多駅近辺で暮らしていた友人の家に泊めてもらって観に行ってきた。とてもいいライブだった。


よくよく考えると、3年前の夏も調子を崩して1ヶ月仕事を休んでいた。
その更に3年前は冬に大幅に体調を崩して、その時も仕事を休んでいた。

数年おきに、ビッグウェーブがやってきて、そのビッグウェーブがやってくると、抗えないんだなぁってしみじみ感じている。
また仕事に復帰できるだろうか。今は休むのみだと思う。

義父も「モツちゃんの職場に提出する診断書を先生に書いて貰え」と言っていた。


今日の診察では夫もついてきてくれて、主治医に休職の診断書を書いてもらえるようにお願いするらしい。


生きるのに精一杯な時期もそりゃあ、あるよね。メンタルの持病を抱えていたらね。大幅に体調を崩して、休養をとって持ち返して、また復帰できるかな。


とにかく、今は休むことだ。
もう無理だーってなっている。


でも数年に一度、このビッグウェーブはやってきてて、その都度乗り越えてきた実績もある。今後はどうなるかな。

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