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不耕起栽培から見えてくる「土の力」


不耕起栽培の長所と短所

不耕起栽培とは「作物を栽培する際に通常行われる耕耘や整地の行程を省略し、作物の刈り株、わらなどの作物残渣を田畑の表面に残した状態で次の作物を栽培する方法」と定義されています。
不耕起栽培は耕起栽培に比べて、作業時間が短縮でき、省エネルギー的であるなどの長所があり、しかも畑に棲息するミミズ、ヤスデ、クモなどの土壌動物群集が豊かになります。いっぽう、初期生育の遅れや減収などの短所も指摘されています(表1)。
ここでは、農薬を使用せずに不耕起栽培を継続することで、土壌(黒ボク土)や作物の収量・品質にみられる変化について紹介します。

表1 農薬や化学肥料の使用を前提とした不耕起栽培の長所と短所(金沢1995を参考に作表)

不耕起栽培の継続が畑土壌や作物に及ぼす影響

畑土壌が改善される

不耕起栽培の継続によって、作物残渣などの有機物が土壌表面に集積され、有機物に富んだ層が形成されます。
この有機物の集積層は、土壌生物の餌であり棲みかとなります。そして、細菌、糸状菌、原生動物など顕微鏡でなければ見ることができない生物からミミズ、ヤスデ、クモなど肉眼で見ることができる動物まで多種多様な土壌生物が増加します。これらの土壌生物が生活することで、有機物の分解や土壌の団粒化が進み、植物(作物)が生育しやすい環境に土壌が改善されます。

耕耘のたびに土壌環境が更新される耕起栽培とは異なり、不耕起栽培ではその年の管理が次年以降にも影響し、安易に効率化できない「生物による時間の蓄積」がみられます。
継続することで、不耕起栽培の真価が発揮されるのです。

図1 慣行栽培畑の耕耘による表土風食(長野県中信地域)
レタスが主の畑作地帯で、早春の定植のための耕耘後に、乾燥と強風で砂塵が発生した。

作物の収量・品質は年々良くなる

土壌を耕耘すると、有機物や肥料が土壌とかき混ぜられ、土壌微生物と有機物や肥料の接触面が増加することで、養分の無機化(窒素の硝化など)が促進されます。また、作物の根も伸びやすいため、不耕起処理に比べて、耕起処理で生育・収量が勝ります。
しかし、不耕起栽培を継続すると、年々収量が増加しました(図2)。これは年々蓄積される有機物(養分)が、年々豊かになる土壌生物のはたらきによって、作物が利用しやすい状態になるためです。しかも、作物の利用量が増加したときには養分の無機化が進み、利用量が低下したときには、余剰の養分を土壌生物が利用することによって再び有機化が進んで、養分の微調整が可能な土壌環境になります。したがって、作物の養分過多による病害虫の発生が抑制されるとともに、品質も向上します。

図2 不耕起処理による主作物の収量への影響 
耕起処理=100

土壌生物相が豊かになるとコガネムシの幼虫などの植食性の動物(害虫)もみられます。しかし、それ以上にクモ、ムカデ、ハネカクシなどの捕食性の動物(天敵)が多くみられました。したがって、生物全体に占める害虫の割合は不耕起処理の方が低くなり、作物への被害も軽減されます。

異常気象に強くなる

2004年は、9、10月にたび重なる豪雨にみまわれました。なかでも、台風23号に伴う豪雨(10月19-21日)は、160mmを超える降雨量(松本測候所調べ)となり、一時は畑全体が冠水しました。降雨後の土壌の三相分布を測定したところ、不耕起処理の固相率と液相率は耕起処理に比べて低く、気相率は高くなりました。

このような測定をしなくても、土壌表面に播種溝を切ったときの土壌の乾き方や定植時の植え穴に灌水したときの水のたまり方をみれば、不耕起処理の方が水はけの良い土壌になることが明らかです。耕耘をしないことによって、毎年蓄積される動物があけた孔道や根穴由来の孔隙が発達することも関係していると考えられます。
2004年のダイコンは、不耕起処理で欠株が少なく、耕起処理の2.6倍の収量がありました(図2)。土壌の物理性が改善されたことが豪雨による湿害を軽減したと考えられます。

不耕起畑土壌の観察が「土の力を知る」決めて

科学技術の発達によって、作物や土壌のしくみについて、多くの情報が蓄積されてきました。
土なしで野菜を育てる養液栽培が行われるようになり、「土はなくても作物の栽培は可能」と考えている方もいると思います。

土は単に作物を支えているだけの存在ではありません。そこには多種多様な生物が生活することで、時間をかけて形成された複雑なしくみと多様なはたらきがあります。常に人為の影響を受ける畑地においても、生きものが育む豊かな生態系が形成されることで、持続性のある安定した農業が成立します。

一般に行われている耕起栽培では、耕耘によって作土層を画一化することで多様な自然のしくみやはたらきを「見えない状態」にしています。
まず、小面積から不耕起栽培を実施し、土壌物理性(土壌の団粒化、水はけなど)の変化やそこで生活する土壌動物をとおして、畑に本来そなわっているはたらきが実感として「見える状態」になることが大切です。そして、それを観察(自然のしくみを読み解く努力)する栽培者によって、初めて「土の力」が認識されるのです。

土壌や作物を主体とした栽培法を創造しよう

作物を栽培するうえで、必ずしも不耕起栽培が良いとは限りません。耕起法はあくまで手段であり、年々変化する土壌の状態を観察しながら、栽培作物や土壌条件にあった方法を探ることが大切です。

今、行っている栽培法の長所、短所をよく検討したうえで、目先の利益のみを優先した栽培法から作物とこれを支える土壌や生きものの状態まで考慮した栽培法に組み変えるべきです。

これからの百年、千年を見通した持続性のある栽培法こそが、私たちの暮らしやすい環境を保障し、人間にとっても大きな利益をもたらすことを確信しています。

参考文献

金沢晋二郎(1995)「持続的・環境保全型農業としての不耕起栽培 畑作物の収量と土壌の特性」日本土壌肥料学会誌, 66(3):286-297.


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