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「生きもの調査」は田畑の状態を診断する農業技術

持続可能な地域農業を再生するためには、本来農地に棲息できる生きものを識って、その役割を認めることが大切です。
田畑の「生きもの調査」をとおして、栽培管理とそこに棲息する生きものとの関連を認識することができます。
生産には直接関係しないと思われる「生きもの調査」は、田畑の価値が農業者および消費者に認識されることで、農と食の距離を縮める役割を果たします。


田畑の生きもの調査の必要性

有機農業の推進に関する法律(2006年施行)では、有機農業を「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」と定義されています。また、農業の持続的な発展および環境と調和のとれた農業生産の重要性と自然循環機能(農業生産活動が自然界における生物を介在する物質の循環に依存し、かつ、これを促進する機能)を大きく増進することを基本理念のなかで謳っています。
すなわち、農業が営まれることによって、より良い環境が形成され農業の持続性が確保される状態を作り出していくことが求められています。
持続可能な農業に再生するためにも、本来農地に棲息できる生きものを識って、その役割を認めることが大切だと思います。
その糸口として田畑の「生きもの調査」の意義について考えてみます。

福岡県の「生きもの調査」事業

福岡県では「県民と育む『農の恵み』モデル事業」(2005-07年)が行なわれました。これは、田んぼの指標種75種(06年は100種)の調査を行って、田んぼの生きもの目録を作成すると、10aあたり5,000円の支援金が支給される「環境支払い」制度。この事業の背景には、水稲の減農薬運動を展開してきた宇根豊さん(元 農と自然の研究所代表理事)の取り組みと考えが大きな役割を果たしたと思います。

この「生きもの調査」という、生産には直接関係しない非日常的な時間のなかで、農業者は今までとは違う視点で田んぼの生きものを捉え、そのことによって、家族や地域のなかで会話が増えたそうです。

生産性向上のために効率的な栽培技術を採用することとは別に、効率化できない田畑の生きものとつきあう「生きもの調査」の時間を創出することによって、「生きものを育み、その命をいただくことで人間も生かされている」という、農本来のすがたを見つめ直すきっかけができると思います。

現在では、県民参加型の調査「ふくおか生きもの見つけ隊として、自然の中で色々な生きものを観察して発見した場所を報告して情報交換を行う取り組みがなされています。

長野県佐久市の有機農業畑での「生きもの調査」

2006年10月、佐久市の由井啓盟さんの有機農業畑で「生きもの調査」を行いました(図1)。由井さんの畑土壌からは、ミミズ、ヤスデ、クモ、ムカデ、昆虫およびその幼虫などの動物が㎡あたり340頭みられ、隣の慣行農業畑からは1頭もみられませんでした(図2)。多様な生きものがみられた由井さんの畑土壌は柔らかく、ふかふかしていました。しかし、隣の土壌は固くしまっていて、同じ土質でも管理の違いによって大きく異なることが実感されました。

図1 由井さんとともに行った「生きもの調査」風景
図2 由井さんの畑の生きもの(大型土壌動物相)の調査結果

有機農業への転換後にみられる畑の生きものの変化

慣行農業畑を農薬や化学肥料を使用せずに有機物を利用した有機農業に転換すると、そこに棲息する土壌動物の種類や生息数に変化がみられます。たとえば、有機物の分解者として知られているササラダニ(体の大きさが0.3-0.5mm程度)は、慣行農業畑ではほとんどみられず、みられても微生物を主に食べている種類(微生物食)のみです。しかし転換後には、生息数が増加して、微生物食に加えて、分解の進んだ有機物(腐植)を主に食べている種類や微生物と腐植を食べている種類がみられるようになります。

もう少し大きな動物では、転換後まず、クモ、ムカデなどの捕食者(天敵)がみられ、その後、ミミズ、ヤスデなどの分解者がみられるようになります。

栽培法によってそこに棲息する動物の種類や生息数が変わり、そして土壌そのものの性質も変わっていくのです。
田畑の「生きもの調査」をとおして、田畑を取り巻く環境の違いを実感として認識することができます。

「生きもの調査」と持続可能な農業

減農薬栽培や有機物の利用によって、田畑の生きものの種類や生息数は増加傾向になります。しかし、どの程度増加すれば「良し」と判断できるかは、調査事例を増やして、それぞれの地域の特性にあったモノサシをつくっていく必要があります。

経営面で持続可能な農業への再生の視点に立てば、生きものが豊かな田畑で生産された農産物を消費者に理解してもらい、その評価の証として農業者は農産物の価格へ反映されることを願うでしょう。それには、その農産物を利用する利点を消費者に提示して、つながりが薄くなってしまった食と農の距離を縮めることが大切です。
JA新潟かがやきささかみアグリセンター(新潟県阿賀野市)では、田畑の状態を消費者に理解してもらうために、消費者とともに「生きもの調査」を行なっています。ここでの産消のきずなの証として、農産物(米)の販路は作付け前から決まっているそうです。

「生きもの調査」を田畑の状態を診断する農業技術として評価

多種多様な生きもののはたらきを認めて、その存在が持続可能な農業への再生に欠かせないとの視点に立てば、「生きもの調査」は、田畑の状態を診断する農業技術として、その価値が農業者および消費者に認識されるようになります。
今後、持続可能な農業として有機農業を推進するなかで、これらの視点を大切にして、農業を基盤とした地域の再生と地域単位で食料自給率を上げていくことが求められます。

参考文献

藤田正雄(2007)土を育てる生きものたち(10)田畑の「生きもの調査」のすすめ.ながの「農業と生活」, 44(5):64-65.