ササラダニ類による畑地の管理診断
みなさんはササラダニという名前を聞いたことがありますか。
顕微鏡を用いなければ見ることはできませんが、どのような土壌環境にもいる動物のなかまです。
環境適応幅(環境の変化に対する対応力)の違うササラダニ2種の単位容積あたりの個体数比は、畑地管理の違いと良く適合しているため、有機農業畑の成熟度の指標として利用できます。
農耕地の環境生物指標としてのササラダニ類
生態系の中で生物遺体の分解に携わり「分解者」として微生物とともに重要な役割をになっている土壌動物は、農耕地の環境生物指標としても重要です。なかでもササラダニ類は、①どこにでもいる、②種数と個体数が多い、③環境の変化に対して敏感に反応する、④少ない土の量で判定できるなどの利点があります。ただし、分類がややむつかしいのが難点です。
ササラダニ類の中には、わずかな人為的な環境変化によってすぐに姿を消してしまったり、減少したりする動物群(弱い動物群)から、相当の変化にも耐えてしぶとく生き残る動物群(強い動物群)まで様々な段階のものがあります。
弱い動物群がたくさん見られる環境は自然が豊かな環境と考えられ、逆に強い動物群ばかりが棲息しているところは自然が豊かでない環境と言えます。
このような観点から青木(1995)は、ササラダニ類を種レベルで環境診断に用いました。ここで選ばれた100種のササラダニ類のうち自然林から二次林にかけて見られる種(A~C群)は、主に有機農業畑で得られ、様々な環境に幅広く生息する種(D群)や人工的な環境に多く生息する種(E群)は、すべての調査畑(慣行農業、有機農業)から見られました。
しかし、この方法により各群の種に点数を与えその平均値で評価すると、選ばれた種の出現が少なく、しかも、原田・青木(1997)が指摘しているように幅広く生息する種が評点を低下させるため、畑管理の違いが評点に反映されません。
指標動物としてクワガタダニ属2種に着目
藤田(1999)は、栽培管理と出現種を検討し、畑地より得られたササラダニ類の中から、指標動物としてクワガタダニ属(Tectocepheus、見出し写真)の2種に着目しました。クワガタダニ(T. velatus)は、乾燥に強い種とされ(Tarras-Wahlberg 1961)、畑地における調査では、種数の少ない慣行農業畑でも見られました。いっぽう、トゲクワガタダニ(T. minor)は、有機農業・不耕起畑で多く得られました。
同一圃場内の異なる微環境の動物相の調査結果から、クワガタダニに比べトゲクワガタダニは、土壌水分の高い環境を好み、季節により主な微小生息場所を変えながら、撹乱のない安定した環境と撹乱はあるが餌のある環境とを利用し、生息域の広いクワガタダニより密度が高くなりました。
畑地管理とは直接関係のないクワガタダニ属の近縁種2種の土壌水分含量に対する選好性の違いが、管理(栽培法、とくに耕耘方法)の違いと関連していると考えられます。
選択の違いが環境の違いによるならば、種の平均的な性質と環境との間には関連が見られることになります。また、近縁の2種の比較では系統の制約の問題は小さいという特徴があります(粕谷 1990)。
有機農業畑の成熟度の指標(Tm/Tv)
環境適応幅の違うクワガタダニ属2種の単位容積あたりの個体数比(トゲクワガタダニの個体数/クワガタダニの個体数;Tm/Tv)は畑地の管理の違いと良く適合し、その比をもとに図1のように区分し、有機農業畑の指標として、Tm/Tvを提案しました。
他の畑地の調査においても、クワガタダニは慣行農業畑と有機農業畑で得られ、トゲクワガタダニは有機農業・不耕起栽培畑のみで得られました。
参考文献
青木淳一(1995)土壌動物を用いた環境診断.沼田真(編):自然環境への影響予測-結果と調査法マニュアル(千葉県):197-271.
藤田正雄(1999)自然農法畑の環境指標、Tm/Tvの提案.第22回日本土壌動物学会大会講演要旨集.p.27.
Fujita, M. & Fujiyama, S.(2001)How can the minor species, Tectocepheus minor (Oribatida), dominate the T. velatus in a no-tillage crop field? Pedobiologia, 45:36-45.
Tarras-Wahlberg, N.(1961)The Oribatei of a central Swedish bog and their environment. Oikos,Suppl. 4:1-56.
原田 洋・青木淳一(1997)ササラダニ類による環境の自然性の評価の事例と検討. 横浜国立大学環境科学研究センター紀要, 23(1): 81-92.
粕谷英一(1990)行動生態学入門. 316pp. 東海大学出版会. 東京.
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