施肥窒素は作物や動物の体にどのように反映される?
食物連鎖のなかで生態系を移動する窒素は、生きものの体をとおして循環しながら利用され続けています。
作物体の外見は同じように見えても窒素安定同位体(δ15N値)を比較すると、化学肥料で栽培された作物は、有機物由来の窒素で生育した作物に比べが値が低く質的違いがみられます。
この違いはそれを食べる動物体にも反映されます。
施用された肥料のゆくえ
施用された肥料は、どのようにして土壌中にとどまり、作物に吸収されるのでしょうか。
作物は必要な養分を根からイオン(電荷を帯びた原子または分子)の形で吸収しています。したがって、水に溶けやすい肥料ほど速効性があります。しかし、水に溶けたイオンはいつまでも土壌溶液中にあるとは限りません。
土壌中の粘土鉱物や腐植物質はマイナスに帯電しているため、その表面に土壌溶液中の陽イオンを電気的に引きつけて保持(吸着)することができます。たとえば、窒素肥料に含まれる陽イオンのアンモニウムイオンは、粘土鉱物の表面に保持され、好気的条件下では硝化菌のはたらきによって、アンモニアは硝酸に酸化されます。そして、マイナスの電荷をもつ硝酸イオンは土壌溶液中に溶け出します。
アンモニウムイオンや硝酸イオンは、作物根から吸収され、作物体を構成するタンパク質などの合成に利用されます。
土壌の陽イオンを保持する力は、土壌の種類や土づくりのしかたによって異なります。
粘土鉱物や腐植物質が多い土壌ほど作物の養分である陽イオンの保持力が高くなり、砂質土壌では陽イオンの保持力が低く、雨が降ると陽イオンが土壌から流されやすくなります。
土壌を溶かした液に電流を流すとイオンが多いほど電流がよく流れます。この性質を利用して土壌溶液中に溶けているイオンの量を、電気伝導度(EC)で推定できます。土壌の陽イオンの保持力を超える量の肥料を施用すれば、土壌溶液中に溶けているイオンの量が急激に増加し、EC値も上昇します。このような場合、作物の根を傷めたり、雨が降ると土壌から陽イオンが流されやすくなったりします。
このように土壌の性質によって養分の保持力は異なりますが、施用された肥料はいったん土壌に保持され、作物に吸収されたり土壌から溶脱したりします。
施肥窒素を追跡する
施用された有機質肥料やもともと土壌に存在する有機態窒素は、土壌動物や微生物によって分解・吸収されます。この過程の中で、最終的にはアンモニウムイオンや硝酸イオンが生成されます。
有機物由来の窒素も無機化し、作物が吸収しやすい状態になれば、それらは化学肥料由来の窒素と同じイオンになると考えられています。
果たして同じなのでしょうか。
窒素原子には放射線を出さずに原子量が変わらない安定同位体(中性子の数が異なる14Nと15Nがある)が存在します。この質量数の違う安定同位体の比率(安定同位体比)をみると、作物が利用している窒素の由来を見分けることができます。
化学肥料の窒素は大気中の窒素を固定して人工的に合成されるため大気中の窒素と同じ0‰(パーミル、1000分の1)であり、有機質肥料などの有機物の窒素は生きものの働きにより生合成されているため、化学肥料とは異なりプラスの値を示します。
一般に、作物の安定同位体比(δ15N値)は、化学肥料を利用して栽培した場合は低くなり、有機質肥料では高くなることが知られています。すなわち、作物体のδ15N値をみると、化学肥料の影響がどの程度あるのかを追跡することができ、タンパク質などの作物体を構成する窒素原子の質的な違いを知ることできます。
施肥窒素は1作を通して作物に影響する
作物が吸収する窒素には、施用された窒素肥料だけでなく、もともと土壌に存在する窒素もあります。
化学肥料の施用の影響がいつまでみられるのかを調べるため、化学肥料施用区と有機質肥料施用区で栽培したナスのδ15N値を比較しました。最終施肥(6月)から収穫が終了する4か月後の10月まで、化学肥料施用区の果実のδ15N値は化学肥料の値と同じ0‰付近を示し、有機質肥料施用区に比べで統計的に有意に低くなりました(図1)。施肥された化学肥料は土壌に保持され、1作を通して作物に影響していました。
慣行農業では、1作毎に施肥され栽培途中で追肥されるため、化学肥料で栽培された作物は化学肥料由来の窒素の影響を強く受けていることになります。
私たちは施肥された肥料を食べている
作物のδ15N値の違いは、それを食べる動物にも影響するのでしょうか。
そこで化学肥料施用区と有機質肥料施用区で栽培したトウモロコシの子実とそれを食していたアワノメイガの幼虫のδ15N値を比較しました(図2)。子実とアワノメイガの幼虫のδ15N値は、化学肥料施用区で統計的に有意に低くなり、子実のδ15N値の違いはそれを食べる動物の体にも影響していました。
このことは、私たち人間と食べものとの関係においても例外ではありません。化学肥料で栽培された作物を食べている人は、化学肥料由来の窒素を食べていることになります。しかし体を構成する窒素のδ15N値の違いが私たちの体にどのように影響するのかは、不明です。
食物連鎖のなかで生態系を移動する窒素は、生きものの体をとおして循環しながら利用され続けています。
外見は同じように見えても、化学肥料で栽培された作物は、有機物由来の窒素で生育した作物に比べδ15N値が低く(生きものに利用された程度が少ない)質的に違いがみられます。
人工的に合成された化学肥料由来の窒素と生きものの働きにより生合成された有機物由来の窒素が、私たちの体や健康にどのように影響するのか、多方面から検討していく必要があります。
※安定同位体については、「安定同位体比を用いて農地生態系の食物網を探る」を参照してください。
※ここで用いている14N、15Nおよび窒素安定同位体比(δ15N)の数字(14)、(15)は、本来は上付き文字です。
参考文献
藤田正雄(2003)化学肥料が作物や人体に与える影響について.自然農法,47: 53-55.
藤田正雄・中川原敏雄・藤山静雄(2009)作物の窒素安定同位体比からみえる有機農業研究の課題-管理と育成系統の異なるナス果実のδ15N値を例に-. 農業および園芸 84(1):9-13.