レビューボロクソの『クルド語入門』 は割といい本だった

縄田鉄男『クルド語入門』(大学書林, 2006)
Amazonレビューでボロクソ言われてたので何となく遠ざけていたんですが…

この著者はクルド語を全然理解していません。中身も間違いだらけですし100年くらい昔のドイツ語かフランス語の本ををチラチラ見ながら自分の分かりそうなペルシア語と似ている箇所だけを抜き書きしたようなとんでもない内容の本です。しかも練習問題解答をはじめ一冊全体を通して誤植があまりにも酷いので到底使いものにもなりません。

Amazonレビュー: クルド語を分かっていない
https://www.amazon.co.jp/gp/aw/review/4475018609/RU9WTIUQQM1LV?ref_=cm_sw_r_apann_dprv_S6732ANARB7M5ZYCH75H&language=en_US


 …入手して軽く読んでみたところ、いや全然悪くないのではと思って。


Amazonレビューに対して

100年くらい昔のドイツ語かフランス語の本をチラチラ見ながら

100年前は言い過ぎというか、昔のしか見ていないように言うのはミスリードな気がします。冒頭に参考文献目録があるのですが、古い書籍(1800年代の)も入っている一方、言語学概説書・辞書のカテゴリーには1970〜90年代の書籍も多いからです。

欧米で先行研究が進んでいるのであれば、そこを参照するのは当然ですし、また類書が日本に全くなかったことを考えると、そもそも日本語で出版したこと自体に価値がある一冊と言えるのではないかとも思います。

自分の分かりそうなペルシア語と似ている箇所だけを抜き書きしたようなとんでもない内容の本

この批判も当たらないと思います。
本書冒頭のクルド語についての説明では、アヴェスタ語との比較で語源を探ったり、借用語(ペルシャ語、アラビア語、英語)の確認をしたりしています。

各国語との比較を伴う借用語の検証

また文法項目も網羅的で、恣意的な抜き書きでは全くなく、きちんと整理されているように見えます。

目次(1ページ目)

したがって、ペルシャ語で分かるところだけ抜き書きして、中身は間違いだらけ…などとはとても思えません。

練習問題解答をはじめ一冊全体を通して誤植があまりにも酷いので到底使いものにもなりません

パッと見ではスペリングは合っている気がします。私は初心者ですし全て精読はしていないので、あくまでも印象ではありますが。

それに誤植には慣れたというか(汗) そもそも綴りや語彙の揺れはつきものだという心構えが必要だと個人的には考えています。クルド語は正書法が徹底されない状況に置かれていますし、細かな方言差もだいぶ残っている気がするので…。

疑問に思ったらインターネット(辞書)で検索したりSNSで聞いたりするなどの対応は必要だし、今や十分可能だと思います。

…もっとも文法編一発目の練習問題から綴りの不一致があったので、クレームを言いたくなる気持も分からないでもないですが(苦笑)

本文と練習問題解答の綴りが違う例
(でも調べると"وو""و"両方あり…表記揺れある語かも)

以下は自分の感想。

本格派の入門書

世間一般受けするような面白みはなく、昔ながらのストロングスタイルの語学入門書という感じ。

まず冒頭の「はしがき」「クルド語について」「参考文献目録」は簡潔にして骨太の内容で、読んで大変勉強になる。

次に「文字・発音編」を章立てして、アラビア文字の書き方・発音について詳細な説明をしているのも好印象。
特に発音の解説は、ソラニーの音韻についての理解が深まり、とても嬉しい。
(惜しむらくは若干古めかしい気がする…。文字については、自分は別の本・ネットで勉強したが、今やこの方がベターだと感じる)

続いて「文法編」で文法の基礎を項目ごとに網羅的に概説し、巻末には「分類基礎語彙集」という単語リストをつけている。『クルド語文法(クルマンジー方言)』と同様の構成だなと感じた。

自分の第一印象はかなり良かった。日本語では唯一無二の本だし。手元に置いといて全く損はない感じがする。

とはいえ若干クセはある

一方、自分も表記面で気になってしまうところはある。

"ك"の使用は、"ک"しか見たことない身としては違和感を覚えてしまう。が本書にも「どちらも使う」と書いてあるし、頭の中で置換すれば済む。(※)

ローマ字のルビも自分の感覚に照らすと、恐ろしく独特。だけどきっと研究界隈の伝統などを踏まえた表記なのだろうなと思う。
それに本の中でも細かいことは気にするなと書いてあるし(笑) その辺はゆるく考えるようにしたい。

クルマンジー表記から見るとクセがすごい
とはいえ何事も先行研究が踏まえられてて安心

使い方は文法項目の参照がメインか

本書自体は大変お堅い構成なので、初学者向けの入門書としてメインで扱うのはハードルが高い気がする。それよりは初級者が文法を参照する際の本として使うのが良さそう。自分の場合、Hînker Soranî(と授業)をメインに据えているが、そこで出てきた文法項目の確認・見直しに使いたい。(クルマンジーを勉強した時の『クルド語文法(クルマンジー方言)』と同様の使い方を想定)

また誤植や若干古めかしいところもありそうなので、綴りや内容について違和感があるところは、インターネット辞書で調べて確認したり、HelloTalkなどで質問して実際の感覚・雰囲気を探ったりしながら読み進めていこうと思う。


以上、読んでみると全然悪くない本だったので、早速購入して手元に置いています。今後勉強を進めながら、習ったことの振り返りに都度参照して大いに活用していきたいと思います。

(※追記) この頃楽しみに拝読している旅行記に、"ك"の使用例を発見 (賢い smart "زیرەك")
文字も含め現地の様子を垣間見ることができるのは大変ありがたい…。

(※追記2) 遅まきながら本書に取り組んでみると、誤植が多いという指摘は確かにそうかもなあと思い直している。スペースがあったりなかったりするケースが大半ではあるのだが、随所に出てくるので、地味に初学者にはキツい…。

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