見出し画像

第1夜【ヒュプノクラフト】


2023年夏、千葉県松戸市

6時を過ぎても明るい、真夏の夕方。暑い中を、半袖シャツにハーフパンツのおっさんが車の来ない脇道を歩く。少しでも日差しを避けようと、日陰を渡り歩いている。

そこへまっすぐな道路の正面から、手にしたスマホにチラチラ目を向けながら、自転車をこぐ別のおっさんが来る。スマホ歩きならぬ、スマホ自転車。

(危ないな)

徒歩のおっさんAが、自転車のおっさんBを避ける。すれ違いざまに、AがBのスマホ画面をチラッと見る。

(DJPのプレイヤーか?)

道の脇で立ち止まったAが、ポケットからスマホを取り出すと。そこに映るのはBと同じゲーム画面。

ドラグーン・ジャーニー・プロムナード。略してDJP。

2020年3月からステイホームの気分転換に始めて、今では生活の一部になったウォーキングRPG。原作は40代なら誰もが知ってる国民的RPG「ドラグーン・ジャーニー」。

夏の水着イベントの攻略でなければ、わざわざ暑い中を歩いたりしない。
水着ガチャの当たりに期待もしてないが、今年はそこそこ可愛いのが報酬で配布される。

(よし、歩数の条件は満たした)

スマホの画面を見る、おっさんの口元が緩む。これで「うちの子」に新しい水着を着せてあげられる。

褐色の肌に、青い瞳。青い髪を左右でツインテールに結った美少女の名前は「ユッフィー」。肌の色は、本来男しかいない闇の妖精ドヴェルグの加護を受けた証…これはDJPにない、脳内設定だけど。

(そろそろ帰るか)

おっさんが周りを見ると、町内会の掲示板が目にとまる。花火大会や盆踊りの告知。コロナ禍の間、失われていたもの。

(夏が戻ってきたな)

そんな感慨に浸っていると、スマホのバッテリーが切れた。3年近く共にDJPを戦い抜いた戦友も、そろそろ寿命か。家路を急ぐおっさん。

密、おぼえていますか

その日の夜。おっさんが自宅のリビングで、部屋を暗くして液晶テレビを見ている。隅田川花火大会の中継だ。おっさんの年老いた両親もくつろいで、画面を見ている。音はステレオに接続していて、なかなかの臨場感。

ドーン、ヒュルル、ドーン。

おっさんの脳内では、DJPのマイキャラ「ユッフィー」が浴衣姿で花火を見上げてる。どんな有名作品の人気キャラより、身近にあるうちの子。

場面が変わり、会場付近の橋が映る。交通整理の警官が、バンタイプのパトカーの天井に据えられたカゴから、群衆に拡声器で呼びかけている。

「これ以上進んでも、花火は見れません!」

群衆事故が起きそうなほどの大混雑。その様子を見たとき、おっさんの脳裏に聞こえてくる声があった。

(密です…!)

3年前、都知事が発した言葉。強烈な印象は、未だ記憶に残る。

その夜、奇妙な夢を見た

盆踊り中止のお知らせ。気が付くと、昼間見た掲示板の前に立っていた。
はて、おかしいな。新型コロナの行動制限は無くなったはず。

ポケットには、スマホの感触。取り出して見ると、変なものが映っていた。

悪夢のRPGへ、おかえりなさい!
カムバックボーナス、ヘイトコイン×3000をゲット!!

「何だこりゃ。夢の中でもDJP…?」

ふと見上げると、緑色に光る街灯のLED。まるでDJPの「パワースポット」か。電柱に触れてみると、何か割れる音がして白色に戻った。

DJPは、原作のドラジャニと比べ特技や魔法の燃費が悪く設定されている。代わりに、道沿いに設置されたパワースポットをタップしてこまめに回復しながら進む。ウォーキングRPGならではの、歩かせる工夫。

別の見方をすれば、地球人はドラジャニ世界の冒険者より特技や魔法を扱う素質に欠けてるから燃費が悪いのかも。だから、装備に付属したスキルに頼りきりなのか。

(そう言えば、マスク…あれ?)

周囲に誰もいないので、不織布のマスクを外して呼吸を楽にしようとする。しかし何故か、張り付いて外せない。呪いの装備か!?

それを外すなんて、とんでもない!

また、スマホに変な表示。昼間よりは涼しいが、夜でも歩くとじんわり汗が滲んでくる。

(仕方ない。少しその辺を歩いて、この夢を探ってみるか)

おっさんは、この夢に奇妙な既視感があった。さっきもスマホに、久しぶりの「ログイン」だと示すメッセージが。

(スカイツリーが赤いな。まるで東京アラートだ)

この辺りは坂道が多い。坂の上からは、東京スカイツリーが遠くに。夢の中で、こんなに鮮明な夜景が見えるのか?

(この夢で、何を探してたんだっけ)

DJPが現実になったような、夢の中の冒険。何か大事な目的があった気が。いつも何かに邪魔されて、ふとしたきっかけで中断する。

(ま、夢ってそんなもんだけど)

空を見上げていると、遠くから何か聞こえる。蜂の羽音みたいな、モーターとプロペラの駆動音。ドローンか?

不意に、音がいきなり近くなる。次の瞬間、それは近くの電柱に激突した。

ドオォン!

(自爆した!?)

DJPに、こんなモンスターはいない。むしろこれは「あの戦争」の…!
コロナ禍と並行して、連日報道されるウクライナ侵攻のニュース。夢の世界には、現実の出来事が奇妙に歪んで影を落とす。ここはもう、戦場だ。

(誰だ?どこから?)

危機を察したおっさんが走り出す。普段のマイペースから、戦闘モードに切り替わる。物陰に身を隠しながら、敵の出方をうかがう。まるで、歴戦の冒険者の如く。

上空の四方八方から、イナゴの群れめいて飛来するドローン。それらは無闇に飛び回り、そこら中にぶつかり、次々と自爆する。現実ならパニックものだが、冷静さを保つおっさん。

(全部が自律行動か?)

逃げ切れないと見て、とっさに大きなゴミ収集箱に飛び込む。

(爆発は派手だけど、建物は壊れてない)

あれは、地形に干渉できない。隠れれば、ここでも十分。

「わああ!許して!助けて!」

どこからか、素っ頓狂な叫び声。通気孔から見えたのは、逃げ惑う舌の長い妖怪。あれも、現実世界の流行りものか?

(妖怪醤油なめ?)

箱は一人しか入れない。すまないが、囮になってもらおう。

しばらく身を潜めていると、爆風と轟音がやんだ。もう大丈夫かと、フタを開けて外に降りた矢先。背中から突然、焼け付く痛みが腹を突き抜けた。

「がはっ!」

道路に散らばる血。立ってられない激痛に、膝をつく。意識が混濁し、視界がスローに。襲撃者の姿を探すが、見えるのは歪んだ景色のみ。ポケットからスマホが滑り落ちる。

(ようやく、戻ってきおったか)

そのとき、地面に崩れ落ちかけていたおっさんの身体が空中で止まった。頭に響いてきたのは、謎の老人口調の少年の声。

変身と誕生

胸元に、赤い火が灯る。首周りにも小さく灯る。あれほど外れなかったマスクに火がついて、あっという間に燃え尽きる。火の輪は、炎の首飾りへ姿を変えた。大粒の赤い宝石が、燃えるようなオーラを放つ。

(何だ、これ)
(何をしておる。アバターを起動するぞ)

褐色に染まる肌。背丈と手足が縮むと同時に、髪が急に伸び毛先に向かって空の青から海の青へグラデーション。左右で自動的にツインテールに結われて、胸が膨らむ。着ているのは、昼間にDJPでゲットした白い水着。

その姿は、おっさんが愛でるうちの子「ユッフィー」そのものだった。

変身が完了すると、痛みが引いて意識が戻ってくる。身体にチカラが満ち、変身前とは比較にならない頑健さで地面に降り立つ。

(まだ、危険は去っておらぬ。災いの種の残滓が「臨界」を起こしおった)

声は、首飾りから聞こえる。彼は誰なのか、何を言っているのか。分からないが、ヤバそうなのは分かる。

「ぐぷっ!」

いきなり、強烈な吐き気。視界に入ったのは、急激に膨れたユッフィーのお腹。まるで何かの「種」を植え付けられて、チカラを奪われる感じ。

(何てこった!変身が裏目に出たか)

男の身では、経験し得ないはずの状況。妊娠とつわり?
再び意識が混濁し、頭の中で雑多な声が響く。頭痛が酷くなってゆく。

「ドラジャニの新作アプリ、また1年でサービス終了かよ」
「レックス社も、すっかり『没落した王家』だな」

酷く冷笑的な声。ネット上に巣食い、ウイルスのように広まる誰かの悪意。

「DJPのガチャはクソドケチ、福引きじゃねぇ呪い足し!」

こっちは、ガチャに過大な期待をして爆死した誰かの…いや、無数の怨念の集合体か?

その間にも、ユッフィーのお腹は現実離れして膨れてゆく。まるで破裂寸前の風船のように。小学生のときにかかった、盲腸炎の痛みが鮮明な記憶と共に蘇る。もう、いつ爆発してもおかしくない。

(ユッフィーは、わしのものじゃ!子作りするなら、わしとじゃ!!)

このショタじじい、何を言ってるのか。味方なのは確かそうだけど。おっさんをユッフィーに変身させた炎の首飾りは、赤くまばゆく輝きながらこれ以上お腹が膨れるのを抑えつけてるらしい。

しかし、焼け石に水。本人の背丈以上に膨らんだお腹は、ついに破裂する。

(異端審問官どもめ!)

怒りの産声。おっさんには、そう感じられた。首飾りのじじいではなくて、たった今生まれてきた「息子」の叫ぶ声。

パキッ

ユッフィーの豊かな胸元を枕にしている、首飾りの赤い宝石にヒビが入る。それきり、あのショタじじいの声は聞こえなくなった。

大きくのけぞり、羊水の水溜まりに倒れ込んだユッフィーが月を見上げる。解放感と共に、脱力感。身体が自由に動かない。

(………)

ふと、視線に気付く。羽音が聞こえる。視線の先にいたのは、小さなドラゴンの子供にまたがった少年。彼の髪も、ユッフィーと同じ青。見た目は14歳くらいか。

周囲に浮かぶのは、虹の如く輝くいくつかの宝玉。全部、ユッフィーのお腹から飛び出たものらしい。

少年の顔は、上半分が卵の殻を被って目元が見えない。その白い肌の口元がわずかに動いた。行くぞ、と言ったのか。

キュルル!

スミレ色のちびドラゴンは一声鳴くと、少年を乗せて蝶の羽を羽ばたかせ、遠くへ飛び去った。去り際にこちらを見つめるつぶらな瞳は、まるで母との別れを惜しむようだった。

(あの子も、少年の弟か妹かな)

虹のような宝玉たちも、少し遅れてそれぞれバラバラな方角へ飛び散った。

(くっ、もう意識が…)

「出産」を終えたユッフィーは、痛みと疲れと脱力感が一気に襲ってきて、そのまま気を失った。そして自宅の自室、布団の上でおっさんが目覚める。

パーティ編成

早朝。ユッフィーの「中の人」が狭い自室でノートパソコンを睨んでいる。

(昨夜の悪夢…検索してみたけど)

その結果は、予想外のもので。

銃で撃たれる夢は、吉夢。金運がアップし、運勢が飛躍する。
出産の夢は、新しい自分の誕生を意味する。

気になったことをすぐ調べるのは、作家の性分。
おっさんは、夢の中の冒険をネタに小説を書いている。書きたい話に実力が追いつかず、曖昧な記憶を筋の通った話にまとめるのも一苦労だけど。

何度もの中断とリブートを繰り返しながら、諦めない。

(ええい、夢の話に整合性を求めるな。矛盾があって当然だ)

そんな考えを巡らせながら、チャットで誰かにメッセージを送信する。

「銑十郎さま、起きてますの?」

アイコンは、ユッフィーの顔。正確には、彼女に似せてAIに描かせたもの。

「おはよう、ユッフィーちゃん」

少しして、返事がくる。彼は朝の早い時間にレスをくれることが多い。

ガスマスク姿の、ピンク髪の小太りなオタク。このアイコンもユッフィーの中の人が生成してあげたもの。相方からの感想は「似てるような、似てないような」。

「久しぶりに、マッドシティの夢を見ましたの」
「ということは、冒険再開だね」

銑十郎は、ユッフィーの冒険談の数少ない読者。あるRPGで知り合い、交流を深めてゲームの中で夫婦になった。リアルで会ったことはないけど、気の合う相棒。

夢の中の彼は、頼れる狙撃手。どこの人かも知らないけど、ユッフィーが望めば召喚される旅の仲間。世間話を聞く限りでは、貧乏独身で似た者同士。

「夢の中の松戸市では、まだコロナ禍が続いてましたの。そのくせ、最近の流行りものが出てきてカオスでしたわ」
「また、ユッフィーちゃんと冒険できるのが楽しみだよ」

リアルじゃ、一生独身は覚悟してる。でも「ジョーカー」にはならないぞ。弱者男性自身が「姫」になり、同じ境遇の仲間と支えあう。仮想空間とアバターは、無茶に思えた願いを叶えてくれる。

江戸時代、歌舞伎の女形も舞台という仮想空間のアバターだったのでは?

「ユッフィーちゃん、それはキツかったね」
「ええ、まあ」

チャット上の会話は、夢の中での奇妙な「出産」に及んだ。昔、筋肉ムキムキのアクションスターが妊娠するコメディ映画があったけど、まさか自分がそうなるとは。

「謎の狙撃手…気になるね」

銑十郎もそうなのだから、気になるのも無理はない。

「銑十郎さまの活躍が知れ渡り、狙撃の腕を磨く者が増えたのでしょうか」
「かもしれないね、今後は気をつけないと」

今度、あの悪夢に再びログインできれば。決意を告げるユッフィー。

「わたくしは、卵の殻を被った少年の行方を追いますの」
「お供するよ、ユッフィーちゃん」

冒険再開

寝苦しい熱帯夜。眠りは浅くなりがちで、おっさんが夜の「マッドシティ」に再び降り立ったのは数日後。今度は最初からユッフィーの姿だ。

胸元に目を向けると、首飾りの宝石はヒビが入ったまま。気のせいか、変身時のパワーに満ちた感覚が弱い。ショタじじいの声も聞こえない。

「ユッフィーちゃん、また呼んでくれたんだね」
「銑十郎さま!」

振り向くと、相棒の姿。ためらいなく、銑十郎のお腹に抱きつく。やや汗をかいているが、ビーズクッションみたいな感触は慣れるとクセになる。

何しろ、女子だからね。スキンシップに迷いがなくなる。

「夢で会えたのはいいけど…なんでパンツ一丁なんだろうね」

ガスマスクを被った、ステテコパンツ一丁でピンク髪のおっさん。見た目は完全に変態じゃないか。ユッフィーも、黒のスポブラにスパッツと軽装だ。まるで、ドラジャニの初期装備。

「しばらく、間が空いたからでしょうか?」

丸腰で、先日の自爆ドローンに襲われたら厳しい。銃無しでは、銑十郎も狙撃手の役割をこなせない。ドラジャニみたいな怪物も、無法者の暴徒プレイヤーだっている。

「湯っフィーの里…?」

銑十郎が、近くにあったスーパー銭湯のネオン看板を見上げる。

「緊急事態宣言につき、当面の間臨時休業します…またですわね」

ユッフィーが、2階ロビーの窓の張り紙を読み上げる。すると、銑十郎が警戒を促してきた。

「ユッフィーちゃん、あの坂の上」

看板の右手を見ると、マンションと鉄工所の間から見える空が赤く燃えている。無法者たちが、他プレイヤーの拠点を襲っているのか。

「あれは…!」

背丈が縮んだ分、銑十郎に肩車してもらい遠くを確認する。確かに、あの卵の殻を被った少年とチビ竜のシルエットが見えた。

「間違いありません、急ぎましょう」
「それじゃ、このままいくよ」

ユッフィーを肩車したまま、駆け出す銑十郎。

「ちょっ、銑十郎さま?」
「捕まってて」

背が低く歩幅が狭い上、先日の出産で弱体化しているユッフィーを気遣ってくれたのか。見た目以上の機敏さと安定感で坂を駆け上る銑十郎。

やや遅れて、スーパー銭湯の看板前。

「冒険者しょくん、よくぞぉ戻ったぁ!」

どこからか、間延びした女の子の声が聞こえる。まるで、ドラジャニでゲームを再開したときのメッセージみたいな。あるいは、テーブルトークRPGのゲームマスターによる状況説明か。

「あ、あれぇ?」

しかし、そこにプレイヤーの姿はない。

「エルルさん。二人は、あっちに駆けていきましたよ」

もうひとり、落ち着いた少年の声。彼らは一体?

革命の炎

「ん、なんだお前らは」
「見ない顔だな。そっちのおチビちゃんも」

城壁の上から、二人組の見張りが道路上の見慣れぬ来訪者に問う。背が高いのと、小柄で小太り。どちらも不織布マスク着用だ。

見上げるのは、卵の殻を被った青い髪の少年と。スミレ色の子供ドラゴン。チビ竜のつぶらな瞳に、見張りの二人もつい頬を緩める。

奇妙な光景だった。屋上の看板には「キングスホームセンター」と書いてあるけど、建物はドット絵風の謎ブロックで西洋のお城みたいに魔改造されている。まるで、ドラジャニに出てきそうな。

少年の口元が、ゆっくりと動く。

「お前たち、ドラジャニの信者だな」

顔を見合わせる二人。

「ファンってことか?」
「ここは、ドラジャニ3の『ムーの城下町』を再現したんだ」

その返答を、肯定と解釈したか。少年は高らかに声をあげ宣言する。

「我々ベナンダンティは、RPGの豊かさを守るべく夜の戦いを始める!」

腕を突き出し、手首をガチャッとひねる少年。すると、目の前に光の輪が現れる。それを見た見張りの表情が変わった。

「呪いの福引き…!」
「敵襲だ!」

後方に隠れていた覆面の者たちも、一斉にガチャポーズで呪いの福引きを引く。すると、光の輪が回って奇妙な電子音が鳴った。

デロデロデロデロ…デロデロデロデロ…デーナイ

「クソっ!」
「ちくしょう!」
「悪夢のガチャも、クソドケチ!」

襲撃者の悪態が引き金となって、光の輪から飛び出した魔物たちが一斉に城壁へ突撃した。少年が呼び出したティラノサウルスもどきが城門を破ろうと激しい地響きを立てる。翼竜が上空から、中へと火の玉を吐きかける。

「ヒャハハ!ショータイムだぜぇ」

続いて、モヒカン頭の無法者たちが奇声をあげながら物陰から姿を表した。

「いくぞ」
「キュルル!」

少年もチビ竜に乗り、棒を手にして飛び上がる。棒はなぜか、ウイキョウの茎みたいに枝分かれしていた。

「貴様ら、何が目的だ!」

乱戦の中、応戦に出てきたプレイヤーの一人が少年に向かって叫ぶ。すると少年から怒りの声が飛んでくる。

「国民的な人気を得たドラジャニには、高貴な責務があった。レックス社がRPGの知恵を正しく広めれば、日本はもっとよい国になっていた!」

それが何故、襲撃につながるのか。理解できない守備兵が首を傾げる。

「だからこそ、我々ベナンダンティが豊穣の儀式…夜の戦いでRPGの豊かさを勝ち取るのだ」

その問答を、建物の影から見聞きする者が二人。

「ユッフィーちゃん?」

難しい顔をする相棒に、銑十郎が大丈夫かと心配そうな顔をする。

「あの子、わたくしの『中の人』の分身ですわ。赤ちゃんじゃない」
「同じ人物が、善と悪に分かれたってこと?」

銑十郎に顔を向けて、明言するユッフィー。

「どちらかというと、大人と少年に分かれた感じですの」
「まさか、反抗期?」
「ええ…」

自分の分身が、勝手に悪さを。拳を握りしめ、苦々しい表情のユッフィー。

「シェルターの人たちも頑張ってますけど、装備は一般兵レベル。わたくしたちも加勢しませんと」

空中からの火の玉を浴びて、守備兵が城門の上から転落する。まるでRPGの戦闘みたいに、やられた側の姿が消えた。

どこかの誰かの寝室で、夢落ちしたプレイヤーがガバッと目を覚ます。

銑十郎も、ユッフィーと同じ方を見る。魔物たちの注意が城門に向いているのを確認すると、物陰からガスマスクにステテコパンツ一丁で駆け出した。

「さっきのガチャで、出てきた装備が捨てられてるよ」
「丸腰よりは、マシですわね」

地面に落ちた防具を拾い、どうにか身なりを整える銑十郎。しかし彼の得意な銃は見つからない。せめて、弓でも落ちてないか。

「DJPには、弓とか銃みたいな武器種はありませんの」
「僕もやってみたかったけど、リアルが忙しくてね」

斧を拾ったユッフィーが、トマホークのように空中の敵へ投げるが、当たらず地面へ落ちる。

「なげやりだけど、槍を投げるよ」

銑十郎が間をおかず、適当に拾った槍をひょいと投げる。すると見事命中し翼竜の一体を墜落させた。ユッフィーが斧を拾い、とどめを刺す。

「ナイスですの」

ユッフィーが愉快に笑う。いつも駄洒落や親父ギャグを言って笑わせるのは自分なのに、今回は相棒に一本取られた。魔物の一部が、二人に気付く。

そのとき、派手な破砕音が響いた。

ドタバタバトル

門が破られ、小柄で足の速いベロキラプトルもどきが拠点内へ雪崩れ込む。中は戦国時代のお城みたいで、直角に曲がった通路が敵の勢いを削ぐ。

「いつまでも、やられっぱなしと思うな!」
「無法者との戦いで、オレたちも鍛えられたからな」

屋上駐車場から弓を引き絞るプレイヤーが、走るトカゲを矢継ぎ早に射抜く。高台に据えた弩砲を構えるプレイヤーも、迫りくる恐竜の額に狙いを定める。どちらもガチャから出ない武器だから、手作りしたのだろう。

本当は、夢の中でのんびりしたいだけ。でも、悪意あるプレイヤーがいつも邪魔する。装備ガチャに魔物召喚を混ぜた運営は、もっとイカれてる。

「レックスシェルターは、オレたちの手で守る!」

弩砲から放たれる、杭のような太矢。貫いたと思った瞬間、恐竜が吠えた。咆哮は物理的な圧力と化して矢を弾き、拠点の壁までも崩壊させる。

ここでも、もともとのホームセンターの建物は傷一つない。壊れたのは後から追加されたブロックだけ。

「そんな!」

状況を一気にひっくり返され、シェルターを守るプレイヤーたちから悲鳴が上がる。そこへ駆け込むユッフィーと銑十郎。

「まだですの!」

恐竜の前に立ちはだかったユッフィーが、腕を突き出しガチャっとひねる。先日手に入れたヘイトコインを使い、ダメ元で対抗できるモンスターを呼び出そうとする。

デロデロデロデロ…デロデロデロデロ…デーナイ

ベチャッと水音がして、召喚されたのはヘドロみたいな不定形のスライム。

「あっ…」
「まあ、こうなりますわね」

気まずそうな銑十郎。最初から期待してなかったユッフィー。勝ち誇った雄叫びをあげ、二人に襲いかかるティラノサウルスもどき。

つるん。

次の瞬間、恐竜がスライムに足を滑らせ転んだ。屋上駐車場へのスロープをウォータースライダーの如く滑り落ちる。脇へ避ける二人。

「今ですの!!」

ユッフィーが斧を振りかざし、猛然と恐竜の頭を強打する。続いて銑十郎が槍で突く。シェルターの住人たちも、破れかぶれで総攻撃。ドガッバキッ。

ところが、恐竜が再び吠えた。衝撃波で吹き飛ばされる一同。ユッフィーもまた、高く跳ね上げられてしまう。

「ユッフィーちゃん!」

銑十郎が防具の胸当てを外し、落下地点へ滑り込む。ぽよぽよのお腹がクッションになって、ユッフィーを受け止める。

「助かりましたの♪」

人目を気にせず、相棒に抱きつく青い髪のドワーフ娘。

「お前たちか…」

チビ竜の背に乗り、一部始終を空から見ていた卵殻頭の少年がユッフィーと銑十郎の前へ降りてくる。身構える砦のプレイヤーたち。モヒカンの無法者たちも駆け込んできて、少年を守るように展開する。

一触即発の空気。すると、どこからか嫌味な男の声が響いた。

「ミナサン、楽しいショータイムでした」

砦のプレイヤーから、一斉にヤジが飛ぶ。

「ガーデナーの野郎か!」
「何しに来やがった!」

唐突に、転んだ恐竜へ青白いスポットライトが当たる。

「何だ?」

さらに、上空に描かれる魔法陣。一同が注目する中、恐竜は宙に浮かび上がり、吸い込まれて消えてしまった。牛を連れ去るUFOみたいに。

「地球人の憎しみが生んだ『悪夢の怪物』は、やはり質がいい。これなら、最前線でも『百万の勇者』に対抗できる戦力となるでしょう」

わけが分からず、あたりがざわめく。モヒカンたちも呆気にとられる。

「助かったのか?」
「勇者って、何だよ?」
「あ〜っ!オレたちの戦力が!?」

魔法陣の消えたあたりを、ユッフィーが強く睨んでいる。少年もまた、同じ場所に視線を向けていた。

「特に、そこのアナタ」

どこからか視線を感じ、卵の殻を被った少年があたりを見回す。チビ竜は、低く警戒の唸り声をあげている。

「RPGに対する、煮詰まった憎悪と絶望。やはり『悪夢のゲーム』は、RPG
にして大正解でしたね」

『運営』を名乗る者の悪意。真意を察した少年が吠えた。

「オレたちの夢を…」
「思い出を、汚すなですの!」

ユッフィーもまた、叫んでいた。中の人に若い頃、ゲーム業界を目指し挫折した記憶が蘇る。

謎のご隠居

襲撃は終わった。モヒカンたちがぞろぞろ引き上げ始め、砦のプレイヤーも警戒しながら見送る。少年もまた、背を向けたそのとき。

「君は、ドラジャニの発売元『レックス社』に抗議したかったのかね?」

老人男性の声。落ち着いた声音は、人生の年輪を感じさせた。ユッフィーが振り返ると、人混みの中にペストマスク姿の吟遊詩人が立っている。少年もそちらを見る。

「ならば敵は、新宿にあり!」

非難するどころか、逆に若人を応援するような老詩人に。砦の住人たちも、ユッフィーと銑十郎も、当の少年までもが困惑した。

「今のレックス社は、陰謀渦巻く宮廷そのものじゃよ」

アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。