10夜 通信途絶
地球のガーデナー
「彼らには、刺激的な筋書きのようでしたね」
「まさかこれほど、食いつきがいいとは」
高層マンションの屋上から、下界の争いを見下ろす細い人影がふたつ。
JR八柱駅周辺。昼間は武蔵野線と新京成線の乗り換え客でにぎわい、松戸市内で唯一の映画館がある、ショッピングモールへの路線バスも通る。大手スーパーにコンビニ、定食屋にドラッグストアまで何でもある。
けれど、カオスな夜が訪れて。夢の中でしか体験できない「拡張現実の夢」ともなれば、一変して要警戒の危険地帯と化す。特に駅前のパチンコ店は…
海の怪物がうろつく、邪神の神殿みたいな変わりようで。
ガチャに限らず、ギャンブルの類はどこも負の感情をよどませるのか。
残念ながら、鬼退治の凄腕剣士はいないようだ。八つの柱だけど。
この調子だと、もし競馬場があったら悪夢の雌馬でも集まったのか。
「悪夢のガチャもクソドケチぃ!福引きどころか、呪い足しぃ!!」
駅から徒歩5分もかからない、神社の隣の公園では。暴徒化したプレイヤーたちがガーデナーの道化人形を襲っている。オグマの暴走でユッフィーがアバターを乗っ取られ、道化を「皆殺し」にしたウワサが広まった結果だ。
「ワタシたちを襲うなど、身のほどを知りなさい。この家畜めが」
ガーデナー側も、仮にも「悪夢のゲーム」のゲームマスターを気取る立場。ルール違反のプレイヤーを取り締まるため、相応の武力は持っているが。
「ヘイトパワー発動!道化人形へのダメージ、2943%アップだぜ!!」
「そんなバカな!」
ガチ勢は怖いね、悪夢のゲームでも。運営の想定をはるかに超えたやり込みをしてくるから。加減を知らないバーサーカー。
「まさか…百万の勇者の転生者か?」
「ナニ言ってんだか、コイツ」
暴徒プレイヤーが、道化人形の頭を踏み潰した。発言の真意は謎のまま。
原型も分からぬほど徹底的に破壊された道化人形は、大量のヘイトパワーと。いままでに見たこともない禍々しい武器や防具をドロップする。
「おっ、レア装備か?」
「見るからにヤバい感じだな、ガチャでも見かけないぜ?」
まとうオーラも、半端じゃない。触れただけで脳裏に「殺せ」と囁いてくる呪いの武器。危険を感じたプレイヤーが、思わず距離をとった。
「あれは、最前線に納品する予定の装備。奴らに奪われては危険では?」
「ヘイトの総量では『大豊作』。少しなら構わないでしょう。もっとも、地球人の手を借りた事態打開の試みは、壁にぶつかっていますけど」
高みの見物を決め込む、二体の道化人形。戦利品に群がる野盗どもをゴミのようにあざ笑って。恐れを知らないプレイヤーが、呪いの魔剣を手に取る。
「気に食わないゲームマスターは、こうやって始末できる」
「何だっけな、アレの逆だなおい」
「狂気の天才科学者がデスゲームを作って、プレイヤーを幽閉する話か?」
「そうそう、それ」
道化たちにとって、こういう現実世界の情報は貴重なのか。静かに聞き耳を立てている。現実の「運営」よりも熱心なのが、何とも皮肉だ。
「次はよ、駅前の邪神で試し斬りしねぇか?」
「新武器レポートで、オレらも配信者ってか」
軽口を叩きながら、暴徒たちが駅前へ向かう。公園に夜の静寂が戻る。屋上の道化たちも、今後の対応を相談し始める。
「外部との通信は、途絶えたまま。庭の手入れにも、出荷にも支障が」
「地球全土での『ロックダウン』。これだけの異変に気付かないほど、他所の同胞が無能ではないことに期待しましょうか」
隣接世界のガーデナー
「孟信さん。ご復活おめでとうと言いたいところですが」
「何だ、どうした」
日本の戦国時代によく似た、荒れ果てた京の都を連想させる都市の廃墟で。
和風デザインの道化人形が、猪武者を相手に会話している。全く文字通りのイノシシの獣人は、名を孟信というらしい。
「緊急事態が起きました。アナタには最前線でなく、地球へ行ってもらおうと思います」
「地球だと?我が宿敵、覇王ギケイの故郷か」
よく見ると、猪武者の着ている鎧は中華風で。手にした獲物も青龍偃月刀だった。飾り物の色と形は「赤猪偃月刀」とでも呼べる意匠だが。
「最近急に、地球に通じる『ゲート』が活性化しまして。原因を調査したところ、地球の仲間と連絡が取れなくなっていたのです」
「それは、地球に『神秘』が戻ったということか?」
猪武者の孟信が、驚きに目を丸くする。地球人はとうの昔に神秘を遠ざけ、科学とやらを信じるようになったはず。それが復活の際に、ガーデナーから与えられた情報だったから。
「夜の間の、ほんの一時的な現象です。目覚めている人間には、見ることも触ることもできない、幻のような夢うつつの境目とでも言いましょうか」
「悪夢の怪物として蘇ったオレには、適した戦場というわけか」
猪武者は、見た目通りの猪武者。予想のつかない異常事態は、彼の冒険心を大いにくすぐったのだろう。果たして待つのは、どんな強敵か。
「ここトヨアシハラは、地球に近い世界のひとつ。地球に異変あれば、我々が動くのが筋でしょうから」
「任せておけ。蘇らせてもらった恩には、存分に報いよう」
威勢はいいが、やはり調査に適した人材ではなさそうだと。孟信の様子から道化の思考に懸念が生じる。敵を見たら、喜び勇んで猪突猛進しそうな。
「最優先事項は現地のガーデナーとの合流と、現状の把握です。二度目の生を無駄にしたくないなら、引き際は見極めてくださいね」
「あいわかった。今生こそ、強き雌と仔を成すまでは」
本当に、分かっているんだろうか。不安を感じる道化。
(トヨアシハラの「魔王」こと、邪暴鬼との接触を急がねばなりませんね)
遠い世界のガーデナー
ここは、どこの都市だろう。見るもの全てが、凍りついている。
生きているものの気配すらしない、死と静寂の世界。
「お久しぶりですね、プリメラさん」
「なんだい、あんた。また復活したのかい?」
格の高そうな道化人形が、氷の鏡を通じて誰かと通信している。相手は背が高く、筋骨たくましい女性。まさに勇者と形容できる、豪快な女傑だった。ふたりとも、面識があるのだろうか。
「まさか、ワタシがいない間にガーデナー最大の敵であったアナタが味方になっていようとは。驚きましたよ」
「『いばら姫』を倒した後の世界じゃ、同じ勇者仲間くらいしか楽しませてくれそうな相手はいなかったからね」
ラスボス打倒後の世界で、もう好敵手と呼べるのは共に冒険した仲間だけ。彼らとバトルを楽しみたいから、敵の側についた。とんだ戦闘狂だ。
「アナタ、まだ見ぬ強者と戦ってはみませんか?」
「おっ、どんな奴だい?」
女傑プリメラが、道化の提案に興味を示す。ワクワクぶりが豪快な笑顔に、ストレートに表れている。
「トヨアシハラの姫将軍、アリサ。ヴェネローン戦士団でも一、二を競う剣の達人で、ウサビトの族長。彼女の率いる軍が、いま遺跡船フリングホルニに派兵しているのです」
「『百万の勇者』の移動拠点だった船だね?覚えているよ」
提案は好感触。それならと、道化がさらに話を盛る。
「報告では、辺境の星・地球で面倒が起きたようでね。道を確保するためにフリングホルニのゲート発生装置が欲しいんだ。ちょっと出向いて、制圧してもらえないかな。もしかしたら、蒼の民の大勇者クワンダも来てるかも」
プリメラの表情が変わる。明らかに興奮気味だ。
「クワンダかい。『はじまりの地』での冒険の間も、何度も話を聞いたよ。勇者たちを匿ったヴェネローンに義理立てして、残る選択をした侠気の」
一息置いた後、ため息を漏らすプリメラ。
「正直、クワンダ抜きであたいが最強と言われても。ちっとも嬉しくなかったよ。彼がもし、はじまりの地の冒険に加わっていたら」
「ガーデナー最強の敵は、クワンダだったと?」
道化の言葉に、強くうなずくプリメラ。
見ようによっては、おとぎ話の王子様に憧れるような純粋さで。
フリングホルニがガーデナーに狙われると予測し、守りを固めたオグマ。
ヴェネローンと折り合いの悪いオグマだけでは、フリングホルニを守りきれないと判断し、評議会に掛け合ってまで派兵を実現させたアリサ。
そしていま、最強の勇者が星渡る箱舟に迫る。
そこに眠るのは、はたして何か。
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