3夜 北欧神話異聞
ドワーフの問答
「これを見ている者に問う。おぬしの考える、最も価値ある神器とは?」
腕組みをする、立派なあごヒゲをたくわえたドワーフのイメージが、記憶の旅人に問いかけてくる。声音は、最後のドヴェルグ・オグマのものだ。彼が記憶とチカラを奪われる前の姿なのだろう。
北欧神話には、多種多様な魔法のチカラを秘めたアイテムが登場する。武器の場合もあれば、乗り物や装身具であったり。その多くは、闇の妖精ドヴェルグが作った品だ。
「地球での知名度を基準にするなら。主神オーディンの持つ必中の投げ槍グングニル、ムジョルニアの名でも知られる雷神トールの戦鎚ミョルニル、そして謎多き炎の神器レーヴァテイン。このあたりでしょうけど」
たぶん、それらではない。武器は結局、破壊の道具。ドワーフの本質は破壊の対極、クリエイターなのだから。
「テレビやインターネットの便利さを知る地球人としては、やはり千里眼の神器フリズスキャルヴに軍配を上げますの」
ユッフィーとエルルは、いつの間にかVRの如く記憶映像の中へ入り込み、腕組みするドワーフたちと対話している。これもフリズスキャルヴの機能か?
「それはぁ、オグマ様の作った大船フリングホルニですよぉ!」
エルルが答えると。あたりを覆う闇は晴れ、北欧の大地が開けた。切り立つフィヨルドと氷河。森と湖。だが、地球ではあり得ない星空。
「これは…!」
ユッフィーが違和感に気付く。地平の果てに見えるのは、竜を象った巨大な船首。大地を囲む壁に見えるのは、船縁か。となるとここは、甲板の上?
「まるで、SFに出てくる恒星間移民船ですわね」
「違うな。フリングホルニこそが、新たなアスガルティアなのだ」
記憶の中のオグマが、問いに答えた。AIみたいに会話もできるのか。
「新天地を探すとなると、どれだけ時間を要するか分からぬ。だから船自体を、新たな世界の核にすれば良い」
なんとも、ぶっ飛んだ発想。
「オグマ様が言ってましたぁ。フリングホルニはぁ、世界樹の挿し木をヒュプノクラフトで生きたまま船の形に変えたって」
世界樹は、9つの世界に根を張る大樹だ。
「北欧神話でのフリングホルニは、世界一大きな船とは聞きましたけど」
「バルドルの葬儀に用いた話は、船の存在を隠すためのウソじゃよ」
記憶の中のフリングホルニは、パッと見でも全長数キロはある代物。建造に数十年は要するだろう。バイキングの時代には、身分の高い人物の墓に船を用いる風習があったが。ここまでくると現実か、ホラ話か分からない。
「オーディンは早くから世界の終わりを見通し、戦乙女に命じて勇者を集めさせていた。フリングホルニの建造も、そのひとつ」
地球に伝わる神話と、オグマの話はいろいろ違う。事実、フリングホルニに関する情報は大部分が伏せられていた。それなら判断基準も違って当然だ。
「フリングホルニは、エルル様にとって第二の故郷も同然なのですね」
「そぉですよぉ!」
ユッフィーとエルルを、交互に見るオグマ。可愛い孫に自分の作品を褒めてもらえるのは、やはり嬉しいようで。口元が少し緩んでいる。
「じゃがな、ドヴェルグに及ぼした影響の大きさで言えば。煌く炎の首飾りブリーシンガメンについて語らねばなるまい」
出たな、現代の地球ではアカンやつ。いくつかのRPGや創作物に名前は出ているが、核心部分はみなぼかした扱いになってる。でないと危ないんだよ。
炎の首飾り秘話
あたりの景色が変わる。鍛冶場の熱気が立ち込める、地下の工房。ラグナロク以前、多くのドヴェルグが神々の求めに応じて多様な神器を作った時代。
男だけの暑苦しい工房へ、階段を降りてくる場違いな美貌の女神。彼女こそオーディンの愛人フレイア。現代の地球でも「フライデー」の語源として、痕跡を残している。
ドヴェルグたちの視線が、フレイアに集まる。彼女はその中を、自身に向けられた以上の好奇心で自由気ままに歩き回る。やがて、ひとつの工芸品に目がとまった。
見事な出来栄えの、金の首飾り。鍛冶場の火に照らされ、炎の如く煌くそれは、女神の心を大いに惑わした。これ、ほしいな。
「これ、おいくら?」
「これはこれは、フレイア様もお目が高い。この首飾りはわしら四人が協力してこしらえたものでして」
このとき、彼女の美貌もまた無自覚にドヴェルグたちを惑わしていた。職人の仕事以外は無関心だったはずの彼らに、ムラムラと湧き上がる邪念。
「お代はいりません。その代わり…」
ドヴェルグのひとりが、何かをフレイアに耳打ちする。まさに神をも恐れぬ大胆な取引。
「しょうがないわね。では、また今夜」
首飾りと引き換えに、彼女が差し出したもの。それは自らの貞操だった。
「ここまでは、地球の北欧神話でも伝わっている通りですのね」
「フレイア様ってばぁ、ダイタ〜ン♪」
エルルは呑気に構えているが、要は枕営業や性接待だ。地球でも洋の東西を問わず、古くからあったこと。現代ではそれらが次々と明るみに出て、罪を裁かれている。どこの国でも、どんな大物でも関係なしだ。
異世界ともなれば、まだそうした風習は残っているだろうけど。地球人の創作物から「セクハラ師匠」が消えゆく中、それも創作災害となってオグマにとばっちりが行くのだろうか?
「何か、言ったかの?」
オグマの思念が、私に問いかけてくる。やっぱり記憶の旅では、考えていることがテレパシーのように伝わってしまうらしい。
また、場面が変わった。大きな船をつくるドック…フリングホルニなのか。大きさの割に作業員が少なく、現場監督のオグマもいらだっている。
「親方!また脱走者が」
「ええい、どいつもこいつも」
地球の北欧神話には残されてない、フリングホルニ建造のエピソード。
「ウワサには聞いておったが…女神フレイア、つくづく魔性の女よな」
幸か不幸か。オグマ自身は、フレイアに会ったことがない。
「わしも、フレイアみたいな愛人をはべらせてみたいのう」
「おぬしもか」
ドヴェルグたちは、フレイアのせいですっかり色ボケに。仕事に身が入らずに、地上に飛び出して嫁や愛人探しに没頭する者も。本来ドヴェルグとは、男だけの種族。新しい仲間は石から作られる。
「仕方ない。高度な仕事はできぬが、心のない石人形を作って人手不足を補うとするかのう」
日の光を浴びたドヴェルグは、石になると言われていたのに。地上へ逃げた彼らは日光に順応し、みんながよく知るドワーフの冒険者になった。彼らは首尾よく伴侶を得て、ドワーフにも女が生まれるようになった。
エルルとオグマ
月日が流れ、船の建造に従事するドヴェルグはオグマだけになった。あとは石の人形たちがオグマの指示で資材を運んだり、簡単な組み立てをこなしている。そこへ、元気な女の子の声が。
「ちわ〜す!酒蔵ヘイズルーンでぇす♪」
記憶の中のエルルは、今使っているアバターをそのまま幼くした感じだ。
「おや、いつもの主人は?」
「パパとママはぁ、ヴァルハラにハチミツ酒をはこぶのでおおいそがし」
それで、代わりに御用聞きに来たらしい。けれど予想と違って、作業現場はガラガラで寂しい限り。
「では、ここの石人形に蜜酒運びを手伝わせよう」
「おじいちゃん、ありがとぉ!」
これが、エルルとオグマの出会い。エルルの両親が忙しくなったのは、主神オーディンがより多くの勇者をヴァルハラに迎え入れるようになったから。それは、地上での戦火の拡大を意味していた。忍び寄る終末の足音。
数年後、成長したエルルは。ヴァルハラで毎夜催される勇者たちの宴で宴会担当の戦乙女として人気者になる。記憶の映像から察するに、コメディアンみたいな吟遊詩人だったらしい。
人間界では「フィンブルの冬」が猛威を振るい、三年連続の異常気象で人々の蓄えは底をついた。争いと略奪が血まみれの戦禍を広げ、戦士たちは戦いの中で雄々しく命を散らし、戦乙女の導きでヴァルハラへ召された。
心優しいエルルは戦場へ出向かず、勇者たちの心を慰め続ける。彼女の地球での名は、エルルーン。エールのルーンに秀でた者と伝わっている。
場面は再び、フリングホルニの大地。満身創痍のオグマが地面に寝転び、星の海を見上げている。立派なヒゲは失われ、チカラを奪われた子供の姿に。
「ああもう!オーディンのやつめ、わしに対価を払う前に死におって」
フリングホルニを完成させれば、オグマにはフレイアにも劣らぬ絶世の美女を与える。そういう約束だったのに。
「オグマ様ぁ…?」
着の身着のまま、ボロボロになった服でかろうじて避難してきたエルルが、オグマを見つける。長い付き合いだし、口調で見分けがついた。
神々の黄昏は、アスガルティアの大地を破壊し尽くした。エルルの酒蔵ヘイズルーンはフェンリルが目覚めた際の地震で失われ、愛する両親も帰らぬ人となった。わずかな生存者だけが、フリングホルニに乗り難を逃れた。
「エルルか。無事で良かった」
「オグマ様ぁ!」
感極まったエルルが、オグマを抱きしめる。
「わたしぃじゃあ、オグマ様のフレイアにはなれないんですかぁ?」
「十分、女神じゃよ。邪な気持ちは湧かなくともな」
嫁や愛人は手に入らなかったが、孫娘も同然のエルルは生きていてくれた。長い間、彼女はオグマの心の支えだった。でもヴェネローンでまたも過去のトラウマをえぐられるような「勇者の落日」の知らせを聞いたとき。
親しかった友を失い、涙するエルルを見たとき、オグマの心に頑なな想いが芽生えた。
「もう今度は、先に対価をもらわんと仕事はせんからな!」
わしは、ユッフィーが欲しい。エルルにも何かしてやれればいいのじゃが。
視界が戻る。フリズスキャルヴの端末を用いた、長いような短いような記憶の旅は終わった。ユッフィーとエルルが身体を起こし、顔を見合わせる。
「ユッフィーさぁん、どぉでしたかぁ?」
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