第3夜【ヒュプノクラフト】
暁と常磐線
東京行きの始発電車が鉄道橋を渡り、何事も無く通過する。怪物なんかいない、怪奇現象も起きない。幻想拒絶は、見えない黒子。
夜明け前、一堂に語るリーフ。
「実は最近、マッドシティでも災いの種が使われました」
「その割に、地球は何ともないぞ?」
先日みんなが見た、凍れる惑星の話。
「ええ。本来なら現実に影響が出て、地球全体がどうにかなるところを夜の世界で『マッドシティの封鎖』だけに留めた。幻想拒絶は、凄いですね」
「最大最強のヒュプノクラフト…ですの?」
ユッフィーの問いに、うなずくリーフ。
「とはいえ、僕らもできる限りのことをしなければ危ない状況でした」
「おかしいな。ガーデナーの奴らにとって、地球は悪夢の怪物を育てて出荷する『牧場』なんだろ?自分で壊してどうする」
さっき、自分たちの戦力を奪われたモヒカンが首を傾げると。
「ガーデナーは、人間の感情を学習する道化人形。人の憎悪と悪意に染まりすぎてしまったのかも」
「AIの暴走か…」
真の敵は、異世界にいない。たとえば、痴漢を誘発する満員電車とか。
ドン・キホーテとベナンダンティ
おっさんが冷房を入れて、自室で読書。今日は在宅の日だ。
この本が「息子」に多大な影響を与えた。改めてページをめくる。
当初、悪魔崇拝と無縁だった農民たちの信仰は、異端審問官の悪意ある曲解で捻じ曲げられていった。現代でも、思い浮かぶ事例がある。
アメリカ発の大衆文化だったRPGは、日本で莫大な利益を生むコンピュータゲームの題材となってから、商業的に都合よく歪められた。
技術的な制約から、ゲームソフトのRPGは「想像で補う」行為無しに完結しないものになった。なのに公式設定だけを正当な「教義」と崇め、想像による創造を放棄し、消費するだけの「観客」が多数を占めていった。
人気作品が映像化されるとき、全国の「異端審問官」から厳しい視線が飛ぶのは日常茶飯事。レックス社のドラジャニ崇拝とか。
(ふむふむ…そぉだったんですねぇ)
考えを巡らせていると、頭の中で声がした。エルルだ。もしこの場に彼女がいて、一緒に本を読んでたら。そんな想像が脳裏をよぎる。
(これからはぁ、一緒ですねぇ♪)
うんうん。作家の頭の中には、たくさんのキャラが住んでるものだ。
(あれ…?)
ふと隣を見ると、エルルが宙に浮きながら微笑んでいた。
「何ぃ!?」
椅子ごと、布団へずっこける私。ついに、風車が巨人に見えるドンキホーテみたいな狂人の仲間入りか?
危機
「それは、一種のプラシーボ効果ですね」
寝不足か、散歩に執筆で疲れたか。その夜は早めに寝ると、夢の中でリーフ少年が怪現象の種明かしをしてくれた。場所は、近所のスーパー銭湯前。
「幻想拒絶は地球を大雑把に覆うもので、人体の中までは干渉できません」
だから催眠術が効いたり、思い込みで不思議な治癒効果が出る。昼間見えたエルルは、私限定の拡張現実だろうか?
「びっくりしましたの」
「凄いね、ユッフィーちゃんの中の人」
銑十郎も呆気に取られている。当のエルルは、申し訳なさそうに照れ笑い。
「やっぱりぃ、ハグできる夢の中が一番ですぅ」
エルルの薄い胸が、ユッフィーのほっぺに当たる。すると、どこからか竜の鳴き声が。少年の妹分、タバサに違いない。
「キュピィ〜!」
先日より、一回りも二回りも大きくなったラベンダー色の妖精竜がしきりに何か訴えている。背中に乗れと促してくる。
「異変の現場へ、連れてってくれますの?」
災いの残滓
ユッフィーたちが、悪夢のRPGにログインする少し前。少年は単身、記憶の探索を続けていた。
母の体内から、少年やタバサと共に飛び出した宝玉。その一つはユッフィーとエルルの再会により顕現した。少年はそのときから、マッドシティ各地に微かな気配を感じるようになった。タバサも同じ。
妹をユッフィーに同行させ、自分は単独で動けば話が早い。新宿への道を探すためにも。
(オレたちに実体は無いが、常に夜の世界で活動できる)
そして、都立八柱霊園に感じた気配。心霊スポットの噂が立ち17:30以降は立入禁止になっているが、幽霊も同然のAR少年には無意味。正門をすり抜け、広い庭園に入る。
(あれは…?)
噴水の前には、中華鎧を着た猪頭の獣人の石像。特徴的な薙刀らしき武器を持っている。もちろん、これも夢のAR。
精巧な出来栄えは、誰かが石化された姿か。何故か胸の真ん中だけ空洞で。近付くと、脳裏に響く声。
(気をつけろ。奴はまだ)
(お前は…)
少年が巨躯の獣人を見上げる。すると、夜空が急に赤く染まった。
「知りたいのでしょう?その願い、叶えましょう」
嫌味な口調は、レックスシェルターで聞いたガーデナーと同じ。身構える間もなく、白い光に飲まれる少年。
「我が名は孟信!我が道を阻むこと、何人たりとも敵わぬと知れ!!」
記憶の中で、猪獣人がユッフィーを追いかける。場所は、夜のレックスシェルター前。ユッフィーは巨大なドリルロボの股下を走り抜け逃げるが、孟信は赤い薙刀を風車の如く振り回し、邪魔者を薙ぎ払う。
「グンダリーニ…エーックス!」
窮地のユッフィーは道端の庚申塔から夢のチカラを引き出し「青面金剛」の姿となって胸の前で腕をX字に組む。光の奔流に押し流される孟信。
「どうだ、嫁に来ないか」
アラブの宮殿で、再度ユッフィーと対峙する孟信。先日も見たが、今度はプロポーズされている。レースに勝てば、と条件付きで承諾するユッフィー。
「クソ生意気な地球人ども…アナタにもお仕置きが必要ですね」
障害物レースの終点、八柱霊園の庭園前。ユッフィーに惚れた孟信を始末すべく、道化人形が孟信の胸に仕込んでいた災いの種を起動させてしまう。赤い核が光る。
「オレごと撃て!ユッフィーを守れ!!」
気迫で災いの種を抑え込む孟信の胸を、狙撃銃で撃ち抜く銑十郎。同時に、住宅街で謎の狙撃手に撃たれるおっさんの姿が重なる。
鶏と卵
「ここは…カラヴィアンか?」
南国の砂浜で、星空を見上げる少年とタバサ。不意に浮かんだ前世の記憶。ヤシの木に星形の果実が実り、異世界だと分かる。
「キュ〜ン…」
落ち込むタバサ。
(ユッフィーさぁんの助っ人ぉ、頼みましたよぉ!)
エルルが旅立つ前、二人に託した役目。けどいつまで経っても呼ばれない。
「オレたちを早く、産んでくれますように」
星に願いをかける、一人と一匹。そこで映像は途切れ、八柱霊園へ。
「ダメですねぇ。まだ生まれてない子が、勝手に来ちゃったら」
「これは…!」
ガーデナーの笑い声。少年が自分の手を見ると、透き通り消えかけている。足も全身も。災いの種は、願いを勝手に歪めて叶える。
「赤い霧が!」
タバサに乗り、八柱霊園へ飛ぶユッフィーと銑十郎。しかし手前の並木道で瘴気に阻まれる。
「災いの種の残滓です、エルルさん!」
「まかせてくださぁい!」
リーフからの助言で、共に飛ぶエルルがオーロラの如き光をまとうが、霧が濃く苦しげにむせる。ユッフィーが銑十郎を見る。
「ベナンダンティは、羊膜に包まれて生まれますの。イメージを強く!」
二人は想像力の魔法、ヒュプノクラフトを使い光をまとう。するとエルルのまとう極光が輝きを増し、一同は少年の元へ。タバサは存在が薄れ、少年と共に巨大な卵へ変わる。
転生
「ユッフィーさぁん、早く銑十郎さぁんと子作りをぉ!」
エルルがいきなり、おかしなことを口走る。リーフも補足を述べる。
「お二人が両親になり、原因を作れば、結果も筋が通ります」
ユッフィーが銑十郎に話した、奇妙な出産の話が浮かぶ。
「僕が犯人!?」
「いいえ、パパですの」
意を決したユッフィーが、面食らう銑十郎の手を引く。
「あの子たちはまっすぐで、危なっかしくて。ほっとけませんの」
「親になるって、こうなのかな」
ゲームの中で、結婚ごっこはしたけれど。リアルでは一生独身と思ってた者同士が、不思議な気持ちで向かい合う。そこへ、エルルのアナウンス。
「お部屋はぁ、こちらでぇ〜す!」
二人は殻をすり抜け、卵の中へ。
どれほど経ったか。目を開ける少年。卵の殻は消え、素顔が見える。
「あなたの名前は、ベナン。よき歩行者でありますように」
少女のユッフィーが、母の微笑みで我が子を抱く。タバサが頬を舐め、銑十郎パパとエルルも笑顔を見せる。遠巻きに見るリーフ。
「ユッフィーの子なら、オレの子も同然だ」
「わしとユッフィーの子じゃからな!」
孟信とオグマも、新たな命を祝福。これから騒がしくなりそうだ。
夜の戦い
深夜の松戸中央公園。ベナン少年とモヒカンの子分たちが、見るからに怪しいカルト教団と対峙している。他のプレイヤーか、NPCかも分からない。
「人生に天井は無い。慈悲深きガチャの恵みに、お布施を捧げよ!」
掲げる旗には、虹色の宝箱。
「あれって、DJPの」
「悪趣味だな」
「過去の名作を表面だけマネても、宝は得られない。カーゴカルト団とでも呼んでおくか」
少年が黒騎士の装いで、ウイキョウの茎を模した棒を掲げる。
「悪しきガチャ文明は、オレたちが革命する!」
「えいえい、お〜っ!」
叩き合いは、乱戦にもつれ込む。その様は、どこか無邪気な遊びみたいで。
「エルルが言うから、一応見に来てみたけど」
栗色の髪を夜風になびかせ、足元が透けた白いネグリジェの少女が遠巻きに少年を見ている。呆れ半分、興味半分で。
「おおぅ、元祖ベナンダンティのマリカさぁん!」
そこへ、ヒラヒラ飛んでくるエルル。
「地球人って、相変わらずバカよね」
「まあまあ。夜の戦いはぁ、まだ始まったばかり!」
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