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第2夜【ヒュプノクラフト】


深夜、松戸隧道前

スミレ色の小さな竜に乗り、少年が国道6号を進む。地面近くを滑るように飛び、車通りのないトンネルへ吸い込まれてゆく。オレンジに染まる視界。

目指すは都内、敵は新宿にあり。

「あの子は、まっすぐな子です」

少年の背中を追いながら、つぶやくユッフィー。彼女もまた、桃色の猪の背にまたがっている。青いツインテールとボロマントが風になびき、黒い鎧がカタカタ鳴った。

(あの詩人さん、新宿から来たって言ってたね)
(レックス社の本社も、新宿ですの)

猪は、銑十郎の変身だった。声は出せないが、心で会話できる。

(前に、首飾りの爺さん…オグマに変身させてもらったのが役立ったね)

少年を追うため、乗り物が必要になったら。急に記憶が浮かび変身できた。

(わたくしたちは、以前から夢の中で冒険してた。それは確かですの)

ユッフィーにも、冒険の記憶が蘇っていた。誰かを救うため、アラブの宮殿に突入しモヒカン頭の鉄仮面と戦うユッフィー。銑十郎が狙撃で援護して、多数のザコを蹴散らすと。中華鎧を着た猪頭の武人が赤猪偃月刀とでも形容すべき武器を持って現れる。

武人は圧倒的な強さでユッフィーを負かし、好きなやり方で勝負してやると提案する。そこで選んだのが、乗り物アリの障害物レース。

(オグマ様は首飾りの作者で、わたくしの師匠。色々お世話になりました)

ヒビの入った宝石は今、ボロ切れを包帯代わりに巻かれてユッフィーの胸で休んでいる。さっきガチャを回したとき出た、鎧に付いてたボロマントを少し破いて活用。

トンネルを抜ける。このまま進めば、江戸川にかかる新葛飾橋へ。

「橋を渡れば、敵が強くなりますの!」
「オレに構うな!」

親心から、注意を促すも。やっぱり、反抗期だった。

霧の結界

橋の前で、少年の乗るチビ竜が止まった。蝶の羽をひらひらさせ、ふわふわしながら前方を警戒している。

「どうした、タバサ」

少年がにらむ視線の先には、マスクをつけた警官隊。パトカーを横付けして橋を封鎖した上、メガホンを手に警告してくる。

「外部の者は、都内に入るな!都民は、都内から出るな!」

片手を前に突き出して、強く静止するポーズは物理的圧力さえ感じさせる。

(あれって…)
(自粛警察ですわね。夢の中は、まだ緊急事態宣言?)

銑十郎とユッフィーも足を止め、様子を見ている。

日本には「都市封鎖」を行える法律がない。「自粛警察」なんて書いてあるパトカーも、あり得ない。さすが夢だ。

「ふざけるな!」

少年が吠えた。不満を露わにして、チビ竜タバサと共に突っ込む。

「気をつけて!」

ユッフィーの静止も聞かず、警官隊を突っ切る少年。その姿が突然消えた。

ブォン

「えっ!?」

ハウリング音がして、警官隊の姿がブレる。立体映像、いやARか。この夢は全部、現実の夜景に投影された拡張現実なのだけど。

「どういうことだ…」

少年とチビ竜は、深い霧の中にいた。さっきまで視界は明瞭だったのに、急に行く手を阻まれたような。

「まあいい。真っ直ぐ進めば、外に出るはず」

(あ、出てきたよ)
(行き止まりだったのでしょうか?)

事の成り行きを見守っていた銑十郎とユッフィーの前に、少年とチビ竜が姿を見せた。その表情は、驚きに満ちている。

「何故だ。オレたちは直進したはず」

Uターンし、再び警官隊の幻に突っ込む一人と一匹。しかし結果は変わらず少しすると、また戻ってくる。

「無限ループですの」

そうとしか、言いようがなかった。

ゲームマスター

「やっとぉ、追いつきましたぁ!」

一同が、声のする方を振り返ると。金髪を一本三つ編みにした女の子が元気に手を振りながら、青い瞳でこちらを見ている。笑顔がまぶしい。

後ろには、少年に従っていたモヒカンたちが自転車に乗って集まっている。バイクじゃないのか。

「親分、置いてかないでくださいよ」
「まずは、オレとタバサで潜入する。お前らに声をかけるのはその後だ」

少年も、色々考えていたらしい。

「みなさぁん、お困りですかぁ?」

肩出しの水色ディアンドルを着た金髪娘が、背中の光る蝶羽でちょこちょこ飛び回りながら一人一人、顔をのぞき込んでくる。距離が近い。

「でしたらぁ、新人ゲームマスターのエルルちゃんにおまかせですぅ!」

ゲームマスターと聞いて、モヒカンたちの顔色が変わった。

「親切に道案内してくれると思ったら、ガーデナーの仲間か?」
「どうでもいい。あの霧は何だ」

エルルと名乗った娘をじっと見据え、問いかける少年。

「えっとぉ、橋の向こぉに行けないんですよねぇ?」
「そうだ」

問答の間、ユッフィーはエルルを見ていた。初対面とは思えない既視感。どこかで会った気がするけど、微妙に思い出せない。

「説明しましょお!夜の松戸市、マッドシティから出られない理由はぁ…」

一堂の視線が、エルルに集まる。

「ズバリぃ、幻想拒絶ぅ!」
「それは何だ。どうしたら、こんなことになる」

少年が問い詰めると、エルルはしどろもどろになって。

「ええ〜っとぉ、ああ〜っとぉ…おおっとぉ!」

何か、閃いたのか?

「リーフさぁん、お願いしますぅ!」

説明丸投げかよ、おい。

すると、一同の前に緑髪の少年の幻影が現れた。眼鏡の奥から見える緑の瞳は、知性の光に満ちていて。

「幻想拒絶とは、遠い昔に地球人が張り巡らせた大結界。範囲は地球全体に及び、昼の世界に怪獣やスーパーヒーロー、異世界人が出てこれない理由になっています。副作用で、ゆうべ見た夢も忘れてしまいますけどね」

リーフと呼ばれた少年は、中世ヨーロッパの紋章官に似た外套を着ていた。夏に相応しくない装いだが、全く暑そうには見えない。

「申し遅れました。僕はリーフ、氷の都ヴェネローンの地球観測員ですが、エルルさんの補佐で臨時のサブマスターもやってます」
「ヴェネローンはぁ、ガーデナーのライバルだと思ってくださぁい!」

どうにか補足するエルル。

「いきなり、話が大きくなったな」
「怪物や怪奇現象の類を寄せ付けない結界、ですわね」

やや面食らった様子の「息子」。母のユッフィーは理解が早い。

「ってことは何だい、悪夢のRPGはマスター同士で争ってるのか」
「そぉですぅ、まさに運営戦国時代ぃ!」

ささやかな胸を張るエルル。あきれるモヒカンたち。

「ベナンダンティの夜の戦い、そのものですわね」

ガチャの恨みから始まり、レックス社に抗議する目的で駆けてきた物語は、ここで日本全国…いや地球規模の戦いへとつながった。

(夢を忘れる…ヴェネローン?)

何か思い出したのか、ピンクの猪のままの銑十郎がボロマントのすそを軽く引っ張った。ユッフィーもまた、深くうなずく。

「また来ますの、記憶の覚醒が!」
「きゃっ」

ユッフィーの身体から放たれたまばゆい光に、エルルが目を細める。そして場の全員の脳裏に、鮮明な映像が浮かび上がった。

記憶のかけら

ローマの万神殿に似た、石造りの神殿。丸い天窓から差し込む光が荘厳だ。ユッフィーの「中の人」が、古代ギリシャの彫刻めいた女神と話している。

「ここは…?」
「夢を渡って来られたのですね、地球からのお客人よ」

女神がまとう後光は、ゆらめく極光の如く。

「良い時に来られました。氷の都ヴェネローンは今、ルペルカリア祭の最中なのです」

おっさんは知っていた。現在はバレンタインに姿を変えた、古代の祝祭。

「この地は『災いの種』の暴走で惑星全土が凍り、時の流れさえも凍って、新たな命の生まれない星となってしまったのです」

それと、祭がどう関わるのか。

「ルペルカリア祭は、永久凍結惑星バルハリアに季節を取り戻すための儀式型ヒュプノクラフト。かつては地球の祭も全て、何らかの儀式でした」

側においてある、淡く光る壺を指差し。中のクジを引くよう促す女神。おっさんが手を入れ短い棒を取り出すと「Olrun」の文字が浮かび上がる。

「エルル、あなたのパートナーが決まりました」
「はぁい♪」

それが、エルルとの出会いだった。

「こんな可愛い子が、私みたいなおっさんと組むなんて。いくら何でも」
「いいえ」

釣り合わないと、異議を申し立ててみるものの。

「祭の間、暁の女神アウロラの名において、二人は恋人なのです」

極寒に耐えるドームに覆われた、ヴェネローンの街を歩く二人。エルルが不意にギュッと腕を組んできて、思わずドキッとさせられる。

「去年はミキちゃんと、その前はオグマ様。今年も楽しみましょお♪」
「申し訳ないね、こんなおっさんで」

貧乏独身、年齢=恋人いない歴。生涯独身は覚悟の上。簡単に、この状況に順応できるわけもなく。しかし突然に、転機は訪れる。

「それじゃあ、可愛くなってみますかぁ?」

エルルに手を引かれて訪れたのは、なんとコスプレショップ。

「あらエルル、いらっしゃい」
「オリヒメさぁん、何かオススメありますかぁ?」
「ちょっ、おっさん女装趣味は…!」

このときは、マジで焦った。

「アバター変身すればぁ、いいんですよぉ!」

この街では、夢を渡り精神だけで訪れた者に「アバター」を貸与している。この魔法人形は古き神々の遺産で、あらゆる種族のデータを収集し再現するチカラを持つ。外見だけでなく、能力までも。

「この子はぁ、何て呼べばいいんですかぁ?」
「わたくしはユッフィー。ドワーフの姫ですの」

RPGでよく使う「うちの子」になりきるおっさん。エルルと街を巡り、楽しく過ごす。この思い出が、貧乏独り身の男性を元気づける「弱者男性の姫」ユッフィーの原点だった。

突然、場面が変わる。法廷らしき場所で、おっさんに判決が下る。

「秘宝の市外への持ち出し。禁を破ったあなたに、追放を宣告します」
「エンブラ様ぁ!」

涙目のエルルに、老婆が告げる。

「どうせ、すぐ忘れてしまうでしょう」

そこで映像は終わった。感極まったエルルが、ユッフィーに駆け寄る。

「ユッフィーさぁ〜ん!」

抱き合う二人。

「エルル様、ご機嫌よう」

地球人は夢を忘れる。でも、こうして思い出せた。

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夢を渡る小説家イーノ
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