【第4夜】ヒュプノクラフト
10/8(日)稔台ふるさと祭り
パン! パン! パン!
朝から、秋晴れの空に音だけの花火。今日もどこかで、お祭りか。
ウォーキングRPG「ドラグーン・ジャーニー・プロムナード」のアプリを起動し、スマホを見ずに済む放置モードでいつもの散歩道を歩いてたら、新京成線稔台駅前の商店街が歩行者天国になっていた。道路を封鎖する看板には「稔台ふるさと祭り」の文字。
「きょおもぉ、お祭りですねぇ♪」
おっさんの隣には、エルルちゃん。昼の世界から怪獣やスーパーヒーロー、異世界人を追い払う最強のヒュプノクラフト「幻想拒絶」の死角、プラシーボ効果が見せる脳内の幻。
いわば、私だけの「AR彼女」。その声は私以外に聞こえないし、手をつなぐこともできない。それでも、何度も引き離され再会できたふたりには何ものにも代えがたい、幸せな休日。
(松戸市は、今年で市になって80周年。スポーツの日を含めた3連休だし、あちこちでイベントをやってるね)
「きのうはぁ、キテミテマツド通りに銑十郎さぁんがいましたねぇ」
空気を送ってふくらませる、ピンクの巨大な豚。昔、デパートの屋上にあった、子供が中に入って遊ぶやつが大通りのど真ん中に。こっちは松戸祭りで駅前が広範囲に歩行者天国だった。
(本人が知ったら、どう思うやら)
おっさんとエルルは、思考だけで会話している。悪夢のRPGのプレイヤーは夜が明けたら全員、自分の身体に意識が戻るが。エルルはなぜか、おっさんの脳内にお邪魔している。
異世界人にも自分の身体があり、目覚めれば戻るはず。その思考も、脳内のエルルには筒抜け。彼女は、今はデートに集中してほしいようだ。
スマホはポケットに入れたまま、お祭りの商店街を散歩する。特に目新しい屋台は無かったが、ひとつ「福祉ネイル」の広告が目を引いた。
「さっすが、ユッフィーさぁんは優しい!」
(家にこもりがちな、母の気分転換になるかもしれないからね)
ところで。昼間でも、その名で呼ぶのか。
「じゃあ、ベナンくんとタバサちゃんのお母さぁん?」
それは、恥ずかしい。彼も「母さん」とは呼ばなかった。話が途切れ、少し静かに散歩を楽しむ。
「稔台ってぇ、この前写真で見ましたねぇ。たしか陸軍の演習場でぇ」
エルルが別の話題を振ってきた。感心して、私が返事をする。
(よく覚えてるね。八柱演習場は戦後に農地転換され、豊作を願って稔台と名付けられたけど、15年で工業用地に変わり、このへんは住宅街になった)
「この前、一緒に見に行きましたからねぇ♪」
先日、市立博物館で見た「あの日のまつど」展示会。古い写真や実物資料が集められ、松戸の歴史を垣間見れた。他人から見れば一人だが、おっさんの隣にはエルルちゃんがいた。
これは、アーティストデート。作家のはしくれとして、週に一度くらいは好奇心のおもむくまま行動してみる。別の週には、テラスモール松戸で映画も見た。新宿を舞台にした、探偵もののアニメ映画。
おっさんの隣には、ガラガラの席ではしゃぐエルルちゃん。彼女は、私の中の「内なる子供」そのものに感じられた。
リンゴ飴買って
「ユッフィーさぁん、リンゴ飴買ってぇ♪」
エルルがARの腕を、おっさんの腕に重ねた。触ることはできないが、こうすると腕を組んだ風に見える。もちろん、現実に干渉できないエルルがリンゴ飴を食べることはできないが。
「すみません。リンゴ飴ひとつ、ください」
屋台で飴を買って、道の脇でひとやすみ。
「ユッフィーさぁんが飴を食べるとぉ、エルルちゃんにもおすそわけ!」
そうか、彼女は私の脳内にいるからな。言いたいことを理解した私がリンゴ飴をひと口かじる。すると、全く同じものがエルルの手にも現れて。
「あま〜い♪ パリパリぃ♪」
リンゴ飴を頬張ったエルルが、幸せそうな笑みをこぼす。
(これって、昼間でもヒュプノクラフトを使ってる?)
ふと、素朴な疑問が浮かんでくる。
「そぉですよぉ! ヒュプノクラフトはぁ、想像力の魔法ぉ!!」
なるほど。実際に味わっているなら、お菓子の味を鮮明にイメージできる。現実には何も干渉してないから、幻想拒絶にも引っかからない。
地球の料理やお酒を楽しむことは、彼女の願いのひとつだった。私の脳内に居候することで、無理に思えたそれは叶った。こっちは、狂人ドンキホーテに一歩近づいたのだけど。
「リンゴ飴といえばぁ。来月はガイフォークスナイトですねぇ」
不意に、エルルが耳慣れないお祭りの名を口にする。そして、見覚えのあるお面をヒュプノクラフトで作って私に見せた。
(アノニマス…?)
「正式にはぁ、ガイフォークスマスクって言うんですぅ」
数週間後。夜のマッドシティでは、DJPの運営元レックス社への恨みがまたも火種となって「火薬の陰謀」が起こる。偶然のようで、必然だった。