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1夜 胡蝶はカゴの中

あ痛っ。

何かに、頭をぶつけた?
人が気持ち良く、寝ていたのに。

私の寝室に、頭をぶつけるようなものがあっただろうか?
目が覚めて、まわりを見ると。

夜空を埋め尽くす、光の蝶。色はさまざまで、まるで虹のよう。蝶の大群は北米大陸を南北3500kmに渡り大移動する、オオカバマダラを連想させた。眼下には、東京の夜景。片隅には、赤くライトアップされた都庁が見える。

夢のような、幻想的な光景。
いや、これは…夢そのもの?
目覚めたら、また夢の中だった。そんな映画があったような。

私も、気づけば蝶たちの一羽になって、上空へ舞い上がってゆく。私が蝶の夢を見ているのか、蝶が私の夢を見ているのか。まるきり「胡蝶の夢」だ。

実体のない光翼の蝶は、航跡に光の粒子を散らしながら高く高く。
地球の重力圏を脱して、ゆらめくオーロラの先へと。

けれど、途中で見えない天井に弾かれる。
私は、がむしゃらに宇宙へ羽ばたいた。何度も透明な壁にぶつかりながら。

そうだ。私には、どこか行かなければならない場所があった気がする。
誰かが私を、待っている気がする。夢を渡る、異世界への冒険の旅。

ここ数ヶ月、エンジニアの勉強や就職活動で忙しくて、忘れていたけど。
もしかすると、忘れて何年も経ってしまったかもしれない。

2020年春。
将来性のない前職に見切りをつけ、就活の矢先に大流行したあの疫病。まだリモート対応も不確かなこの時期、無職の私にできるのはステイホームと。

つい先日、散歩のお供にと退屈しのぎに始めてみたスマホの位置情報RPG「竜騎士の散歩道ドラグーンジャーニー・プロムナード」くらいか。長いから、以下DJP。外を歩かなければ遊べないゲームなだけに、DJPの運営もいろいろと臨時の対応に追われているようだ。

パンデミックに伴う生活環境の急な変化で、奇妙な悪夢を見る人も世界各地で増えてるらしい。この夢も、そうなのだろうか?

私はかなり、頑張った。でもガラスの天井を越えられず、疲れ果てフラフラと高度を下げてゆく。他の蝶たちはとっくに墜落して、夜の街に光の波紋を広げているけど。夜中に走る車や、深夜営業のラーメン店に並ぶ人たちは、気付く様子がない。リアルな夢だな。

なんか、街中に変なのがにょきにょき生えてくる…!
DJPの世界にありそうな建物や樹木、電柱を覆い隠すように輝く光の柱まで生えてきた。柱のてっぺんに見えるのは、ルーン文字か。

実写の映像に、解像度の低いCGかアニメを重ねたような違和感があるから。現実との違いは、ひと目でハッキリ分かった。

私は弱々しく羽ばたきながら、だいぶ低空まで降りてきた。近所のスーパー銭湯のネオン看板が見える。もう深夜だし、閉店時間は過ぎてるはずだ。

それ以前に、臨時休業の張り紙がしてなかったか。緊急事態宣言で。都知事のハンドパワーで報道陣が後ずさりした、ニュースのアレ。密です密。

なのに中が明るくて、にぎやかな人の気配がする。看板の文字もおかしい。「湯っフィーの里」って、なんだ?
これも現実の看板に、雑なコラージュを重ねた感じがする。

落ちてくる私を窓から見てたのか、建物から金髪の女の子が出てくる。
入口の扉を閉じたまま、幽霊のようにすり抜けた。そして、こっちへおいでとばかりに手を差し伸べる。無邪気そうな顔をして。

青い瞳の、金髪を一本三つ編みに結った優しげな子。
彼女に不思議な懐かしさをおぼえた私は、誘われるまま手の中へ収まろうとするが。そこで蝶の変身が解けた。

「きゃわわぁ!?」

私の下敷きになって、素っ頓狂な悲鳴をあげる女の子。
空から落ちてきた寝間着のおっさんなんて、誰が得をするんだ。

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夢を渡る小説家イーノ
アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。