「田舎で暮らしたい」という夢
「定年後は田舎でゆっくり暮らしたい」と思っている人は多いかもしれません。最近では、田舎へ移住する若い人が増えているということも聞きます。
また、永住でなくても、一定期間、違う環境で暮らしてみたいと思っている人も多いかもしれません。
そんな体験をしたのは、映画化もされた人気小説『羊と鋼の森』の著者、宮下奈都さんご一家。取材目的とかではなく、ご主人の希望での移住。
とはいえ、そこは作家。このチャンスを逃すことなく、日々の暮らしを日記風のエッセイに綴っています。
それをまとめたのが、『神さまたちの遊ぶ庭』(光文社文庫)です。
(以下、引用のすべては、2017年第1刷からとなります)
いきさつ
さて、宮下さんご一家(ご主人、宮下さん、十四歳の長男、十二歳の次男、九歳の長女)は、北海道へ移住するのですが、まずは、いきさつから紹介します。
ご主人が見つけたのは、大雪山国立公園のなかにある「トムラウシ」という集落です。
「トムラウシ」はどんな場所か?
『遊びになら行きたいけど、暮らすところではない』
宮下さんは、そう思いました。
…田舎暮らしに憧れている人にとっても、かなりの勇気と覚悟がないと選ばないような環境です。
それまで住んでいた環境と違い過ぎて、同じ日本とは思えないかもしれません。
ある日のエピソードを見てみましょう。
「トムラウシ」の住人達
反対していた宮下さんは、結局、ご主人はもちろん、3人のお子さんの無邪気な賛成によって押し切られ、「トムラウシ」に一年間(長男の高校入試などの事情)移住することになりました。
このとてもユニークなご一家の生活は本を読んで楽しんでいただくとして、魅力的な「トムラウシ」の住人の方たちを少し紹介します。
子どもたちの通う学校の先生たちも素敵です。集落の秋祭りでのこと。
「トムラウシ」の学校の先生は、勉強を教えるだけではなく、生徒たちに本気を見せつけてきます。それによって、子どもたちも成長していきます。
先生が魅力的なら、生徒たちだって負けていません。さらにパワフルです。
子どもたちの苦難
少人数の学校で生徒想いの先生に接し、普段の生活でもあたたかい近所の人たちに囲まれ、都会の子どもとは違って、すくすく・のびのび成長していく子どもたちですが、この環境ならではの苦難もあります。そして、そのことについて大人たちも悩み、心を痛めます。
例えば、宮下さんの中学三年生の長男は、山を下りたところにある屈足中学校(略して、屈中)の生徒と合同で修学旅行に行きました。
宮下さんの「トムラウシ」生活
この本は、田舎暮らしを推奨するものでも、逆に批判するものでもなければ、田舎暮らしの指南書でもありません。
宮下さんの生活ぶりを、一緒に笑い・驚き・感心し、時に怒り・呆れ・泣けば良いのです。
最後に、宮下さんが(期間限定の)移住者としての体験を通して感じたことの一例を、長くなりますが引用します。地域の大人たちの気持ちもよくわかります。
それから
宮下さんご一家は、一年間の移住生活を終え、福井へ戻ってきました。
ところで、宮下さんは自身の小説について「続きを書いてほしい」と言われるが、断っているそうです。『あとは読者の方が自由に想像してくださることも含めての物語なんじゃないか』という気持ちで。
そんなわけで、文庫版では、その後のことも少し紹介されています。
三人のお子さんのこと、トムラウシの方々との交流、そしてもちろん、学校にいけなくなってしまった、なっちゃんのことも。
私たちは、この本のページを捲りながらトムラウシの人たちと一緒に生活し、そして後日譚でその人たちと再会します。そしてまた、あの愛おしい日々を懐かしむように、最初のページから読み始めるのです。