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毒親の特徴 : 自分が全て正しい

「毒親が見ている世界」
「毒親が感じたこと」
「毒親が考えていること」

毒親にとっては、自分が見ているものや自分の意見が全てにおいて正解です。
それ以外の価値観や意見を彼らが受け入れることは、とても難しいことなのです。

毒親が見ている世界は独自の解釈が入っている可能性が高く、事実とはかけ離れた歪んだ捉え方をしているので、周りからすると理解ができないことがしばし見受けられます。

都合の良い解釈をされることが多々あり、また、全体の流れを把握することが苦手なため、切り取った一部分を拡大誇張して解釈したり、そのことについても自分の偏った認識を元に言及をしてきます。
また、前後の話の流れが削げ落ちている為、他人がどういう意図で行動をしているのかということを理解することができません


一般的にAさんとBさんがコミュニケーションを取る場合は、AさんもBさんも対等に意見を伝え合うことができ、双方に相手の意見を一旦受け止める、ということがやりとりの基礎にあります。
その上で、同意できる意見であれば、その意見について同じ方向を向いて盛り上がって話をすることができます。
もし、AさんとBさんの意見が異なる場合は、異なる内容について話し合ったり相談したり、一つの事柄について二人で向き合うことになります。


しかし、毒親とのコミュニケーションは、もはやコミュニケーションとは呼べないほど、視点もやり取りも一方的な意見を押し付けられている状態です。

極端な言い方に感じるかもしれませんが、自分とは異なる意見を受け止めるという考え方がないため、違う意見の人に対して自分の意見を押し付ける、もしくは、受け入れてもらえないのであればその人を敵だとみなしてしまう場合も少なくありません。
その人のことを、他の人に悪く言いふらしたり、自分のテリトリーから追い出そうと必死になります。

話し合おうとしても、そもそもの前提が異なり、毒親から見た事実と周りの人が見た事実に違いが生じる上に、"自分の正しい考え"と異なる意見は遮断するため、毒親と建設的なコミュニケーションをとることは非常に困難です。

実際に起きた事実ではなく、自分の思考により実際に起きた物事を歪めて解釈していることに気がついていないので、彼らの世界では彼らの捉え方が全て正解になってしまいます。

そして、たとえ家族であったとしても他人から、いくらその考え方は違う、その行動は良くないといったことを言われたとしても、彼らはそれを受け入れることはせず、逆に自分のことを否定する敵だという認定をするばかりです。

誤った言動を指摘してもらえたり、自分にない意見を言ってもらえるということは自分の考え方を正したり広げたりする機会になるため本来はとてもありがたい機会ですが、彼らにとっては「自分を否定されている」という認識しかないため、攻撃をされているのだと捉えてしまいます。

そのように歪んだ世界を見ている親に支配されて生きてきた子どもたちは、親の意見が全てであり自分の意見を持つことを否定されるため
「親の考え方で動くこと」
「親が望む意見を先読みして行動すること」
そのような生きる術を身につけてしまうのは当然のことですよね。その親の元で生活をしていかなければならないのですから。

また、一番身近な価値観の元で育つため、親の歪んだ価値観を植え付けられ、違和感を覚えてもその気持ちを抑えることしか術がないため、"自分の気持ち"というものを感じにくなってしまうことは、当然の結果だと思えます。
自由な解釈を自由に表現できることが子どもの特権であるはずですが、それを奪われて生きてきているということは、なんと悲しいことなのだろうと思います。


このように、毒親は自分にとって都合の良い解釈を全て正解だと思って生きています
それを、他人にも押し付けて人との交流を図るため、周りも困惑するばかりです。

毒親の周りには友人や知人が少ない傾向がありますが、そのような振る舞いをしていれば周りに人が残らないのは目に見えた結果ですよね。

優しい子どもはそばに残ってくれることもありますが、その方へかかる負担は相当なものです。
育ててもらった恩や義理を感じることはとても素晴らしいことですが、自分や自分の人生を犠牲にしてまで優先する価値があるかどうかは、自分で判断しても良いのです。

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