サバティカルタイムをとってみた結果、僕は「 」。
めっきりnoteを書くことがなくなってしまった昨今ですが、今回の体験はとてもいいものだったので、もっと皆んなに広まるといいなぁと思い、久しぶりにnoteを書いてみます。
結論「サバティカルタイム最高だぜ!みんなどっかで取得したほうがいいよ!」ということを言いたいのですが、聞きなれない言葉な上に、ここだけ切り取ると、どんなマウントだよ感も凄いので、僕がどう過ごして何を感じたのかを具体的に書こうと思います。
未来に悩んでいる誰かの、何かの力になると嬉しいです。
サバティカルタイムって何?
そもそもサバティカルタイムってなんやねんって話だと思うのですが、簡単にいうと「使途用途を決めない休暇」です。
欧州だと人事制度化されていることも多く、利用用途は先述のとおり自由であるものの、多くの人が「第二の職業人生」を模索するためのモラトリアム期間として利用します。
実は私、ちょっと前に前職を退職したのですが(SNSで煩かったから知ってるわって人も多いかもですが笑)
この時、全く未来が見えてなかったんですよね。
正確にいうと、いい歳なので「やれること」「評価してもらえそうなこと」は分かっていました。そこを積み上げて、形成した資産を活用していけば、確実な40代があることも、ある程度はロジックで理解していました。
ただその未来をイメージしても、なぜだか楽しそうな自分がイメージできない。じゃぁ「僕は何をやりたいんだろう」ともう何年も問いかけていたのですが、全く結論が出る兆しがない状態でした。
まがいなりにもHRのプロが、何年考えても答えが出ないということは、多分普通の転職活動や、普通の思考/行動をしても答えが出ないということなんだろうなぁと思っている時に、Voicyで尾石晴さんの放送を聞いて、サバティカルタイムという考え方に出会いました。
転職エージェントあがりの僕は、どうしても仕事と仕事の間の期間を「ブランク」と考えてしまうのですが、サバティカルタイムを知り、「未来に向けた休暇」と捉えることができるんだと思えた時に、周りで取得している人を知らなかったことから興味もわき、期間を40歳になるまでの2年間を最長にすると定め、サバティカルタイムの取得を決めました。
どう過ごしていた?
理屈は分かったけど、実際どんな日常なの?が気になる点だと思います。
そこを説明するために、自分がサバティカルタイムに入る前に決めたルールを共有すると以下になります。
①やりたかったことをとにかくやる
②最低限の生活費は稼ぐ
③好きな人とできるだけ時間を共にする
これを出来るだけ多く満たせるような日常の設計にしました。
一見両立が難しい感じもしますが、①は趣味系とスキル系に分かれるので、スキル系を②と結合すればいい感じになるなと思い設計し、結果的にこんな感じで過ごしていました。
月:子供と1日過ごす
火:1日中仕事、夜は人と会う
水:子供を送ってから、午前はスキル系の勉強、午後は仕事、夜は人と会う
木:趣味系のやりたかったことをやり、夕方から子供と寝るまで過ごす
金:子供を送ってから、午前は趣味系の勉強、午後は仕事、夜は人と会う
もちろんクライアントに迷惑はかけれないので、フレキシブルに対応はしていましたが、イメージこんな感じです。
余談ですが、最初は大学院進学も考えていましたが、改めて学べる内容と自分が学びたい内容を比較してみたり、他のやりたいことがどのくらい満たされるのかを考えた結果、こちらはやめました。けどそのうち進学してみたいとも思っています。
さて、ではその結果をいくつかの角度から書いていきます。
僕は「やりたいことが見えてきた」
転職活動とは、定性的な活動です。自分の知識や経験から考えてもそれは予想でしかないし、人から色々聞いてもそれはその人の主観でしかありません。
ただ僕はサバティカルタイムを通して、なんとかこれを「体感」「体験」することで、定量化できないかなと思っていました。
僕はずっと、「人事」「事業」「その他」という三択において悩んでいたので、
・事業会社人事
・クライアントワーク的な人事
・事業開発
・その他話があった職種(広報やデブレル、CS、PMなどなど)
といった具合に、関わる仕事を意図的に多岐にし、毎日自分が実際に体験することで、実感値としてやりたいことを探していきました。
ここは書くと長いのでまたそのうち別で書きたいと思うのですが、こういった体験を経て、自分がやりたいと感じれることが見えてきました。
これは職種や業種面だけでなく、レイヤーや働くスタンス、組織や個人など、多くの観点で体感を得られたことが良かったと思っています。
僕は「大切なものが何かわかった」
これまで仕事=大切なものと疑わず生きてきましたが、サバティカルタイムという期間は、強制的に仕事へのコミットメントを落としてくれます。
浮いた時間は、家族や友人との時間だったり、趣味や新しい勉強に投資されることになり、そこで様々な感情をこれまで以上のボリュームで得ることができるので、自分の感情の再確認をすることができます。
また落ちているボールを無限に拾おうと思えば拾えるサラリーマンと比べると、ミッションが明確な業務委託は時間管理もしやすく、過去経験がないくらい時間ができるので、時間に対する考え方も見直すことができ、
さらに言うと、業務委託費は保険などの兼ね合いから通常より高く設定されることが多く、また複数社に関わることで、バリューの出しどころが複数になるので、結果的に収入面はサラリーマン時代より高くなりました。
これにより、お金に対する考え方も改めて自分と向き合うことができました。
勤め人はどうしても貢献意識や同調性から思考が狭くなります。
サバティカルタイムは、こういった自分が持っていた常識を更地に戻し、「仕事」「時間」「お金」「家族」「友人」「学び」「趣味」など、多くの大切である可能性が高いことと自分を向き合わせてくれます。
これは今後の人生を考える上でとても貴重な体験でした。
先述の通りやりたいことは見えてきましたが、それはあくまでも「仕事」という1カテゴリーの話でしかなく、相対性に欠けているからです。
僕は「子供との人間関係を育めた」
僕には父親がいません。そのため、というと良くないのかもしれませんが、自分が父としてどのように子供と接するのが正解なのか、子供が生まれて以来ずっとイメージができませんでした。
妻と2名の人間関係だった家族というコミュニティが、3名になることにより途端に複雑化したことへも対応が難しいなと感じることも多く、大切な存在であることは間違いないですが、子供とどのような人間関係を育めばいいか悩むことが多くありました。
僕はこれまでも、一般的な方と比較すると多くの時間を育児に充ててきました。ではなぜそういった自分がこのような課題に当たるかというと、僕の能力を右に置けば、難易度が高い課題なのに、片手間に向き合っていたからだと今なら感じます。
どうしても勤めている時は、どんな時もうっすら仕事のことを考え、子供と向き合うときも仕事を軸としたスケジューリングをしてしまったり、役職や職域的にも多くの課題を扱い感情が浮き沈みすることもあったので、そういった時に真摯に子供に向き合っていない自分がいました。
ただサバティカルタイムは「子供のことだけ考える」ことができます。
個人事業主なので感情の浮き沈みはほぼないし、仕事も完結的に進められます。協働する相手も少ないので、摩擦も少ない。
子供との時間は子供のことのみを考えることができ、彼女が今何を考え、どのように接して欲しいのか、そして僕は何を今伝えるべきなのか、などを深く考えることができるようになりました。
結果的に、人間関係としてはとてもいいものが築き始められているのではないかと思っています。
これは時間をとったからこうなっただけで今後も時間を取り続けないといけないというわけではなく、時間をとった結果、どのような人間関係をどういうスタンスで子供と育めばいいかがイメージできた、ということだと解釈しています。
僕は「対話により自分が具体化された」
サバティカルタイム中は、できるだけ多くの人と会いたいと思っていました。それはこれまで時間が限られていたからというだけではなく、こういった社会的ステータスがなくなった時に自分に時間をとってくれる人ほど、生涯大切にすべき人であると思ったからです。
出来るだけ多くの方に会うために、夜は時間を区切って二部制にし、ランチもできるだけ行くようにし、結果として半年で300人以上の方と時間を過ごすことができました。
300人いればやはり300通りの考え方があり、皆さんの人生から感じたことや思うことを私に意見いただけたことがとても貴重な体験で、本当に視野を広げることができました。
また対話というのは、インプットだけでなくアウトプットがあります。
多くのことを言語化する機会をいただき、また色々な観点から深掘っていただくことで、自分の思考がどんどん具体的な形になっていきました。
さらに最も大きかったのは精神面です。
サバティカルタイムという選択にはもちろん不安がありました。それを多くの方が、励ましてくれたり、面白がってくれたり、共感してくれたり、そういう貴重な感情をぶつけてくださって、本当に心が柔らかくなっていく感覚を覚えました。
この期間に僕に時間を費やしてくれた方には、一生をかけて恩返ししていきたいと思っています。
僕は「新たな感覚や学びを得れた」
人生においてやってみたいなと思いつつも、全くやっていないことってとても多いのではないかと思います。
僕もこれまで仕事を言い訳に、多くのことを「やりたいと言ってやらない」選択を選んできました。
サバティカルタイムは時間が作れます。
これをもちろんいい意味に怠惰に過ごすこともできますが、僕は自分のルールに則って、多くのことにチャレンジしてみました。
語学やアンガーマネジメントのようなスキル系、シーシャやダンスのようなカルチャー系から芸術や料理のような感性系など、とりあえず思いついたものは色々やってみました。
新しいことにチャレンジすると、その領域ではド素人です。0から学び努力する必要があります。
この体験がとてもよく、新しいことから得れる感覚感性や、できないことができるようなる体験、努力するスタンスや一心不乱に打ち込む姿勢など、小慣れてくると遠ざかってしまうものたちと、改めて出会うことができました。
仕事としてやりたいことまではいかないけど、チャレンジはしてみたいことっていっぱいあると思います。そういった重要度は高いけど、優先度は低いことにも、多く時間が使える点はとても良かったです。
僕は「自分の豊かさの定義を知った」
上記以外にもまだまだサバティカルタイムの良かった点はあります。
が、かなり長くなってきたのでこの辺りで一度打ち止めとします。
総論、僕はサバティカルタイムを通して「未来に期待する」ことができるようになりました。
人生における様々な重要なキーワードにおいて、自分はどのような優先順位で、それがなぜなのかを理解することができ、そのベースが体感で出来ているので、とても納得度が高い状態を作ることができました。
またそれにより、豊かとはなんなのか?を自分の物差しで語れるようになり、その物差しをベースに明確に意識決定ができるようになりました。
もちろんサバティカルタイムはいいことばかりではありません。
ただその悪い点の体感値も含めて、上記の状態を作ることに必要であり、サバティカルタイムから得られることはとても多いと思います。
もちろん僕ほど拗らせていなければ笑、通常のルートで未来を意思決定していく方がいいと思います。リスクが低いです。
ただもし未来に迷っている人がいれば、ぜひサバティカルタイムを選択肢に入れてみてください。
もしかしたら、あなたの今後の生き方が見えてくるかもしれません。
まぁつまり何が言いたかったかというと、これだけいい状態を作れたので、そろそろサバティカルタイムおしまいにしますってことでした。
僕の体験談が、未来に悩んでいる誰かの、何かの力になると嬉しいです。
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