かわいい父と激しい母と私の介護日記(最終回)
お別れの日に
朝、父の様子を見に行く。まくらに掛けているタオルに、少し血のような物が付いている。
「なんか、まくらに付いてるよ?」と母に聞くと、「首のところの傷かなぁ?後で看護の人が来たら診てもらう。」と母。
ふと横を見ると、補聴器が置いてある。
「入れなくていいの?」と母に聞く。「だって、ずっと寝てるから。入れてもねぇ。」と言う。
「刺激があった方が、起きるかもしれないよ。入れとくね。」と父の耳に補聴器を入れて、仕事に出かけた。
仕事が終わって、父の様子を見に行く。「まくらの血、どうだった?」
「首のところ診てもらったけど、傷は治ってて、何処から出たか、わからなかったよ。」と母。
もう、夜だから補聴器外してあげよう。
父の耳から補聴器を取り出したら、左耳の補聴器が濡れていた。少し血も付いていた。
もう、終わりなんだ。この時、私はわかってしまった。人は亡くなる時、耳や鼻の穴から体液が出ると聞いている。
でも、母に言えない。現状だけやっと伝える。
「ねぇ、耳から血が出てたみたい。」補聴器を見せた。
母はびっくりして、「えっ!お父さん、ゴメンね、気が付かなかった!ゴメン、痛かったの?」と慌ててカット綿を持って来て、耳に詰めた。
「明日、往診で先生が来るから診てもらおう。」と母が言っている。私は脱力して、隣の母のベッドに座り込んで、「そうだね、先生に言って。」とだけ答えた。父は静かに眠っている。私の思い過ごしでありますように。
次の日の朝、4時過ぎに私の携帯が鳴った。母からだった。出る前にわかった。父はもういないんだ。
「ちょっと来てくれる?」と母はそれだけ言った。「うん、すぐに行くね。」私もそれだけ言った。
父の部屋へ行くと、「起きてお父さん見たら、もう息をしてなかった。」母は以外と冷静だった。
「そう。実は昨日、耳から血が出てたから、もうダメかなと思ってたの。亡くなる時、穴から体液が出るって言うでしょ?」と私も以外と冷静だった。
「お父さん、よく頑張ったね。辛かったね。」母は父の顔や手をさすって言った。「ママ、最後まで家で看取りができて、本当に良かった。パパは幸せだったと思うよ。」私も最後まで父と暮らせて、幸せだった。
そして、母は気丈に格好よく?父の葬儀をこなして、私はやっぱりこの人には敵わないと思い知る。
誰もが父の冥福を祈っていた葬儀のとき、私はずっとこう思っていた。
「パパ、成仏なんてしなくていいです。ずっと家にいていいんだよ。」
ひどい娘だ。私はずっと甘えている、どうしようもない娘のままだ。
だってウチの父はかわいいから。
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