金柑しごと
オレンジ色のピンポン玉
「あそこになってる金柑な、好きなだけ取って食べてええよ」
川の傍にある木を指さして大家さんが言う。
ピンポン玉くらいのオレンジや黄色の実。
なるほど、あれは金柑だったのか。
結構たくさんの実がついている。
葉っぱの緑の中、オレンジの水玉模様みたいで、なんだか可愛い。
てくてくと近寄ってみると、意外と背が高い。
(こりゃ、上の方の枝の実は、私の身長じゃ無理だなぁ)
ひとまず、手元の低い枝から、金柑をねじ切るようにもいでみた。
お言葉に甘えて、さっそくいただきまーす。
丸ごと口に放り込み、皮に歯を立てて、がぶりっと噛んでみる。
あれ?甘い??
勝手なイメージだが、金柑はもっと酸っぱいものだと思っていた。
もぐもぐしながら、確かめるようによく味わってみる。
果汁自体は、わりとしっかりした酸味。
だが、皮が甘い。予想以上に甘い。
昔食べた、酸味とぷつぷつの種の印象しかない金柑とは大違いだ。
(これなら、このままおやつでもいいくらいかも)
そう思うと、自然と二つ目へ手が伸びていく。
口の中へ広がる爽やかな甘み。
見上げると、上の方の枝にもたわわになっている金柑たち。
なんか、高いところの実の方が大きくて熟しているような気がするなぁ。
うん、やっぱり脚立を持って来よう。
そして、当面のおやつの生食用と、甘露煮か、はちみつ漬け。
いずれにしろ、少し多めに頂いて行く。
ほくほくともいできた金柑の実をならべ、早くも少し満足気。
こらこら、作業はここからだぞ。
種の食感があまり好きではない私。
甘露煮用とはちみつ漬け用は、種を取ることにした。
いいお天気で、陽ざしと風が気持ちいい。
新緑の木々と空気を感じていたいから、作業は外でやろう!
初夏の山里の陽ざしの中で
というわけで、まんまるの実を半分に切って。
(うっ、ボウルから反射する光がまぶしい……)
5月の陽ざしは、予想以上に強かった。
目をチカチカさせながら、包丁を握る。
でも、やっぱり太陽の光で見ると、金柑の色はさらにあざやかで美しい。
そのままでも、うっとりするほど綺麗だけど。
お砂糖やはちみつと一緒になることで、どんな艶っぽい色になるか。
(それもまた楽しみよねぇ)
想像しながら、ザクザク切っていく。
包丁から伝わってくる、ゴリッと種を断つ感触。
果実という、木の子どもを食べることの重み。
種という、木の核を断ち切ることの重み。
罪悪感とは少し違うけれど。
でも、彼らからもらっている分だけ、自分の命が重みを増す感じ。
(だからこそ、精一杯おいしくいただく義務があると思うのよね)
とまぁ、結局、結論はいつものところに落ち着くわけだ。
まんまるの断面が見えたところで、楊枝で種をつついてはずす。
強い光の中で小さな種を凝視していると、意外と目が疲れるみたい。
そんな時は、ほんの少し視線を外して目の休憩。
白い藤の花と柔らかそうな葉、もうすぐ摘み頃のお茶の新芽。
初夏の緑ってなんて綺麗なんだろう。
山里の景色を味わって深呼吸して。
ちょっと伸びをして。
さ、続き、続き。
甘露煮の醍醐味は、作る人だけが知っている?
さて、砂糖をまぶして瓶に入れておいた、甘露煮用の金柑たち。
数日置いたコロコロの果実は、果汁が染み出て、砂糖は溶けて、オレンジ色のジュースに金柑がひたっている。
液状になってるし、このまま煮ちゃおうか。
少しだけお水を足して、シロップ漬け状態の金柑を煮始めた。
鍋が温まると、ふつふつと香ってくる甘酸っぱさ。
そして、つやつやのあざやかオレンジ。
(ひょっとして、煮始めた今が一番きれいな色なんじゃないかしら)
そう思うと、早めに火を止めたくなってしまう。
いやいや。
甘露煮は柔らかく食べたいから、ある程度は煮る。
明るいあざやかオレンジ色は、はちみつ漬けで味わうことにしましょ。
煮詰まってくると、甘さを増して漂う香り。
(ひょっとして、煮てる最中の今が一番いい匂いなんじゃないかしら)
こらえきれず何度か味見をして、三度目の味見で火をストップ。
荒熱が取れたら、瓶へお引越ししてもらって。
うむ、素敵なおやつストックができたぞ。
そして、ある日の夜。
(おやつストックだと?……違うなぁ、私、間違ってた)
そのまま食べる以上に素敵な、甘露煮の活用法を発見。
それはお酒です、ええ。
スーパーで炭酸水を見つけた時に閃いた。
「今日はもう金柑チューハイしかない!」
と、そう思ってしまったのだ。
我が家の焼酎の在庫は、麦焼酎の「神の河」さん。
さて、甘露煮との相性はどうだろう?
ソラマメはゆで上がり、作り置きおつまみの鶏ハムもばっちり。
頂戴したもの、下さった方々に感謝して、本日も。
「いただきます!」
初夏の晩酌は金柑チューハイ
甘露煮を4つ5つ、スプーンですくってグラスへころりっと。
少し甘くしたいから、シロップももうちょいたらたらーっと。
そして、神の河を注いで、炭酸水を流し込む。
シュワシュワッと泡が立って、晩酌の用意は整った。
ぷちぷちはじける泡から、あの甘い香りが立ちのぼってくる気がする。
さぁて、ひと口、参りましょう。
のどを抜ける炭酸のお酒と、ふわっと残る金柑の香り。
麦焼酎と甘露煮、なかなかいい組み合わせじゃないの。
ほんのり甘口で、ほんのりお酒の香り。
自分好みのさじ加減で、甘さも強さも変えられるのがいい。
炭酸のさわやかさにも乗せられて、あれよあれよと二杯目に。
さっきの金柑は残したまま。
次は少し甘さを控えて、お酒を強めにしてみようか。
もう少し暑くなったら、金柑シロップでサングリアもいいかもねぇ。
今日が旬と言わんばかりの、ふっくらソラマメさんと。
数日前に食べ頃まっさかりだった金柑の、時間を止めた甘露煮の魔法。
一度に味わえてしまうのが、人間の業のなせる幸せなのかな。
毎度ながら、金柑を取らせていただいた大家さん。
折よくソラマメを下さったご近所さん。
金柑に色を映したような初夏の太陽に。
夏の先触れのソラマメを育ててくれた土と水に。
金柑仕事の合間に癒してくれた風と緑に。
それぞれに感謝と歓びが伝わっているといいなぁ。
皆さまの恵みを存分に味わって、たべびとは今日も幸せですよ。
「ごちそうさまでした!」
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