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2025年新しい生き方「使命」について

皆さま、明けましておめでとうございます。
今日から仕事始め、という方も多いかと思います。
昨年から始めたnoteですが、今年はこちらの執筆頻度を増やしていこうと思っています。
自分にとっての本質を本音で語るnoteです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。


使命を知りたいですか?

2025年は多くの人たちが様々な予言をされていますね。
「日本は崩壊する」
「大災害が起こる」
「金融資本が崩壊する」
という崩壊論が多いですが、それは新しい時代のスタートとも言えるわけですね。
多くの人たちがやはり時代の移り変わりの空気を感じているのではないでしょうか。

ところで、時代がどうであれ、自分自身の人生はどうなのか・・・これが誰にとっても重要なわけですよね。
どんなに社会に文句を言っても、周囲を変えることはできないわけで。
私たちは自分の道を歩いて行くしかないわけです。

「風の時代」の空気感の影響もあるのか、「自分の使命を知る」というテーマが頻繁に目につくようになりました。
あなたも自分の使命を知りたいと思うのではないでしょうか。
なぜ、私はこの地球に生まれてきたのだろう。
何を望んでこの両親から生まれてきたのだろう。

使命を見つけたくて、種々諸々のセミナーや講座に参加したりして、セミナージプシーになっている人もたくさんいらっしゃると思います。
それで果たして見つかったのでしょうか?
はなはだ、疑問ですよね。

使命は外側に探しても見つけられない

生命(いのち)をどれだけ燃焼しているのかどうか___「使命」はそこから見出していくものなのです。
「生命を燃焼する」ってどういうことなのでしょう。
多分、これは子供とか動物とかを眺めている方がよほどわかりやすいと思います。
私自身は残念ながら、情熱を燃やす、体当たりで生きる、必死で取り組む___という姿勢にはなかなか成れない体質です。
情熱的なタイプではないのですね。欲望があまり湧き起らないのです。

とは言え、無感動ということでは決してなく、幼少の頃には将来における夢がいろいろありましたし、好きなこともたくさんありました。
読書もたくさんしました。本ばかり読んでいた子供、と言ってもよいほどです。まぁ、私の子供時代と言えば、読書か絵を描くか、TVか、学校の友達と遊ぶか…それくらいしか娯楽がなかったとも言えますが。いい時代でしたよ(笑)。

惑星で言えば「土星」時代に入り人生の晩年を迎えた今、思う事は、幼少の頃に大好きだったことは人生のテーマであり、「使命」に繋がっているのだということです。
私自身は、知的好奇心が旺盛で探求することが好きなので、大人になってからたくさん学びました。英語、心理学、哲学、占星術の勉強___今は「インド占星術」の探求にハマっています。

世界中に同じ人間が一人もいないように、人によってそれぞれに興味は違うし、探求心のベクトルも違います。スポーツのように、身体を駆使しながら人生を学んでいくタイプの人も多くいますね。
何か興味のあること、好きな「種」を見つけて、そこに徹底的に取り組むことで、次の回路が開かれていきます。

好きなことが見つからないんです___という方、現代人にはとても多くないでしょうか。
私の長年のカウンセリング経験からも、そういう方に多くお目にかかりました。「好きなことを見つけるためのワークショップ」なんていうのもあったりして、現代、何でもビジネスに結び付けるものなんですね(苦笑;)。
好きなことがない、好きなことが見つからないとどうなるかと言うと、今ならネットの中から情報を拾ってきて、セミナージプシーになっていく場合が多いです。SNS依存にもなりやすく、必要のないものにお金を投資してしまったり、後から後悔したりしやすいので注意が必要です。

スキルや知識、ハウツーを学ぶことが悪いわけではありません。何かを知りたいという欲求を満たすことは大事なことです。
ただし、それらをいくら学んだところで「使命」に辿り着くことはないです。それだけは断言してもよいです。
外側に探しても見つからない___というのはそういうことです。
すべてを捧げる対象を持っている方は、それが「使命」なのです。

捧げる対象___恋愛が最もわかりやすい

じゃあどうしたらよいのか___ここからが今日の本題になります。

すべてを捧げてもいい、そのためには死を選ぶ___あなたにはそうした対象がありますか?

これに自信を持って「Yes!」と答えられる人ならば、それが「使命」です。あなたはそのためにこの地球に生まれてきました。

「そんな対象はないよ」という方がほとんどでしょう。
現代は、重たい思想や生き死にといった話題は忌み嫌われる時代です。
「風の時代」、「風の時代」って・・・いかにも軽さが良い、みたいな空気感がありますけれども、そんな風に軽く天使みたいに生きられないからこそ、私たちはこの重たい物質世界に生まれてきているのです。

ハウツーではなく、情報や知識ではなく、自分の歩んできた人生にしか本質がないことを鑑みれば、やはり私事を語ることになってしまうのですけれども・・・
恋愛が最もわかりやすい例になります。
また、私自身も恋愛から人生の本質を学びました。
小・中・高と振り返ってみて、テストでよい点数を取るために頑張ったという記憶が一切ありません。
受験勉強に勝ち抜くために努力したという経験もありません。
本を読むことと、文章を書くこと以外に、私自身が熱中してきたことは恋愛でした。部活動もあまり熱中できなかったし、社会に出たらこんな会社に入りたい、というビジョンもまるでありませんでした。

振り返れば、何が大切で価値のあるものなのかを、私自身はかなり若い頃から知っていたということになります。(スミマセン、偉そうですが…)
しかし、だからこそ、長い間カウンセラーとして活動してこれたのですし、こうしてブログを書き続けているのだと言えます。

今、結婚されている人も独身の人も恋人がいる人もいない人も___振り返ってみれば、一番「好き」と言えた人って若い時代に出会っていた人ではないでしょうか。
おそらく、30代半ばも過ぎた頃からほとんどの人が今の生活を守るため、何が得策か有利かを優先した考えになっているはずです。
そうなった時、人はその人を愛しているのではなく、ましてや自分自身を捧げよう、などという思いとは非常にかけ離れていると言わねばなりません。

恋愛は憎愛を併せ持つ最も濃い人間関係

だからこそ、希薄な人間関係が主流の現代における恋愛関係は難しいと言えるのです。
今後の時代はひと言で言えば「AI 社会」に向かっていきます。人間関係で言えば上下の格差がなくなり、広く浅く横に広がっていきます。濃いか薄いかと言えば、確実に希薄になっていきます。

この人のためなら自分の命を捧げてもいい___そう思えることが愛の本質です。本質ですから時代に合わせて変わったりするものではありません。
ただし、自分も相手もその時代の中で生きているのですから、表現は変化していきます。
現代において、男性が女性の生き方や仕事を決めたり、すべてを独占することは好ましい愛の表現ではありません。また、家事の全てを女性に押し付けることも好ましくありません。こうした行為や表現は時代と共に変わっていきます。

人間関係が希薄な社会であなたは一人で生きていけますか?
___このことを、なるべく早い時期に自分自身に問いかけることは大切なことです。
AI社会は止められません。単純労働はAIロボットがするようになっていくので、人間は自分らしさを表現しながらその都度、有意義な人間関係を築いていくことになります。
こころの深淵まで入っていくことのできる人間関係を、ビジネスで築くことが不可能と言っているわけではありません。が、しかしビジネスとは必ず打算が入るものですし、また異性間でそこまで入っていくことは考えられないことです。
希薄な人間関係の中で、仮に、世界中の人が敵になっても自分にとってたった一人の味方でいてくれる存在があるとしたら・・・自分の生命を燃やすほど愛した相手、代替の効かない相手になる恋愛関係なのではないかと思います。

私は「恋愛力」に恵まれたことが最大の幸運だと思っています。
努力以上に恵まれた人生___そう思えるのはパートナーの存在のおかげです。
本気で恋愛をしてきた、という経験だけでも人生における大きな宝物だと思います。そういう人と結婚して、この人と一生添い遂げようと決めていることが私が自身の人生に誇れる最大の価値であり、幸福です。
彼のために健康でいたい、と思っています。

新年の富士山・青い空・青い海___辻堂海岸


努力できるかどうかも運命

努力してきたかと言うと、前述したように、私は自身の人生を振り返ってみた時に努力してきなぁ・・・とは思っていないのです。好きな道を選んできたからかもしれませんが、その「好き」に関しても努力を積み重ねてきた、という実感はありません。

努力できるかどうかというのも、ある意味、遺伝と言いますか、言い換えますと、生まれてきた時に決めてきたシナリオの中にあるのだと思います。
そのように考えますと、私の場合はもともと「努力しよう」と決めてきた魂ではなくて「心地よさ」や「美しさ」、「気持ちのよさ」、「喜ぶこと」を体験することを選んできたのだと感じています。
心地良いと感じる道を選ぶ直感力に恵まれたわけで、心地悪さに関しては特に敏感で、避けようという防衛本能が強く働きます。

人は誰もがたった一人のオリジナルです。誰一人として同じ外見の人も、個性の人もいません。みんな違うシナリオを持って誕生したのです。
努力できる人生とできない人生があります。それは、お金持ちの家に生まれるのか、お金に苦労する家庭に生まれるのか、誰もが振り返るような美人に生まれるのか、容姿コンプレックスに悩む人生なのか、といったことと同じようなものです。

木の根っ子が大地に根を張り、安定しているからこそ、枝が伸び、葉が茂り、実がみのり、花が咲きます。
全てに意味があり、それぞれの役割を全うするからこそ、木の寿命も全うできるわけです。
根っ子が自分を主張し始めたら、健康な葉は茂らないですよね。
人間社会は、これと全く同様のことを行っているのです。
根なのに枝になりたがったり、実なのに花に憧れたりしているのです。

太地に根差した樹木は美しい
生命としての運命を全うしているから

「使命」の話に戻りますね。

・外側に求めても見つからない
・情報・知識・ノウハウを学んでもそこにはない
・身が削れるほどの恋愛をした人ならわかるはず
・誰かに憧れたり羨んだりしている限り、目が曇る
・情熱をかけているものがあるならそれが「使命」
・生命を捧げてもよいと思えるならそれが「使命」
・本気になって人生というゲームに取り組むこと

箇条書きにすると、こんな感じでしょうか。

私事もはさみましたが、内容は普遍的なものになっています。
誰かの参考になれば幸いです。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。



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