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「可愛いだけじゃダメですか?」
私は世界で一番可愛い。
生まれたときから、そうだった。
母は言った。「あなたは本当に可愛いわね」と。私は母の言葉を信じた。周りの人間もそう言ったからだ。小学校では男子が私のランドセルを持ちたがり、中学では先輩が「付き合ってください」と日毎に呼び止められた。
私はただ、そこにいるだけでよかった。
努力? そんなものは必要ない。私には、可愛さがあるのだから。
東京に出てきたのも当然だった。地元の狭い世界では、私は輝きすぎる。東京ならば、もっと私にふさわしい場所がある。私は、自然と成功するはずだった。
しかし、東京は私を無視した。
誰も、私を見ない。
電車では押しつぶされ、カフェの店員は目も合わせずに注文を取る。職場では「ミスが多すぎるよ」と冷たく言われる。私は今まで、何をしても「まあ、君は可愛いからね」で済まされてきたのに。
どうして? どうして誰も、私をちやほやしないの?
試しに、インスタグラムに自撮りを投稿した。いつものように、「#可愛いは正義」というタグをつけて。いいねがたくさんつくはずだった。私の可愛さは、世界が保証してくれるはずだった。
祈るように開いたインスタグラムのコメントは、5件。
しかも、全員が地元の友達だった。
私は、世界で一番可愛いはずだ。いや、少なくとも「はずだった」。なのに、誰も見向きもしない。
私は会社を辞めた。というより、消えた。上司に辞表を出すのも億劫だった。私はただ、誰にも言わずに姿を消した。
家賃が払えなくなり、実家に帰るしかなくなった。でも、帰りたくなかった。地元の人は、私が東京で「成功した」と思っているからだ。こんなみじめな姿で帰るわけにはいかない。
私は、思いついた。
男を頼ればいいのだ。私には、まだ可愛さがある。可愛い女なら、誰かが拾ってくれるはずだ。私は、マッチングアプリに登録した。自撮りを載せ、プロフィールに「可愛いは正義」と書いた。
すぐにメッセージが来た。
「会おうよ」
私は喜んだ。やっぱり、私はまだいける。東京で勝ち組になる道は、まだ残っている。私は男と会った。彼は私を見て、しばらく沈黙した後、こう言った。
「あれ? 加工してる?」
心臓が凍った。
「いや、なんか、写真と違うね」
私は、ただ笑うしかなかった。顔が引きつったのを、自分でも感じた。
男はスマホを取り出し、私のインスタグラムを開いた。そこには、「昔の私」 がいた。いや、「フィルターの中の私」だった。
男は言った。
「正直、思ってたより普通。」
普通。
その言葉が、私の脳に突き刺さった。
私は、世界一可愛いはずなのに。
私は店を飛び出した。
夜の街を歩く。ネオンが眩しい。鏡を見なくてもわかる。私は、もう可愛くないのだ。私は、特別ではなかったのだ。
家に帰り、美しく磨かれた鏡を見た。
そこにいたのは、私ではなかった。
私は泣きながら化粧をした。ファンデーションを塗り、チークをのせ、アイラインを引く。
でも、もう何も変わらない。
スマホを開く。SNSのタイムラインには、完璧な女たちがいた。彼女たちは努力していた。私は、努力などしたことがない。
私は、小さく呟いた。
「可愛いだけじゃダメですか」
スマホの画面は、無機質に光っていた。