オフィスによって‟創造性”をどうデザインできるか?【「オルガテック東京2024 」コクヨ出展者プレゼンテーション】レポート
そもそも「イノベーション」とは何か?
「未来を働くデザインがある。」をキャッチコピーに掲げた「オルガテック東京2024」。そこで示されたのは、「未来のワークスタイル」の提案、そしてイノベーションを起こす場を創造する「デザインの可能性」の探究です。
今回、ゴールドスポンサーとして出展されたコクヨは、誰もが知る文房具メーカーであるとともに、日本を代表するオフィス家具メーカーでもあります。会期中、「KOKUYO Central Station」と称して駅と電車を模したパビリオンの中で、クリエイティブに満ちた未来の生き方、働き方を伝える展示をされていました。
そんなコクヨでワークスタイルイノベーション部主幹研究員を務める齋藤敦子さんとともに、井登は「BAのデザイン~Designing for Innovation」と題してトークを行ないました。
コロナ禍以降のリモートワークの普及など、働き方の多様化が進むなかで、オフィスのあり方も問い直される時代を迎えています。果たしてこれからの「創造性」をつくりだす場とは、どのような場なのか。「イノベーションのための”場”のデザイン」を主テーマとする同セッションの中で、まず最初に投げかけられたのは「そもそもイノベーションをどう捉えるか?」という問いです。
20世紀初頭にヨーゼフ・シュンペーターによって定義された「イノベーション」ですが、技術革新や画期的なアイデア、異なるモノやコトを結ぶ新結合など、さまざまな定義が存在し、そのイメージするところも人によってさまざまです。まずはその認識を合わせることから、議論はスタートしました。
井登は、「吊り橋」の写真を掲出しながら、「既存の常識や価値観、システムを疑い、宙吊りの状態にして捉え直すこと」の重要性を語ります。安定している状態の中からは、新しい視点や価値はなかなか生み出されません。製品やサービスにおいても、”良い”とされていること、”当たり前”とされていることを疑い、あえて不安定で結論が出ていない宙吊り状態のものとして考えることが、イノベーション創出の糸口になるのではないか。
それに対し、齋藤敦子さんは「境界」に注目します。オフィス環境における仕切り、組織内部におけるセクショナリズム、会社同士の対立意識。あらゆるところに物理的、心理的な境界が存在します。その「境界を曖昧にすること、境界の線引きを変えること」が重要ではないかと提案されました。
場ならぬ「BA」が意味すること
セッションのタイトルにも冠されている「BA」という言葉。「場」を横文字で「BA」と表現したものではあるものの、その意味は空間的なものに限りません。これはもともと、イノベーション領域において、世界的に知られた経営学者である野中郁次郎氏が提唱された「知識創造」の議論の中から現れた用語で、「知識創造の場」を表します。
齋藤敦子さん曰く、「BA」はオフィス業界では広く知られ、海外でもそのまま通じるほどに浸透しているとのこと。一方で、多義的に解釈されている言葉でもあり、その意味するところは物理的な「場」以上に、人と人、人とモノ、モノとコトなどの「関係性」を捉え直す際に用いられることが多いそうです。
井登は、自身が専門としている「サービスデザインの領域とも親和性が高い考えですね」と「BA」という概念への共感を示しながら、「創造性」という言葉が重いものとして、堅く考えられすぎだと指摘します。
現代は、企業に限らず、行政や教育現場など、あらゆる組織で「創造性」が求められる時代です。井登の発言を受け、齋藤さんは「大きなイノベーションを起こそうとする意識よりも、生活の中でちょっとした新しいことに挑戦してみて、生きがいを感じたりワクワクしたりすることこそが創造性ではないか」と語り、井登は「20世紀以前の工業化時代から続く‟効率化”という価値観を第一にするのではなく、理屈や合理性から外れた‟センス”や‟美的な感性”を持つことが重要になっている」と強調しました。
それでは、創造的な「BA」とはどのようなものでしょうか。齋藤さんはご自身が手がけたオフィス・デザインの実例を紹介されました。
フロア中央に円形の部屋が設けられ、その周囲がオフィスとなっているユニークなレイアウト。さらにユニークなのは、この部屋に3つ設置された開口部の扉を、一度にすべて閉められない仕様になっていることです。この開けっ放しの部屋が、オフィスにおけるコミュニケーションの触媒となり、偶発性を誘引して、イノベーションの場として機能する、という狙いです。見た目のカッコよさ、オシャレさを追求するのではなく、「BA」の発想から生まれた、まさに「境界を曖昧にした」デザインです。
これからオフィスはどうなっていくのか?
コロナ禍による外出自粛の時勢で、「オフィス不要論」が巻き起こったのは記憶に新しいところです。それ以降、働くうえでの「オフィス出勤」も、必ずしも自明のことではなくなりました。そのなかで、「オフィスはあくまで『創造的な活動をするための道具』としてとらえるべきではないか」という議論も出ていると齋藤さんは言います。
果たしてこれからのオフィスはどうなっていくのか。齋藤さんが考えられる提案は、「ロケーション/地域性」を取り込むことです。「通勤する」ためのオフィスではなく、「行きたくなる」オフィス。その転換のためには、オフィスという場に魅力がなくてはなりません。
そうした魅力的な場の好例として齋藤さんが紹介したのが、フィンランド・ヘルシンキにある図書館です。これは図書館と言っても、そのイメージは従来のものとは大きく異なります。仕事をする人、勉強する人、寝転がる人、あらゆる目的で市民が集い、通路にはミシン台まで置かれ制作する人もいます。
図書館として本は置かれながらも、本を読むこと以上に、人と話したり、何かを構想したり、制作したりする場として利用されているそうです。これが機能するのは、フィンランドの「学ぶ力」を大切にする意識の高さが影響しています。
同じように、オフィスもロケーションを取り込んで、「そこで何かしたい」というモチベーションが湧く場にするべきだ、と齋藤さんは語ります。この話から井登は、「図書館=本を借りる場所/読む場所」という常識から離れ、図書館の新たな価値=意味を提案する発想は、これからのオフィスづくりのヒントになるのではないか、と述べました。
確かに、オフィスも「勤務する場」という常識が崩れているケースも増えています。たとえば、子どもたちが遊びに来るスペースを1階に設けて、2階がワークスペース、3階が食堂となっているような会社が実際にあります。オフィスが、社員とその家族が美味しいご飯を食べられて健康に過ごせるための場になっている。
そこで重要になるのは、人の動きも含めたデザインをいかにできるかです。井登は、物理空間をデザインするだけでは、価値を生むには足りないと指摘します。
数多くのオフィス空間設計を手がけてきたコクヨでも、最近は企業からの依頼のされ方が変わってきたそうです。以前は、トップインタビューに基づいてオフィスをデザインすることが多かったところから、近年はどんな働き方をしたいのか、多様なワーカーの交流から何を生み出したいのか、社員も参加する形でデザインすることが求められている。そのなかで、デザイナーが担うべきは、丁寧に議論の土壌を耕すような役割だと言います。
家具というハード、オフィスというハードが、可変性を持ったインターフェースとして、どう人の振る舞いを変えていけるのか。デザインによって、人と環境とのインタラクションを引き起こすことの重要性を再認識しながら、コクヨによる出展社プレゼンテーションは終了しました。
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