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僕が生まれる前から家には木彫りの熊ならぬ木彫りの象があった。インドあたりのお土産だったのだと思う。

ある日、棚の上にあるハサミを取ろうと背伸びをして手をかけた先にその置物があり、子どもの体重を支えられるはずもなくあえなく落下して前に座っていた母の頭を直撃した

ドラマ等で得た知識が正しければおそらく人を殺せる重さだった。頭を押さえて動かない母に僕は「大丈夫?」としつこく声をかけた。母を心配していたのではない。自分のしでかしたことを矮小化したかっただけだ。

結果として医者にかかるほどの大事には至らなかったが、母は最後まで怒らなかった。その後のことはよく覚えていないので、とくに冷たくあたることもなく普通に接してくれていたのだろう。

だから僕は悪気なく自分に危害を加える人に対して怒れない。その資格がない。自分が怒られていないのに人を責めることはできない。

そもそもあまり腹が立たない。誰にでも過ちはある。それを許せる寛容さを母から受け継いでいる。

たとえどんなに腹が立っても、社会通念上は怒っていい立場に置かれたとしても、僕はたぶん怒らない。あのとき怒らなかった母の息子であることを誇りに思っていて、自分もそうありたいと強く願っている。