信じられること
↑前回に続き、「科学とオカルト」の第6回。
霊視の結果が事実と異なる場合、「霊能力者の言うことは真に受けるな」と注意喚起するのには十分だが、「こいつは嘘をついている」と糾弾するには不十分だ。
そのように視えたと本人が主張する限り、それが嘘なのか、見間違いなのか、あるいはその人自身が霊に騙されているのか、第三者には判断がつかない。
答えの出ない問いを続ける意味はなく、またその必要もない。まったく信じないか、騙されても構わない範囲で関わるのであれば、真偽はどうであれ、大きな損失を被ることもないだろう。
それでも嘘か本当かにこだわりたい。テレビでしか見たことはないが、かつて霊能力者として注目を集めた宜保愛子さんは嘘をついていなかったと思う。あれが演技とは思えない。
霊の存在自体と、霊能力者が嘘をついているかどうかはまったく別の話である。さらに言うと、その人が善人であるか、悪人であるかも直接的には関係がない。善人だって嘘はつくし、正直者でも悪人になり得る。
宜保愛子さんが本当に霊の姿を視ていたのかはわからない。表情や仕草からは、人の良さそうな雰囲気を感じたが、善人かどうかも断定はできない。ただ、僕の目には、彼女が嘘をついているようには見えなかった。
↓つづく