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古典文学に見る季語の源流 第五回「卯の花腐し」「五月雨」

五月号(注:本コラムは結社誌二〇二〇年五月号に掲載)であるが、陰暦ではまだ四月である。そこで、今回は「卯の花腐し(うのはなくたし)」から始めよう。

卯の花は陰暦卯月、今の暦でいえば五月中旬に咲く。その時期に降る長雨を「卯の花腐し」と呼んでいる。卯の花を傷める雨を厭う初夏の季語である。

この表現の歴史は古く、順徳天皇(一一九七~一二四二)による歌論書『八雲御抄』でも、第三巻の「雨」の部に、

卯の花くたし。四、五月。万十に、春されど卯の花くたしと詠めり。

と紹介されている。万十、つまり『万葉集』十巻に初出の用例は遡るのである。その和歌を見てみよう。

春されば卯の花腐し吾が越えし妹が垣間は荒れにけるかも
(万葉集、一八九九、読人しらず)

春になると、あの子の家の生垣に卯の花が咲く。それを傷付けつつ、垣根を乗り越えて逢いに行ったものだ。しかし今や、その生垣もすっかり荒れ果てているなぁ。

訳を読むと分かるように、初出の用例では、決して雨を表してはいないのである。さらに、万葉仮名では第二句を「宇乃花具多思」と書くので、どうも当初は「卯の花ぐたし」と読んでいたらしい。

雨の意味で定着するのは、同じ歌集の、

卯の花を腐す霖雨(ながめ)の始水(はなみづ)に寄る木屑(こつみ)なす
寄らむ子もがも

(万葉集、四二一七、大伴家持)

に拠るようである。

卯の花を痛める長雨。増水した川の流れる先に木屑が寄り集まっている。同じ「寄る」なら、僕のところに寄ってきてくれる女性がいたらなぁ。――という言葉遊びの序詞を持つ恋歌である。

なお、雨の意味で定着した後は、「卯の花降(くだ)し」と書くこともあったようだ。

次に降るのが「五月雨(さみだれ)」である。旧暦五月、新暦でいえば、六月半ばから降る雨であり、つまりは梅雨のことである。

五月雨=梅雨と理解していれば、芭蕉の〈五月雨を集めて早し最上川〉も、蕪村の〈五月雨や大河を前に家二軒〉も頷けよう。

五月雨は、和歌の世界では、十世紀初頭の『古今和歌集』から登場する。

五月雨に物思ひをればほととぎす夜深く鳴きていづち行くらむ
(古今和歌集、一五三、紀友則)

物寂しい歌であるが、雨続きで陰鬱になりがちな時期である。歌の世界では「さ乱る」と掛詞にして使われる例が多く見られるようになった。

おほかたにさみだるるとや思ふらむ君恋ひわたる今日のながめを
(和泉式部日記、敦道親王)

普通に五月雨が降っているとあなたは思っているのでしょうか。この長雨は、君を恋しく想い続け、そうして心乱れる僕の涙の雨なのですよ。「五月雨」と「さ乱れ」、「長雨」と「眺め(=物思い)」が掛詞になっているのである。

最近では、新暦五月に降る雨のことも五月雨と呼ぶ人が増え、少し残念である。本来、梅雨の晴れ間をいう季語「五月晴れ」も、五月の快い空と捉える例が増えた。

とは言え、こうした混同は昔からあったらしく、一四三二年頃の謡曲『歌占』にも、

時しも卯の花くだしの五月雨も降るやとばかり。

とある。

目くじらを立て過ぎるのも良くないのであろう。


*本コラムは、俳句結社「松の花」の結社誌に連載しているものです。

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