27-3.何とかしようよ!日本のメンタルヘルス
(特集 臨床心理学の未来に向けて)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
北原祐理(東京大学 特任助教)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.27
〈現在募集中のイベント〉
【視聴者参加型トークイベント】
■茂木健一郎さんと臨床心理学の未来を語る■
—茂木×下山の本音トーク−
【日程】2月27日(日)の14時~17時
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](無料)https://select-type.com/ev/?ev=cKxIa_eKvJU
[iNEXT有料会員以外・一般](1,000円)https://select-type.com/ev/?ev=XytEPO80YfA
[オンデマンド視聴のみ](1,000円)https://select-type.com/ev/?ev=7Q29h2krNqU
1.臨床心理学の未来を語るトークイベントに向けて
2月27日(日曜)の午後に,脳科学者の茂木健一郎さんと「臨床心理学の未来を語る」とのトークイベントを行います。そのイベントの事前打ち合わせにおいて茂木さんから,日本の臨床心理学の“現在”を知るために「日本の精神医療の現状と課題」をテーマにしたいとの要望がありました。また,臨床心理学の“未来”という点では,「ICTを用いた心理支援の可能性」についても議論したいとの希望も出されました。
そこで,茂木さんから要望のあったテーマに関しては,トークイベントに先立って資料を準備することとしました。本号では,トークイベントの当日に話題提供として示す資料の一部を提示し,多くの皆様と問題意識を共有させていただきます。
2.コロナ禍で露呈「日本の医療体制の深刻な現状」
折しも2月21日の日本経済新聞の第一面のトップに,日経・日経センターの緊急提言として「保健医療 政府に指揮権を─デジタルで危機に強く─」との記事が掲載されました※)。
※)電子版記事は下記となっている。
⇒https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD156BZ0V10C22A2000000/
そこでは,『コロナ患者の治療に積極的に取り組む医療機関とコロナ患者を忌避する医療機関との二極化が明らかになった。地域によっては感染の急拡大期に医療人材の不足と病棟・病床の逼迫をもたらし,自宅療養を余儀なくされた患者が死にいたるなど深刻な事態をもたらした』と明確に指摘しています。
さらに『医療機関が自由開業制と診療科を自由に決められる特権的な扱いを受けていることについても「厚生労働省は医療団体に配慮し,長年にわたり改革を怠ってきた」として政策の不作為を問題視している』と厳しく断じています。
要するに,保険診療を担う病院や診療所の経営は,我々国民が納めた保険料や税金で支えられているのにもかかわらず,コロナ禍対応では政府の要請に応じることなくコロナ感染で苦しむ国民の治療を回避した医療機関が少なからずあったということが明確になったのです。
そこで,上記の記事では,政府と都道府県当局のガバナンスを高めるための医療提供体制の再構築が必要であり,それとともにデジタル技術を駆使したヘルスケア・トランスフォーメーションが急務であると主張しています。
3.日本の精神医療体制は大丈夫なのか?
では,我々心理職が深く関わる精神医療の体制は,どうなっているのだろうか。国民が納めた保険料や税金に見合うだけの医療サービスを国民のために提供できているのでしょうか。日本の精神医療は,本当に国民の精神的な幸せ(well-being)を高めるために貢献できているのでしょうか。
公認心理師法42条第2号において公認心理師は,主治医の指示に従わなければならないことが規定されています。そのため,医療,特に精神医療が不適切なサービスをしていたとしても,公認心理師にそれに従わなければならないことになります。つまり,公認心理師は,精神医療に組み込まれてしまっています。その点では心理職にとって,精神医療のあり方は他人事ではなくなっているのです。だからこそ,心理職は,税金を納める一国民としてだけでなく,専門職としても精神医療サービスのあり方については注視し,チェックしていく必要があるのです。
私自身,患者様を大切にし,良質な医療サービスを提要している精神科や心療内科の先生を数多く存じ上げています。尊敬している先生方も多く,私が関連する限りの精神科医療サービスには信頼を置いています。しかし,精神医療体制全体となると,また話が違ってきます。現在の精神医療体制は,医師中心のヒエラルキーとなっており,医師以外の専門職は医師の指示に従わざるを得ない状況になっています。
4.精神病床の平均在院日数の国際比較
そのため,我が国の精神医療サービスについては,適切なチェック機能が働いていない可能性があります。さまざまな専門職が平等に協働している海外のメンタルヘルスのチーム支援のあり方やその有効性を知れば知るほど,日本の精神医療体制は,あまりに医師中心の歪んだ体制になっていることが見えてきます。
世界のメンタルヘルスの動向は,ホスピタリズムの深刻な悪影響に加えて財政的な問題も含めて,精神病院への入院をできる限り減らしてコミュニティで生活支援をする方針に切り替わっています。そのような生活支援の方針は,多職種協働のチームによるコミュニティ活動によって進められています。そのチームにおいて,医師は,さまざまな専門職の一つの役割でしかありません。投薬が主要な役割となっていますが,それ以外の特権はありません。医師が必ずしも多職種チームのリーダーになっているわけではありません。むしろ,心理職がリーダーになることも多くなっています。
しかし,日本の精神科臨床は,コミュニティでの生活支援に基盤を置く世界のメンタルヘル活動の動向とは異質な状況にあります。日本の精神病床における平均在院日数は,1999年358,449床が2019年326,666床と減少はしてはいますが,いまだに諸外国の値と比べて突出した高い値を示しています(厚生労働省, 2020)。日本の平均在院日数は,WHOから指摘を受けているのにもかかわらず,残念ながら世界でトップを維持しているのです。
5.日本の多剤大量の処方による弊害
日本の医療中心のメンタルヘルス活動は,薬物療法の偏重という問題も引き起こしていました。精神科薬物の多剤大量投与の問題は,患者様の不幸にもつながっていました。厚生労働科学研究班(研究代表者:加我牧子)における自殺既遂者(76名)の遺族に対する実態調査※)では,「我が国の精神科医療については,諸外国に比して多種類の薬剤が投与されている(いわゆる多剤投与)の実態があると指摘されており,このことが過量服薬の課題の背景にもある」と記載されています(厚生労働省,2010)。
※)⇒https://www.ncnp.go.jp/nimh/keikakuold/old/archive/report/pdf/vision_21-10.pdf
また,「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム取りまとめ」(厚生労働省,2010※)の『過量服薬への取組─薬物治療のみに頼らない診療体制の構築に向けて─』と題するレポートでは,自殺時に向精神薬(睡眠薬,抗うつ薬,抗不安薬,抗精神病薬)の過量服薬を行っていた例が,精神科受診群の約6割(直接の死因が,縊首,飛び降りなど,薬物以外の場合を含む。)となっています。
※)⇒https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jisatsu/torimatome.html
なお,本号で示すデータは,12~15年前の古いデータとなっています。その後,メンタルヘルス関係者の努力で状況は好転してきている面もあります。ですので,上記の記述は,データが作られた当時の問題状況と問題意識ということでご理解ください。
6.日本の多剤併用の実態
では,具体的に,日本の精神科医療における薬物療法の偏重と多剤大量投与の問題状況を見ていくことにします。「第22回 今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」(2009※)によれば,1996~2001年の16カ国データの国際比較では,12カ国が単剤投与が50%以上であるのに対して,日本のみが3剤以上の投与を50%程度行うとなっています。
※)⇒https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syougai_141277.html
また,抗うつ剤では,諸外国は3.4%(シンガポール)~25%(カナダ)と低い水準であるのに対して日本では多剤併用率が19%~35.9%となっています。なお,参考に疾患別処方薬剤の種類についても,下記に示します。
※)⇒https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/08/dl/s0806-16b.pdf
7.精神科医療の課題は社会コストにつながる
これまで見てきた日本の精神医療の特徴となっていた長期入院や多剤大量投与は,深刻な医療費の増大につながってきています。したがって,精神医療改革は,国民へのメンタルヘルスサービスの向上というだけでなく,日本の財政改善のために必須の課題となっているのです。
※)⇒https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/cyousajigyou/dl/seikabutsu30-2.pdf
『「精神疾患の社会的コストの推計」事業実績報告書』(学校法人慶應義塾,平成22年度厚生労働省障害者福祉総合推進事業補助金,2011)によれば,統合失調症の疾病費用は2兆7,743億8,100万,うつ病性障害の疾病費用は3兆900億5,000万円,不安障害の疾病費用は2兆3,931億7,000万円となっています。精神科医療の社会的コストは,膨大な支出となっており,なんとかしなければならないレベルなのです。
8.では,心理職はどうするのか?
これまで日本のメンタルヘルスの状況を見てきました。既述したように上記データは,発表時期が2009年~2014年となっており,その後の精神科医療の関係者の努力でさまざまな改善が進んでいることはあります。その点で上記のデータを日本の精神医療の一段面を示すものとして参考にして議論を進めたいと思います。
いずれにしろ,上述のような日本の精神医療の状況を踏まえるならば,我が国のメンタルヘルス活動は,深刻な課題を抱えているのは確かです。これに対して心理職は,どのように理解し,対応したらよいでしょうか。公認心理師法では,心理職は医師の指示の下で活動することが規定されています。ここでも,医師中心のメンタルヘルス活動が前提とされています。そのこと自体が日本のメンタルヘルス政策の後進性を示すものと言えます。
そこで,心理職は,公認心理師法の限界を超えて,日本のメンタルヘルス問題の改善に向けてどのような貢献ができるかを考えていく必要があると言えます。医療中心の発想から抜け出せない医療関係者や行政関係者とは違う臨床心理学や心理職の観点から,メンタルヘルス活動のイノベーションに向けて考えていく価値はあると思います。それは,心理職の専門職としての社会的責任ともいえます。
私(下山)は,臨床心理学や心理職の社会的責任として,心理支援サービスの利用者(ユーザー)が,少しでも良質のサービスにアクセスしやすい社会環境を整備していくことの重要性を考えています。そして,そのために一つとして,ICTを用いた心理支援サービスを開発し,少しでも多くの利用者(メンタルケアのユーザー)に提供していくことを試みています。
冒頭で示した新聞記事においてもデジタル技術を駆使したヘルスケア・トランスフォーメーションが急務であることが強調されています。そのようなビジョンのもとに私も,さまざまなICT活用の心理支援サービスのツールやシステムを開発し,実装してきました。茂木さんとのトークイベント当日は,そのようなICT活用の心理支援サービスを紹介し,その可能性について議論したいと思っています。
9.ICTを用いた心理支援サービス最前線
そこで,茂木さんとのトークイベントでは,世界におけるICTを用いた心理支援サービスの最前線の状況を紹介するとともに,我々のチームのICT心理支援サービスの製品も含めて,ICTと心理支援を組み合わせることで可能となるメンタルケアの可能性の広がりについて議論を展開していきます。まさに,臨床心理学の未来を語ることがテーマとなります。
【講習会のお知らせ】
■発達障害の「認知機能の特徴」を学ぶ■
—発達障害のある人の「ものの見方・考え方」理解へ
【日程】2022年2月27日(日)9時~12時
【講師】高岡佑壮先生
【申込み】
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臨床心理マガジン iNEXT 第27号
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◇編集長・発行人:下山晴彦
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