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52-4.「子どものトラウマとCBTの活用」事例検討会

特集:トラウマの理解と支援の最前線

下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)       
松丸未来(東京都スクールカウンセラー/東京認知行動療法センター)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.52-4

臨床心理iCommunityオンライン事例検討会

「子どものトラウマとCBTの活用」事例検討会
-子ども+学校+家庭をつなぐSCの役割-

【日時】1月31日(金) 19:30〜21:30
【創作事例発表】松丸未来 先生(東京都スクールカウンセラー/東京認知行動療法センター) 
【参考文献】「よくわかる 学校で役立つ子どもの認知行動療法(遠見書房) https://tomishobo.stores.jp/items/63c4f7c8791d021327882e96

◾️事例検討会のため「心理職」及び「心理職を目指す大学院生」のみ参加いただけます。
【心理職】☞「臨床心理士」又は「公認心理師」の資格を有している方
【心理職を目指す院生】☞「公認心理師養成カリキュラムを受講する大学院生」又は「日本臨床心理士資格認定協会が定める指定大学院或いは専門職大学院の大学院生」

◾️申し込みに際しては守秘義務のため、申込サイトの[守秘義務に関する同意書]をご確認の上、同意した方のみお申込みください。
※オンデマンド視聴含め、お申込みいただけるのは心理職と、心理職を目指す大学院生のみとなります。
※「有料iCommunity メンバー」とは、臨床心理iNEXTの有料会員(院生会員含む)で、かつiCommunityに登録されている方々のことです。

【申込み】
[臨床心理iCommunity有料会員(院生会員含む)](無料):https://select-type.com/ev/?ev=B6MLvE0U7K4
[iCommunity有料会員以外の心理職又は心理職を目指す院生](1,000円):https://select-type.com/ev/?ev=sRHhsoX5cBI
[オンデマンド視聴(心理職又は心理職を目指す院生)](2,000円):https://select-type.com/ev/?ev=40wnL7t7meM

松丸未来 先生


臨床心理iCommunityオンライン事例検討会

「自殺念慮ケースを巡る精神科医と心理職の対話」事例検討会
―トラウマの理解と支援のための医療と心理支援の連携に向けてー

【日時】2025年1月17日(金) 19:30〜21:30
【事例発表】家族と容貌に関する出来事でショックを受けた中年期女性のケース
下山晴彦(跡見学園女子大学/臨床心理iNEXT代表)
【指定討論】
林直樹先生:西ヶ原病院精神科医師
今井淳司先生:都立松沢病院精神科部長
日下華奈子先生:東京発達・家族相談センター心理職
【関連マガジン】
https://note.com/inext/n/nf9ecdf6ebdab

【申込み】
[臨床心理iCommunity有料会員(院生会員含む)](無料)https://select-type.com/ev/?ev=yvcqQWnJRak
[iCommunity有料会員以外の心理職又は心理職を目指す院生](1000円) https://select-type.com/ev/?ev=N0_CvknE5A8
[オンデマンド視聴(心理職又は心理職を目指す院生)](2000円) https://select-type.com/ev/?ev=-49Si6EWKn8


1. 子どもの経験するトラウマとは何か?

心理職が扱う「子どものトラウマ」は、大きく分けて3種類があります。

①【PTSD】災害、紛争、事故、事件などを経験して直接に被害を受けたり、それを目撃して間接的に体験したりする場合があります。例えば、地震などの自然災害で被害を受けたり、性被害を含む事件や事故に巻き込まれたり、家族など身近な人の死などを経験したりする場合です。これは、脅威となる出来事が明確にあり、その内容も死や性被害と関連する深刻な場合ですので、PTSDとして診断をされるレベルのトラウマです。

②【発達性トラウマ】主に家庭において「逆境的小児期体験」※)や「マルトリートメント」を受けている場合です。これらのケースの一部は複雑性PTSDと診断されます。しかし、多くは「発達性トラウマ(障害)」と言われたりしますが、現行の診断基準では正式にPTSDには診断されないレベルのトラウマ反応です。表面化せずに学校においては情緒的に不安定な問題として示されることも多くなります。なお、発達障害特性のある子どもは、このような体験や扱いを受ける傾向が高くなります。

③【社会的トラウマ】いじめの対象となったり、大人から各種ハラスメンを受けたりした場合です。これは、家庭ではなく、友人関係や学校、あるいはインターネット上などの社会場面で受けるトラウマです。特に上記の②のトラウマ反応によって情緒的に不安定になっている子どもは、学校でいじめられたり、教師などからの強い叱責などによるハラスメンを受けたりして2次的、3次的なトラウマ体験を受けることが多くなります。その結果、不登校や暴力行為などの問題行動、不安や抑うつなどの感情的問題を示すことになります。

※)「逆境的小児期体験」研修会
2025年2月9日(日)午前中に菅原ますみ先生(白百合女子大学教授)を講師として「小児期の逆境体験と保護的体験の意味を学ぶ」オンライン研修会を実施します。研修会の参加申込みについては、本マガジンの次号で情報をお伝えします。
参考書:「小児期の逆境的体験と保護的体験-子どもの脳・行動・発達に及ぼす影響とレジリエンス」(菅原ますみ他監訳 明石書店)


2. SCはどのようにトラウマに対応するか?

① のトラウマは、PTSDの出来事基準を満たす深刻なレベルのものであり、問題も比較的明確になっています。そのような場合は学校全体で対応することになり、スクールカウンセラー(SC)は、心理教育など、その一部の役割を担うことになります。それに対して②や③のレベルのトラウマは、スクールカウンセラーの通常業務において出会うことが多くなります。しかも、それらのトラウマは表面化していないことも多く、注意深い対応が必要となります。

② と関連する「逆境的小児期体験」(Adverse Childhood Experience : ACE)とは、被虐待や機能不全家族との生活による心身の辛い体験のことであり、このような体験は成人期以降の心身の健康に悪影響を及ぼすことが明らかになっています。また、「マルトリートメント」( maltreatment)は、大人から残酷なもしくは暴力的な振る舞いを受けることであり、身体的・性的・心理的虐待とネグレクトを包括的に意味しています。

冒頭に示した1月31日の事例検討会では、家庭でマルトリートメントを受けたことで学校において暴力的になる等、情緒不安定となっている子どものケースを取り上げます。松丸未来先生がスクールカウンセラーの経験を踏まえて子どもに認知行動療法(CBT)を適用しつつ学校と家庭への働きかけをして子どもの支援をする創作ケースを提示し、参加の皆様と事例検討を行います。このようなケースの場合、その子どもの情緒不安定がトラウマ反応であることがわかっていないと誤った介入をしてしまう危険性もあります。その点でスクールカウンセラーのトラウマ理解が重要となります。以下に事例発表の松丸未来先生にインタビューした内容を掲載します。


3. 子どもに生じるトラウマ反応を知る

【下山】子どものトラウマというと、日常生活の中で受けるトラウマ体験だけでなく、災害や事件で被害を受けることで生じるPTSDもありますね。この点に関しては、松丸先生は東日本大震災の際の子どもの支援に積極的に関わっておられました。そのような活動の中で、不安になっている子どもの安心感を形成するための心理教育教材である「安心ゲット」プログラム※)も作成されました。

※)「安心ゲット」プログラムについては下記を参照ください。
https://note.com/inext/n/n3f14b5a8c9c8

【松丸】そうですね。自然災害や事件を経験すると、単回のトラウマであっても、繰り返しフラッシュバックが起きて脅威の再体験をすることが生じる場合があります。そのような場合は、「また起きたらどうしよう」とか、「大切な人をまた失ったらどうしよう」と考えて警戒心が強くなり、災害や事件にまつわる恐怖や不安も強く感じるようになります。そのような恐怖感や不安感に対処できるように「安心ゲット」プログラムを作成しました。

【下山】子どものトラウマへの対応という点で「安心ゲット」プログラムを作成する上で留意したことがあれば教えてください。

【松丸】幸せな日常が突然、誰も予想もしてない中で失われてしまいます。だから、「日常生活を普通に過ごしていても、また起きるんじゃないか」という思いが続きます。不安や恐怖だけでなく、「どうしてこういうことが起きてしまったのだろう」という怒りや「もっと防げたんじゃないか」という罪悪感も出てきます。それは本当に自然な反応ですが、子どもは「どうしてこんな気持ちになるのだろう」「こういう感情を持ってはいけない」という罪悪感や「周りに心配かけたくない」という周囲の人への気遣いも出てきます。


4. 子どものトラウマを隠そうとする日本の特徴に対処する

【下山】罪悪感や気遣いは、特に日本の子どもは多いですよね。

【松丸】トラウマを経験した子どもには、「自分がこのままおかしくなっちゃうんじゃないか」という、変化したことへの戸惑いがあります。ところが、その一方で大人は、そのように様子が変わってしまった子どもに対して「いつものように明るく元気でいてほしい」という思いを持ってしまいます。特に日本ではその傾向が強いですね。東日本大震災の時には、「どうして、そういう自然な大切な気持ちを皆んなが皆んな隠そうとするのだろう」と思いました。

そのような問題意識があって、「不安、怒り、戸惑いなどの気持ちを怖がらないで『そういう気持ちは当然あるんだよ』と伝えたい」と思って「安心ゲット」プログラムを作りました。「安心ゲット」プログラムには、「そういう不安な気持ちや恐怖心、怒りの感情は誰でも当然あるよね」、「そういう気持ちにこそ自分の思いやりを向けよう」、「ちゃんと向き合うことができるし、そういう気持ちと手を組むことができるんだよ」というメッセージが込められています。

認知行動療法のテクニックを使って自分の気持ちと仲良くなれることを子どもに伝えていけたらと思ってプログラムを作成しました。「それは友達とかみんなが同じように持っている感情だから、お互いにそういう気持ちに対して思いやりを持って大切にしていこうね」というメッセージも伝わればいいなと思っています。

【下山】その点は、海外の子どものトラウマ対応と比較すると、日本の特徴でもあると思います。海外の場合は、子ども自身も「苦しい」「辛い」という自分の気持ちを表現しますし、周囲の大人も「子どものケアが大切だ」と意識し、子どものサポートに向けて皆で協力しようとする。それに対して日本の大人は、問題を隠そうとする傾向が強いですね。

だからこそ、日本の場合は、まずは「子どもの苦しさ」を大人も意識し、子どもを含めて皆で共有してもいいんだということが目的になると思います。つまり、日本では、第一段階で、まず子どものトラウマの存在を意識し、次の第二段階でそのトラウマの対応をしていくことが必要ですね。

【松丸】日本の場合は、周囲の大人がトラウマを見ないようにする、あるいは隠そうとするので、子ども自身も我慢してしまいますそれで、日本のトラウマ対応では、最初に「我慢するのではなくて、本当に正直な気持ちを表現する」ことを伝えます。日本人にとってそのような表現は慣れないのかもしれないですが、自分や周りを信じて自分の気持ちを表現できることが、トラウマに取り組むためには、まず必要となります。


5. 最初はエネルギーを充電し、少しずつ不安な気持ちに向き合う

【下山】既に1年前になりますが、まさに元旦に能登半島地震があり、大きな被害がありました。被災した子どもも多くいました。日本では、いつ南海トラフ地震が起きるかわかりません。そういう意味でも子どものトラウマの支援は重要なテーマですね。

【松丸】日本の子どものトラウマ対応の場合、気持ちをコントロールする以前に、「当然不安や恐怖の気持ちになるよね」ということを共通認識にして、お互い支え合える関係を日頃から作っておくことが大切です。そこが最初の第一歩です。その後に認知行動療法のテクニックとかを使って、コントロールできる方法もあるということを伝えていければいいなと思っています。

【下山】最近は、海外の日本人学校でもいろいろな事件が起きています。松丸先生は、そのような海外の日本人学校のコンサルテーションも行っているとお聞きしました。また、ウクライナから避難された方の心理支援もされています。そのような厳しい状況の中でトラウマを受けた子どもや、保護者の心理支援をする経験の中で感じていることがあったら教えてください。

【松丸】自分の不安な気持ちを認めて立ち向かっていくことが最終的な目標となります。事件や事故、災害などが起きた時には怖いものになってしまったけれども、日常生活、あるいは平和で安全が確保されている状況では、実はそれほど怖いものではないことを、改めて実感するためにはそこに立ち向かっていく必要があります。そのために今は怖くなっているものに対して、少しずつ立ち向かっていくことから始めます。ただ、立ち向かうためには、すごいエネルギーと勇気が求められます。

そこで、まずはしっかりエネルギーを充電することが最初に必要となります。今は、たくさん怖い体験をしてすっかり心が疲れている状態になっています。まだまだ怖い気持ちに襲われ続けていて、夜も眠れなかったり、フラッシュバックがあったりして怖さが続いています。そのような状況の時には、「今はエネルギーを蓄える時期だからセルフケアをしっかりしよう」ということで、深呼吸やリラクゼーションの方法も教えますが、それだけでなく、「好きなことをやろう」、「誰かに話したいときに話そう」、「家族と過ごすなど、安心できる日常の時間を大切にしよう」ということも伝えます。最初から「気持ちをコントロールしよう」とか、「怖くなっているものに向き合おう」ということは求めません。「当然怖いよね。ゆっくりまずは充電することが大事だね」と伝えます。


6. トラウマが隠れて情緒不安定の問題として顕れる

【下山】これまでの話は、災害や事故といった、命の危険に晒されるような深刻な事態で経験するトラウマですね。これは、PTSDと診断されるレベルです。しかし、心理職、特にスクールカウンセラー(以下、SC)が対応するケースは、このような災害や事故といったPTSDレベルではなく、家庭や学校の日常生活の中で起きているトラウマもあります。そのようなトラウマは、子ども自身が不安や恐怖を訴えない限り、それとして気づかれないことが多くなりますね。

特に上述したように自己表現をしない傾向のある日本の子どもでは、トラウマが隠れてしまうことが起きやすくなります。むしろ、トラウマの問題としてではなく、不登校とか、緘黙とか、無気力とか、情緒不安定になるとか、成績が急に下がるとかという形で示されることが多くなっています。今回の創作事例の検討会でご発表になるケースも、日常生活で起きた問題の背景にそのようなトラウマが隠れているというものだとお聞きしています。そのようなトラウマが表に出にくいケースの場合、スクールカウンセラーはどのように理解し、どのように対応していくのが良いでしょうか。トラウマが表に出ないだけに、教師だけでなく、SCも誤った対応をしがちだと思います。

【松丸】小学生の場合は、感情調整がうまくできない怒りとして現れることがすごく多いと感じています。例えば、本当に友達が拾ってあげただけなのに、何かそれを敵意と感じてしまって、その子に手を出してしまったということがあります。拾ってあげた子どもの方は何が起きているのかわからないわけです。しかし、手を出した子どもは、どうしても自分ではコントロールできなくて、すぐに友達に手を出す、暴言を吐くという状況になっていました。そのような暴力的な問題行動を起こす子どもの背景をみていくと、家庭の事情や親の態度でその子がトラウマを受けていたということがありました。

もう少し年齢が上がって思春期、つまり中学生くらいになると、リストカットをしたり、学校では完全に学習意欲を失い、寝ているだけといったケースもあります。友達がその子を起こそうとして声をかけると急にキレて鉛筆で刺そうとしたということがあります。そのように無気力と攻撃性が同居するといった、理解しにくい行動を示す子は、親との関わりで心のダメージを負っている場合が多いですね。


7. 学校でトラウマケースに対応するSCの役割

【松丸】ただ、そのような問題の現れ方となった場合、教師にしてみたら問題児となります。学校で他の子どもに危害を加えることに対しては、児童生徒の安全を守らないといけないので、非常に難しい対応になります。他の子どもに暴力的になる子は、「困った子」とみられます。しかし、実はその子自身も親から暴力を受けて「困っている子」でもあったりするわけです。

SCは、単純に「困った子」というだけでなく、「困っている子」という面も含んで理解する視点が重要となります。「困った子」という見方だけをする教員のメッセージに乗ってしまわずに、「いやいや、この子自身も困っているのだと思いますよ」ということを、その子の背景を含めてきちんと問題の状況を理解し、その子の行動の意味を翻訳して学校に伝えていくことが重要となります。
学校は今、学級担任だけでなく、学年の先生や支援員、スクールソーシャルワーカーなども入ってきています。そのような人たちで、その子の行動の裏にある意味を共通理解しながら関わっていくかが大切になります。

それに加えて保護者の支援もするということもあります。しかし、保護者の中には、すごく警戒心があってなかなか心を開いてくれない人もいます。ただ、そのような場合であっても、実は自分も子どもへの関わりについてかなり戸惑っていたりします。というのは、保護者自身が子どもの頃に大切にされずに自尊心が傷つけられていたということがあります。保護者自身が「今自分のことを信じられずに自己肯定感が低い。だから、子どものことを信じられなくて、ちょっとした子どものまずい行動に対して過剰に怒ってしまう」ということがあったりします。そのようなトラウマの連鎖をどのようにストップすることができるかという視点も、特に保護者面接では重要となります。

【下山】子どもの問題には、不安や抑うつのように内在化する場合暴力や非行などのように外在化する場合がありますね。内在化の問題は周囲が協力して支援体制を作ることは、比較的しやすいですね。しかし、外在化の問題では、教師も含めて問題を表面のみで理解して、問題の背景にあるトラウマの存在を見落として、トラウマの連鎖をさらに悪化させてしまうことがありますね。

【松丸】そうですね。トラウマを見落として間違った対応をされると、それがその人の更なる心の傷になって、一層人が信じられなくなります。

【下山】その点でSCは、トラウマに関する知識をしっかり持っていて、問題の背景にはトラウマがあるかもしれないことを確認し、適切な対応をしていくことがとても重要となりますね。それが教員とは異なる心理支援の専門性ということになるからです。


8. トラウマを再体験させない環境を作る

【松丸】いじめの加害者も、実は心の中で自分がちゃんと認められずに傷ついた経験があって、それへの反応として問題を起こしていることがあります。

【下山】そのような加害者の背景にあるトラウマ体験が見えにくいですね。さらに難しいのは、そこに発達障害の特性が絡んでいる場合だと思います。発達障害特性のある子どもは、トラウマをすごく受けやすくなります。発達障害ケースの場合、背景にあるかもしれないトラウマの影響を見極めて対応すること必要となりますね。トラウマが関わっているか否かで対応が異なりますから。

【松丸】発達障害の独特のものの捉え方、つまり認知の仕方があって些細なことに捉われてしまってそれがトラウマ経験になりますね。しかも、それが頭にこびりついて離れないのでトラウマ記憶を解除するのは本当に難しい課題であると思います。

【下山】そのような状況においてトラウマの傷つきを再体験させない環境を作っていかなければいけないですね。学校には、教師もいれば支援者もいて、さらには保護者も関わっています。それらの関係者で情報を共有していかないと、お互いの不信感が出てくることがあります。SCは、そのような環境を上手に繋がなければいけないですね。逆に上手にマネジメントして、安全安心の環境を形成できれば、トラウマの支援の準備ができますね。そのようなマネジメントのポイントがあれば教えてください。

【松丸】そのような児童生徒と対応している教職員が疲弊してピリピリしており、「この子さえいなければ」とか、「その子が休んだ日はクラスが落ち着いていた」という話になることがあります。その先生も、本当にそんなことは言いたくないのだと思いますが、それだけ疲弊しているということです。その結果、教師もイライラして、それにクラスの子どもたちも反応し、感情的になってします。そうなると保護者から担任へのクレームが出てきたりします。そのような悪循環が起きて皆がうまくいかなくなるということがあります。

そのような場合、キーとなるのは担任をどのようにサポートするかです。問題となっている子どもの心の状態を説明し、適切なコンサルテーションができるかがポイントです。教師は自分が問題を解決しようとして指導しがちです。それに対して、その子が少しでも学校でホッとした気持ちで過ごせるためにはどうしたら良いかを教師と話ができると良いと思います。Doingではなく、マインドフルネスにBeingで過ごせるにはどうしたら良いかです。そうすることでお互いの緊張関係が少し緩んで、その子と教師が良い関係を築けたら良いなと思います。


9. 親自身のトラウマ体験に対処する

【下山】今回発表のケースのようにトラウマがある場合、家族、特に保護者との関係でトラウマを受けていることは多いと思います。そのような場合、SCは保護者とどのように関わるのが良いでしょうか。

【松丸】もし保護者が「自分自身を肯定できないから、子どもを肯定するのが難しいんです」ということを話されたならば、それは本当に正直な気持ちを打ち明けてくれたなと感じます。それに対しては「そういう中で母親として本当によく頑張ってきたと思います」と伝えて、「まずは第一に自分のことを考えましょう」と言います。

【下山】子どもがトラウマを受ける場合、その背景には親自身のトラウマ体験があったりしますね。そのようなことを前提として保護者面接をする必要があるということですね。

【松丸】「親自身もトラウマがあったかもしれない」という仮説で聴いていくと、打ち明けてくれることがありますね。

【下山】SCは、子どもの背景を理解するだけでなく、学校や教師をサポートする。さらには保護者の背景も理解しながら受け止とめていく。なかなか難しい作業ですね。

【松丸】そこでは、子どもを中心にして、今できることは何かということを、お互い批判しないで考えていけるかがポイントとなります。そこで橋渡しをするのがSCの役割ですね。


10. CBTを活用してケースフォーミュレーションを作り、皆で共有する

【下山】そのような難しい作業をするのに、単純に認知行動療法(以下、CBT)を適用すれば良いというわけではないと思います。家族が刺激になり、あるいは学校が脅威になってフラッシュバックが起きることもあります。そのような状況でCBTをどのように使っていくのが良いでしょうか。

【松丸】問題を「読み解く」ための活用と問題解決の「手立て」のための活用の両面が大切だと思います。CBTというと、行動変容、エクスポージャー、行動活性化などの「手立て」の側面だけにスポットライトが当てられる傾向があります。しかし、その前に、「今、この子にどういうことが起きているんだろう」ということを“読み解き”、問題の成り立ちについての仮説を関係者で一緒に作っていくことが重要となります。その仮説がケースフォーミュレーションということになります。
その問題を読み解いていく作業を大切にしたいと思っています。私は、「その子に何が起きているのか」を全部知っているわけではないので、教師や保護者に情報を聞かせてほしいのです。その情報を組み合わせて、「もしかして今こういうことが起きているのではないか」という仮説を一枚の図にして表します。それを教師や保護者などの大人だけでなく、子どもとも共有して、皆でその裏側にあるものを探って問題の成り立ちを理解しながらやっていきます。

【下山】そのようなケースフォーミュレーションを形成する作業にCBTが役に立つわけですね。

【松丸】問題がどのような成り立ちになっており、どのような要因で維持されているのかを探っていくのにCBTの理論や方法は役立ちますね。

【下山】CBTでは、環境からの刺激を問題の悪循環を形成する要因として重視しています。その環境刺激が脅威となってトラウマ反応を引き起こしたり、維持されたりしていると見るわけですね。松丸先生からは、学校臨床では実際の事例を出すことはできないので、実際に経験した複数の事例に基づいて創作事例を出していただけると聞いております。そのような事例を通して、SCがトラウマのあるケースをどのように読み解き、そしてCBTの技法を手立てとして介入していくのかを参加者の一緒に学び、そして議論していくのを楽しみにしています。

■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第52号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.52-4
◇編集長・発行人:下山晴彦

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