50-1.こんな事例検討会があったらいいな!
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1. 役立つ事例検討会に参加できていますか?
皆様は、「いつでも安心して参加できる」事例検討会を持っているでしょうか?あるいは、「参加して良かったと思える」事例検討会を最近経験しているでしょうか。
心理職のスキルアップのための技能訓練の中核にあるのが事例検討会です。しかし、公認心理師制度が定着するに従って職場が忙しくなり、「じっくり事例検討をする余裕がなくなった」という声を聴くことが多くなりました。さまざまな職能団体や学会は、上位資格に向けての研修を提供しようとしていますが、それは、現場の心理職が本当に求めている研修形式なのでしょうか。
このような嘆きを聴くことも多くなってきました。そこで、臨床心理iNEXTでは、「こんな事例検討会があったらいいな!」アンケートを実施し、皆様が安心して参加でき、多くの学びを共有できるオンライン事例検討会の提供を目指すことにしました。
2. いよいよ「事例検討コミュニティ」がスタート!
「こんな事例検討会があったらいいな!」アンケートの結果については、本誌で詳しくご紹介します。その前に、まずはアンケートで皆様から頂いたご要望に基づく企画「みんなのオンライン事例検討会」をご案内致します。アンケートでは、「現場で活躍されているエクスパート心理職の事例発表を聴きたい」とのご要望がありましたので、下記3名の先生に事例発表をお願いしました。申し込みは、11月になりますが、事前予告としてご案内させていただきます。
さらに臨床心理iNEXT代表の下山が現在、公認心理師の保険点数加算で注目されているトラウマ関連の心理支援に関して事例を発表し、他職種参加ということで精神科医の林直樹先生にご参加を頂いての事例検討会も開催する予定です。
今後「みんなのオンライン事例検討会」は臨床心理iNEXTのiCommunityの有料メンバー(iNEXT有料会員で、かつiCommunityにも登録をしている方)の公式活動として継続する予定です。今回は、試験的実施ということでその他の心理職の皆様にも安価でご参加いただいただけるようにする予定です。
3.事例検討会に参加しにくい理由とは?
現在事例検討会に参加する機会がないという方が32.5%という結果は、予想よりも高いと言えます。そこで、次に参加するのにあたっての課題を見ていきます。
4.参加したい事例検討会とは?
事例検討会に参加する際の課題(支障)としては「発表資料の準備が大変」ということが最も多く挙げられました。この点に関しては、必要以上に詳細な事例資料の作成が求められていることがあるのではないでしょうか。しかも、苦労して準備しても適切なフィードバックが得られないということがあるのではないでしょうか。
なぜなら、多少準備が大変でも、発表して役立つ議論があれば、事例発表もそれほど苦にならないからです。逆に苦労してまとめても適切なフィードバックが得られない事例検討会であれば徒労感だけが残ります。準備をするのは辛く、義務感にならざるを得ないでしょう。発表だけでなく、検討会にも参加したくなくなるかもしれなせん。
また詳しい事例発表を求められると、準備が大変なだけでなく、事例提示の時間も長くなります。その結果、討論の時間が短くなり、結論も出ずに消化不良になることも生じます。それでは、事例発表者にとって役立つフィードバックが得られないだけでなく、他の参加者にとっても実りが少ない事例検討会になってしまいます。そのため、事例発表をどのような資料で行い、どのように議論を進めるのかは、「皆が参加したくなる、役立つ事例検討会を創る」ための重要な課題であることが見えてきます。
5. 指導者の位置付けをどうするか?
頑張って資料を作成して発表しても、そこで批判的な意見を受けてしまうと、逆に事例に関わる意欲を失うことになります。アンケートでは、参加するにあたっての課題として「事例発表が怖い・不安」が37%と2番目に高くありました。事例検討会では、しばしば「指導者・スーパーバイザー」という立場の人がいて、大所高所から意見を述べる構造となっています。そこで、発表者が批判的意見を受けたならば、衆目の面前で否定的な評価を受けたということになり、発表することが怖く、不安になるのは当然です。
そのような場合、事例検討会が発表者への(個人)スーパービジョンのようになっていることが多くあります。それは、事例検討会が特定の学派内での訓練の場になっていたことの名残ではないでしょうか。その場合、事例検討会は一方的な指導となり、他の参加者は議論に参加できずに、参加意欲が失われることになります。事例検討会に「指導者−弟子」という権力関係を持ち込まれてしまうと、「皆の学びの場」ではなくなります。
そこでテーマとなるのが、「指導者やスーパーバイザー」といったアドバイザーの位置付けをどうするかという事例検討会の構造の問題です。アンケートの結果を見てみましょう。
6. 指導者自身の事例発表から学びたい!
アンケートの結果は、「指導者・スーパーバイザーがいる」が、73%と最も参加したい割合の構造でした。逆に「指導者・スーパーバイザーがいない」構造は最も低い18%でした。やはり「指導者・スーパーバイザーがいる」ことが必要なのです。しかし、その一方で自由記述では「自由な意見を言える雰囲気」「暖かく若手を見守る」「攻撃されない」「安心感がある」といった場であることも求められています。
では、「指導者・スーパーバイザーがいる」構造が存在しながらも、自由な意見を言える安心感のある事例検討会をどのようにしたら構成できるのでしょうか。そのためには、かつて多くみられた学派主義的な事例検討会の「指導者・スーパーバイザー」のあり方を抜本的に変えていく必要があります。特定の学派や組織の中では、「指導者・スーパーバイザー」は、高所から若手を教え導く役割を担っていました。それは、指導者が自分の実践を棚上げして、発表者を批判するあり方を許す権力構造となっていた場合もあります。
ただし、今回のアンケートでは「ベテランの発表を聞ける」構造を望む人が69%と高い割合になっています。その点で「指導者・スーパーバイザー」は、まずはご自身が事例を発表し、メンバーから意見をもらう立場になることも求められているのです。そのような構造であれば、「指導者・スーパーバイザー」にも限界があることを知り、実践の難しさを皆で共有し、より良い実践に向けて皆で一緒に事例検討会を創っていく、フラットな場を形成できます。
「指導者・スーパーバイザー」は、教え導く立場ではなく、自ら事例発表をするという自己開示も含めて、あくまでも議論を深め、より良い事例の問題理解や介入方針の改善に向けての発見を支援するファシリテーターとなることが求められていると言えるでしょう。
7. 聞き流すだけの事例検討会があっても良い!
先述したアンケートの「事例検討会に参加するにあたっての課題」の設問において、「参加したいと思うが、機会がない」が36%となっていました。
公認心理師制度が定着することで、心理職の職場は増えました。しかし、一人職場であったり、心理支援を専門としない職場での非常勤であったりする場合には、職場において「事例検討会」を実施していないところが多くなります。
そうなると職場以外での事例検討会を探すことになります。しかし、現在のように職能団体や関連学会が分断して混沌とした状況であると、どのような組織が運営する事例検討会が良いのか不明で、判断できない心理職が多くなっているのが現状です。職場以外の事例検討会を探す場合には、いろいろな支障が出てきています。
また同設問では、「参加する時間がない」という回答が18%見られました。
職場での事例検討会であれば、仕事の枠内で実施されることも少なくありません。しかし、職場外の事例検討会ですと、参加する時間が勤務時間以外になるため、時間を確保することが難しくなります。さらにそれ相当の参加費もかかるところが多くあります。時間的にも経済的にも事例検討会に出る余裕がないことも、参加できない理由としてあるでしょう。
事例検討会は、ご自身が発表しなくても、意見を言わなくても、参加して他のメンバーの議論を聞いているだけでも学びは多くあります。そのため、これまで見てきたような理由で参加しない、あるいは参加できないのは残念です。オンライン事例検討会が可能となっている今日においては、視聴者として気楽に、安価な費用で参加して、発表と事例検討の議論を聞くことだけができる事例検討会があっても良いでしょう。オンラインであるので、家事をしながら議論を聞き流すだけでも学ぶことは多いのです。
8. 事例検討会は仲間がいるコミュニティの場
実は、事例検討会に参加する意味は、臨床的な知識や技能を学ぶだけではありません。メンタルケアや心身健康の向上に関わる活動に参加する者同士の「仲間意識が持てる」という意味もあります。心理職の仕事は、他職との連携や協働があるにしても、クライエントとの専門的支援関係の中での活動であり、ある意味“孤独”な作業です。しかも、「誰が見ても正しいやり方」という手続きが決まっているものではありません。明確に結果が出ることも多くないのが現実です。その点で不安や不確かさが常に付き纏う仕事です。
そこでは、「仲間がいる」ことが重要となります。同じように試行錯誤している仲間がいること、同じ目標を共有するコミュニティに参加していることは、活動に向けての気持ちを保つ重要な支えになります。少なくとも「自分だけ取り残されている」という孤立感をもたなくて済みます。では、どのようなメンバーの事例検討会であれば、参加したいと思うのでしょうか。
アンケート結果を見ると、「自分と異なる経験・理論的背景の方がいる」が72%、「自分と同種の経験・理論的背景の方がいる」が67%で、1位と2位を占めています。「同じ背景を持つ人たちの中で学べること」と「異なる背景を持つ人たちから学べること」の両方向の学びが求められていることがわかります。
ただ、公認心理師の時代となり、心理職は連携や協働が求められるようになっているので、次第に「異なる背景を持つ人たちがいる、つまり多様性を前提とする」事例検討会の重要性が増してくるでしょう。そして、その延長線上で「他職種がいる」(48%)事例検討会の必要性と重要性が増していくと思われます。むしろ、現場では「多職種参加の事例検討会」が“普通”になってきています。その中で心理職の存在感をどのように示すかが課題になっていると言えるでしょう。
9. iNEXTのオンライン事例検討会は安心して参加できる
これまでのアンケート結果についての議論をまとめてみると以下のようになります。まずは事例発表をするにしても、資料作成の負担がないものが良いとなります。また、発表して批判的意見を受けて辛い気持ちにならないことも「事例検討会に参加したい」と思える条件でした。
これについては、臨床心理iNEXTでは、PCAGIP法※1)を参考として、簡潔な発表内容に基づき、参加者の質問を通して皆で協力してケース・フォーミュレーションを形成していく「iNEXTオンライン事例検討会」の手続きを開発し、実践してきました※2,3)。
※1)https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=3618
※2)「参加してみよう!オンライン事例検討会」→https://note.com/inext/n/n11a10fa9abf5
※3)「参加しよう!みんなの事例検討会」→https://note.com/inext/n/nad2fa28772c5
事例検討会に指導者やアドバイザーがいるにしても、「偉い先生が発表者を教え導くスーパービジョン」構造がないことも重要でした。そのためには指導者やアドバイザーの立場にある人が事例を発表することも、権力関係を組み込まないために必要であると言えます。そこでは、経験豊富な方も初心者も皆で協働して問題や介入のあり方を協働して探っていくことが何よりも重要となります。
そのような協働作業をオンラインの画面上で行うのが臨床心理iNEXTの「皆んのオンライン事例検討会」です。そこでは、誰が発言するかではなく、どのような議論がなされるかが重要であるので、個人の特定は意味がないことになります。そこで、場合によっては、発表者や参加者はアバターを被って参加し、議論することも可能です。他者に気を遣って質問を控えることを避けるためです。
10. ケース・フォーミュレーションを皆で作り上げる
参加しやすい条件として、発表者も参加メンバーも安心して議論できる雰囲気があり、しかも何らかの結論に至ることも求められていました。これについては、上記「みんなのオンライン事例検討会」では、参加者が発表を聞いて「分からなかったこと」を順次質問していくことで事例の問題や介入の状況を明らかにしていく仕組みとなっていました。
土居健郎の名著「方法としての面接」(医学書院)※)においては、問題理解のためには「分からないこと」を確かめていくことが肝心となっていました。「みんなのオンライン事例検討会」では、それを参加メンバーで協力して進めることになります。その点で指導者や参加者が発表者を批判することはなく、皆で問題や介入の真相(=ケース・フォーミュレーション)を探り、改善点を見つけていく協働作業をオンラインの画面上でする仕組みとなっています。
※)https://www.igaku-shoin.co.jp/book/detail/2854
さらに「みんなのオンライン事例検討会」では、職場以外の事例検討会に参加するのには時間的、経済的に余裕がない人の場合には、ただ視聴するだけ、あるいは議論を聞き流すだけという、安価で気楽に参加できる仕方も組み込んでいます。金魚鉢方式と言って、事例発表者と質問する参加者の議論は金魚鉢の中で行われ、それを観察する「視聴者」としての参加という枠組みも設けてあります。ただし、視聴者も、意欲があればチャットで質問をすることも可能となっています。
11. 臨床心理マガジンも特集50号になりました!
臨床心理iNEXTは、2019年春に「心理職のスキルアップとキャリアアップを応援する」をミッションとしてスタートしました。2020年春にはオンライン広報誌「臨床心理マガジン」の発行を開始しました。おおよそ月1回特集テーマを決め、ほぼ週刊でマガジン記事を発行してきました。今回で特集は50回を数え、発行した記事も200を超えることとなりました。
また、心理職の皆様が分断を超えて学びを共有し、助け合う場として、昨年秋に心理職向けオンラインコミュニティ「iCommunity」を開設しました※)。そのiCommunityの中の「事例検討コミュニティ」の開設に向けて、臨床心理マガジン特集50号の記念も兼ねて「みんなのオンライン事例検討会」を開催する運びとなりました。 ※)https://note.com/inext/n/n3277c86a6a66
冒頭でご案内した通り今年の12月〜来年1月にかけて、アンケートで事例検討会において扱ってほしいと要望の多かった「知能検査の活用/発達障害支援」、「カップル療法の活用/家族支援」、「認知行動療法の活用/スクールカウンセリング」をテーマとする事例検討会を開催します。
事例の発表者は、いずれも該当テーマの指導者やスーパーバイザーを務めている中堅のエクスパート心理職である3名の先生にお願いをしました。
また、今回は試験的開催ですので、臨床心理iNEXTのiCommunity会員以外の皆様にも廉価でご参加いただけるようにしました。11月には参加募集をさせていただきますので、ぜひ多くの方にご参加いただけると幸いです。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)
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