29-2.メンタライゼーションを学ぶ @心理職Wonderland
1.今、心理職資格が咲き乱れています!
心理職ワールドは,百花繚乱です。
資格には,公認心理師もあれば臨床心理士もあります。その他の資格もあります。それぞれの資格には職能団体があります。公認心理師では2つの職能団体が併立しています。しかも,それぞれの職能団体が上位資格を出すと宣言しています。
公認心理師協会
https://jacpp.or.jp/qualification/index.html
https://jacpp.or.jp/qualification/assets/pdf/senmon-nintei-20211215.pdf
公認心理師の会
https://www.atpress.ne.jp/news/307204
さらに言えば,日本心理研修センターも,遅かれ早かれ公認心理師「実習指導者」講習会を実施することになるでしょう。
2.心理職ワンダーランド
公認心理師の資格設立に関わり,気づいたらベテランの領域に入っていた私(下山)であっても,もう訳がわからない状況です。資格乱立の背景事情を知らない若手心理職や,現場の心理職の皆様は,どうしたらよいかわからずに途方に暮れているのではないでしょうか。
職能団体に所属しないと,あるいは上位資格を取らないと,自分がどんどん遅れて,取り残されるのではないかと不安に駆られてしまうということはないでしょうか。それぞれの団体は,それぞれの立場から心理職の将来への展望を語っています。バラバラに心理職の発展の夢を語っています。
しかし,いずれかの職能団体に入ると自分が色分けされてしまうのではないかと心配になることもあるのでのはないでしょうか?このような状態は,本当に心理職の未来のためになるのでしょうか? 心理職の専門性の発展を適切に導いてくれるのでしょうか?
現在の心理職ワールドは,アリスが落ちたワンダーランド(Wonderland)のように不思議な国の様相を呈しているようにも思えます。https://arasuji-m.com/fushiginakuninoalice/#i
3.臨床心理iNEXTの基本デザイン
公認心理師は,本質的に心理職が主体的に作ったものではありません。医療団体や行政の意向が色濃く反映されています。技術者や実務者としての職種です。そのような資格を土台とした上位資格は,真の意味で専門職になり得るのでしょうか。
専門職とは,学問体系に裏打ちされた専門性に基づく活動を提供することで社会に貢献できる職種です。専門職の基本には,学問の独立性と一貫性があるべきです。臨床心理iNEXTは,あくまでも臨床心理学※)に基づいて心理職の専門性を目指すことを基本デザインとします。
※)臨床心理学の学問体系については,東京大学出版会より「現代臨床心理学シリーズ全5巻」が順次刊行中。
⇨ http://www.utp.or.jp/book/b517250.html
そこでは,臨床心理学に基づく専門技能の基本から発展応用までを体系的に学ぶ研修会を提供しています。今回は,基本技能として「メンタライゼーション」(あるいはメンタライジング※)の研修会を行います。冒頭にも示したようにメンタライゼーションは,精神分析にとっても認知行動療法にとっても基本となる理論であり技能でもあります。
※メンタライゼーションは“機能”を意味する総体的概念であり,メンタライジングはそのメンタライゼーションが進行する“過程(プロセス)”を意味します。
メンタライゼーションは,比較的新しい概念です。そこで本号では,メンタライゼーションを専門的に学んでいる若手心理職である北原祐理さんにインタビューし,その考え方や使い方を紹介しします。
4.メンタライゼーションは“内省”の基本
[下山]今日は若手心理職で,メンタライゼーションを学んでいる北原祐理さんにお話を伺います。6月26日には池田暁史先生をお招きしてメンタライゼーションの研修会があり,私もぜひ学びたいと思っています。
池田先生のご著書『メンタライゼーションを学ぼう−愛着外傷をのりこえるための臨床アプローチ−』では,メンタライゼーションの定義として「①自分や他者のこころの状態に思いを馳せること,②自分や他者のとる言動をその人のこころの状態と関連づけて考えること」が骨子になることが書かれています。
このことは,誰でもやっていることです。しかし,本当に厳密にやっているかどうかというのは考えてみると難しいと思っています。近年,これを心理職や心理支援における重要な概念,さらにはコミュニケーション技法として用いていくことが注目されています。
私自身の現在のテーマとして,心理職の基本的な技能について考えています。私は基本技能として,相手の気持ちに共感したり,自分のことを理解したり,どのようなコミュニケーションが起きているかに気づいていく「内省」(reflection)ができることが大切だと思っています。そう考えていると,メンタライゼーションは,心理職の基本技能であると考えています。北原さんは,その辺りについて,メンタライゼーションを学びつつある立場としてどんなふうに思いますか?
5.メンタライゼーションは“アセスメント”の基本
[北原]最初にとても共感したのが,「メンタライジングは誰でもやっていることだ」ということです。自分が何かをしたときにどう感じていたか,相手が何か行動をしたときにその後ろ側で何を思っていたか,を考えるということです。そして,相談に来られる方は,私たちが日常生活で自然とできることが何らかの形で出来なくなったり,歪んでしまったりしていることに苦しさがある。自分を責める,相手を責める,過敏に反応するなど,いわゆる心理的問題を抱えて来られる背景に,メンタライジングの能力が育っていない,という考え方がとてもしっくりきました。
そうすると,様々なオリエンテーションがある中で,メンタライジングの力は,心理臨床で育てていく力の根底にあるものなのではないかと感じます。また,心理士自身もメンタライジングができないと,相手の気持ちを読み取れないだけでなく,自分が相手に言葉を返したときに,自分の感情がどう働いてそれを返したのかがわからなくなることがあると思います。そうしてやりとりが逸れていくと,治療関係が出来なくなってしまうのではないか,とも思います。
[下山]なるほど。メンタライゼーションは相談に来られた方の問題を理解するためにとても重要な概念なのですね。アセスメントですね。問題とは,つまり,相手のことを理解したり,自分のことを現実にそのまま受け止めたりすることが出来なくなっている状態でもあると思います。同時に,セラピストとして実践をするときに,とても重要な能力であり,技能ですね。メンタライジングができないと,問題が見えなくなる,むしろ巻き込まれることもある。その点でメンタライゼーションは,心理支援の基本技能だけでなく,アセスメントの基本技能でもあるわけですね。
6.メンタライゼーションは心理療法の学派を超えた共通基盤
[北原]私がメンタライゼーションに興味を持ち始めたきっかけは,今思えば,心理職のことを深く知る前だと思います。見ていてうまくいっているようなセラピーの共通点というか。あるいは,自分が誰かと話していて安心できたり,分かってもらえたと感じたり,自分の内省が深まったと感じられるときは,おそらく相手にメンタライジングされているときだと感じます。
うまくいくセラピーを見ると,そこにはメンタライジング的なやりとりが続いているということなのかと思います。後で概念を知りましたが,内容としては認知行動療法(CBT)や他のアプローチだとしても,振り返ってみると,そこに必ずメンタライゼーションの要素は入っているのかなと思います。
[下山]よく言われることですが,CBT,ブリーフセラピー,カウンセリング,あるいは精神分析でも,技法としては違っても,能力がある人は,ある対応では共通していたり,難しいケースであってもどの技法でもうまくいく場合があったりします。その基本に共通してあるものがあるとしたら,メンタライジングの力が働いているときだと思います。そのような基本技能として,メンタライゼーションの考え方を取り上げているのだと思います。
今,公認心理師が領域に別れて上位資格を作るなどして,先に進もうとしています。しかし,心理職の専門性の基盤となる基本的技能がしっかり大学院で教えられていて,現場に出ていく教育ができているかと考えると,とても心配です。
7.メンタライゼーションを学ぶ意味
[下山]そこで,改めてこのメンタライゼーションに注目して,基本は何かについて考えてみたいと思っています。北原さんは若手としてメンタライゼーションについて学んでいて,自分にとってプラスなことはありますか?
[北原]色々な理論を学ぶと,まずその型通りにできるようにならないと,という強迫的な気持ちになることもありました。面接中には,理論通りに進むような質問をしないと,といった具合です。でも,その前に基本的な姿勢として大事なことが,メンタライゼーションの理論には詰まっていると思います。そして基本をやろうとすると,すごく難しい。基本を飛び越えて,色々な理論は使いこなせないなという気づきに至りました。
メンタライゼーションで大切にされている姿勢の1つに,例えばnot-knowingの姿勢があります。「わかっていない」「相手の心は見えないし,本人しかわからない部分がある」というような姿勢です。知った気にならない,表面的な共感をしない,解釈を急がないなど。あまり急いで仮説を立てて伝えてしまうと,相手が本当に自分の心について考える機会を奪ってしまう。だからぐっと堪えて,inquisitiveな,好奇心をもって「問いかける」姿勢をもつことが大切とも言われます。
「そのときどう感じたんですか?」「今のところ,どうしてそうなっちゃったのかよくわからなかったんですけど,もう少し言葉を足してもらえますか?」などの聞き方をして良いのだと知りました。メンタライゼーションの考え方では,相手が感じていることに焦点を当てて,こちらもわからないときは素直になり,きちんと関わることを純粋に大事にしている印象を受けました。
その点でメンタライゼーションを学ぶことは心理職の専門性にもつながりますし,そうした関係を作っていくこと自体が,心が育つこと,つまり,自分と他者には違う心があって,その心について考えることを支えるということになります。あえてそこを強調している考え方を知れたのが良かったと思います。各アプローチの理論だけでなく,メンタライゼーションを学ぶことを通して,愛着や精神発達理論の大切さも改めて学ぶこともできました。
8.メンタライゼーションの学び方
[下山]特に若手心理職は,CBTでは「マニュアルに従って実践をしなければ」とか,精神分析では「先輩が実践している原理を学ばなければ」といった考えが先立つかもしれません。しかし,そこから自由になって,まず自分たちにできることに立ち返り,基盤を学ぶことができるという利点がメンタライゼーションの学習にはあるわけですね。
その一方で,メンタライゼーションは当たり前のことを扱っているからこそ,学ぶのが難しい面もあると思います。多くの皆様がメンタライゼーションに関心がおありだろうと思います。しかし,取っ付きにくさもあるのではないでしょうか。池田先生の本はとても分かりやすくて,ほっとしました。これまでメンタライゼーションを学んできた北原さんから,初めて学ぶ人たちへのアドバイスはありますか。
[北原]専門用語から入ると,心理状態を非常に細かく区切って,私たちが当たり前と思っている現象にラベルをつけて概念化するということになります。しかも,メンタライゼーションでは,心の表象機能に注目して,その理解に用いている理論が幅広いです。そのような意味での複雑さがあり,概念を聞くだけでは難しいですね。ワークショップなどに出ると,具体的にその意味を掴めてくると思います。
私がMBT(mentalization based treatment)のトレーニングに出たときには,ビデオを見せていただきました。それを観た後に,自分の面接を振り返ることもあります。例えば,「基本的な姿勢ができていないときはどういうときなんだろう」と考えます。“できない”の中にも代表的ないくつかのパターンがあり,ビデオを観た後に,もう一度教科書のその部分を読み直すと,ちょっとずつ分かってくるといった感じです。
このようなステップを踏むことで,「実際の面接で,この方は表層的なことしか話さずに全然繋がっている感じがしないなあ」,「何がそうさせているのか」といったことに気づけるようになっていきます。そして,「どう軌道修正するか」というところまで考えられるようになる気がします。
9.メンタライゼーション技能の上達に向けて
[下山]しっかりとビデオを観ながら学んでいくと,メンタライゼーションの技法は細かくリードして,説明してくれていることがわかってくるわけですね。それと関連して,これからメンタライゼーションを学んでいく人に向けて,意識するといいことや,気をつけるといいことなどありますか?
[北原]私自身も言われたことですが,失敗を恐れないでたくさん体験すること,体験したことを人と一緒に振り返ることでしょうか。メンタライジングは人と人との間で流れるプロセスなので,事例1つとっても,事例自体を周りの人と一緒にメンタライズすることが大事だと感じさせられます。
クライエントさん,あるいは,そのクライエントさんを前にしたときの自分の気持ちをみんなでメンタライズすることや,その時点では気づけなかったことを理論に当てはめて,自分が失敗と思ったことは何だったのかを振り返ってみることがとても学びになります。それを人の助けを借りながら繰り返すことで,初めて自分の見方から解放されるのかなと感じています。自分が考えていなかったことにも目を向けられる力がつけば,それが面接場面でもとても生きるのでないかなと感じています。
[下山]そう考えると,アセスメントの重要な視点にもなり,セラピーをする上でも関係性を見たり,自分の状態を把握したりすることにもなるし,さらに訓練,SVやカンファレンスでリフレクションする上で,メンタライゼーションはとても重要な枠組みになるということでもありますね。
[北原]メンタライゼーションを専門とされている方々によく助けていただくのが,メンタライジングの力は,身につけたからといって下がらない能力ではないと言われるのです。ストレスがあれば,つまり,覚醒度が上がると絶対にメンタライジングの力は落ちるということです。先輩や先生方は,私が緊張してとか,不意をつかれて頭がごちゃごちゃしているときに,まずそれを和らげる介入をしてくださいます(笑)そこで初めて,「その瞬間に覚醒度を下げて,メンタライジングの力を取り戻すとはこういうことなんだ」と肌で感じて,理解が進むことがありました。
10.池田先生の研修会に向けて
[下山]なるほど。最後に,池田先生の研修会について,北原さんもスタッフとして参加してもらいますが,期待することを教えてください。
[北原]色々なお話が全部楽しみです。メンタライゼーションについて,自分の言葉で説明できるようになったり,他のアプローチとの重なりを説明できるようになったりするには,どのような学び方をしたらいいかを考えたいです。
また,少し細かい点ですが,池田先生がご著書の中で,最近のケースでは「葛藤を抱える力が落ちている」ということを書かれていました。メンタライゼーションは,「葛藤を抱える力」と関わりが深いと思います。というのは,分かりえないことを分かろうとする努力はある意味とてもしんどいことだと感じて。
それをクライエントさんも心理士もずっとやり続けるということなので,心理支援の場で行われることは甘いことではない。ですので,「葛藤を抱える力」とメンタライゼーションについて,それができないとはどういうことかについて,もう少し知りたいです。
[下山]「葛藤を抱える力」はとても重要な概念ですね。それは,“愛着外傷”の問題とも関わるとも言えるでしょう。さらに,「葛藤を抱える力」は「分からないことに耐えられる能力」とも関連してくると思います。それは心理職の基本能力にもつながると思います。その点をぜひお聴きしたいですね。
■記事制作&デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)