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50-2.心理職は「ときめき」を取り戻せるか?

特集:選ばれる心理職になるために

下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.50-2

日本心理臨床学会自主シンポジウム

「公認心理師の養成制度は心理職の専門性の発展に役立つのか?」

【日時】9月28日(土)19:15~21:15(オンライン実施)
【主催】日本心理臨床学会 第43回大会(自主シンポジウム)
(日本心理臨床学会の会員で、大会申し込みをした人が参加可能)

【講師】野島一彦・三國牧子・舘野一宏・米岡妙子・下山晴彦

【関連書】『心理職は「ときめき」を取り戻せるか』
−臨床心理学の専門性を基軸として−(東京大学出版会 下山晴彦著)
https://www.utp.or.jp/book/b10081059.html

注目新刊本「訳者」研修会

ソマティック・エクスペリエンシング入門
−トラウマを癒す内なる力を呼び覚ます−

【日時】10月5日(土) 9:00~12:00
【講師】花丘ちぐさ先生(国際メンタルフィットネス研究所 代表))
【参考書】『ソマティック・エクスペリエンシング入門 』(春秋社 花丘ちぐさ訳)
https://www.shunjusha.co.jp/book/9784393365724.html

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=0RcdJY2v5Ts
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=zoloJZMYiGM
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=7CK7pvCFc5M

注目新刊書「訳者」研修会

ナラティブ・エクスポージャー・セラピー入門
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【日時】9月22日(日)9:00~12:00
【講師】森茂起先生(甲南大学名誉教授)
【参考書】『ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(第2版)』(金剛出版 森茂起・森年恵訳)
https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b620076.html

【申込み】10月1日(火)まで
[オンデマンド視聴のみ](3000円):https://select-type.com/ev/?ev=nNlimMQGHmM


1.    かつて心理職には「ときめき」があった!

臨床心理マガジンの本号(50-2)のタイトルは『心理職は「ときめき」を取り戻せるか?』です。特に若い読者の皆様は、「え! かつて心理職はときめいていたことなどあったの?」と疑問を感じた方も多かったのではないでしょうか。むしろ、若手の心理職の方は、「 心理職は、“ときめき”とは無縁の職業ですよ。そもそも心理職には、明るい未来など考えられない!」といった意見も出ることと思います。

私(臨床心理iNEXT代表 下山)も、現状ではそれが正しい認識だと思います。しかし、日本の心理職には、希望と失望をジェットコースターのように繰り返してきた歴史があるのです。まずは下記の図を見てください。


2.    「あきらめ」と「きらめき」の繰り返し!

第2次世界大戦後の米国心理学会に倣って心理職の国家資格化を目指す「臨床心理研究会」が1950年に発足しました。そして1964年に「日本臨床心理学会」が創設されました。当時の心理学関係者は、心理職の未来に希望を持ち、「ときめき」を感じていました。実際に、その後国家資格化の動きは盛り上がっていった。しかし、日本臨床心理学会は、1973年に国家資格化を巡る意見対立で実質的に解体し、あきらめの時代になりました。

河合隼雄氏が中心になって1980年代に日本心理臨床学会、そして日本臨床心理士資格認定協会ができ、心理職が世の中に知られるようになり、国家資格化の可能性も見えてきました。当時の心理職には「ときめき」がありました。2000年代には臨床心理士がスクールカンセラーとして全国の学校に配置されるようになり、国民の認知度も高まりました。心理職が高校生の人気職種となり、臨床心理士要請関連の大学の偏差値が急上昇しました。臨床心理士が主人公のT Vドラマもありました。

その頃の心理職は、臨床心理士を国家資格にする夢を共有していました。心理職であることにプライドを持ち、未来に希望を持っていました。心理職はときめいていました。
文化庁長官になった河合隼雄氏は、「臨床心理士」と「医療心理師」の2資格1法案による国家資格化を目指しました。しかし、2資格1法案は、医療関係者からの反対があり廃案になったことで頓挫しました。河合隼雄氏も亡くなりました。多くの心理職は失意し、あきらめムードが漂いました。


3.    国家資格「公認心理師」への期待の「ときめき」!

その後、再び国家資格化の動きが始まりました。心理職の国家資格化に関して分断し、対立していた関係者が3団体にまとまり、交渉が始まりました。日本心理研修センターが設立され、2015年に公認心理師法が成立しました。念願の国家資格化が成就しました。当初目指していた「臨床心理士」ではなく、「公認心理師」としての国家資格がスタートしました。

多くの心理職は、公認心理師制度が充実したものになれば、日本のメンタルヘルスの改善に貢献できる専門職になると期待しました。心理職は希望を持ち、「ときめき」を感じました。当初は、公認心理師制度の光の部分が見えていたからです。日本の心理職は、派閥でまとまり、公共性や社会的観点を持てないできました。そのため、社会的な地位が得られず、心理職の身分は不安定でした。国家資格として活躍できるようになった暁には、不安定な身分を脱し、立派な専門職になれるとの期待は膨らみ、「ときめき」を感じられました。

国家資格になることで、学派主義や「プライベイト・プラクティス」の発想が弱まり、メンタルケアの「パブリック・サービス」に参加する道が開かれ、社会的身分も安定したものとなるとの期待が高まりました。常勤職も増加し、収入も増えるとの希望も感じられ、ときめきました。


4.    国家資格ができたのに、なぜ「ときめき」を失ったのか?

しかし、公認心理師制度が施行される中で、職能団体は分裂し、心理職は分断し、再び輝きを失っていきました。時間の経過とともに公認心理師制度導入の光の部分だけでなく、影の部分が目立つようになってきました。

影の部分は、医学モデルや行政モデルの管理体制に心理職が組み込まれたことです。日本のメンタルヘルス政策は、患者の長期入院や多剤大量投与など、多くの問題を抱えています。心理職が公認心理師としてその政策の中に組み込まれることは、心理職の活動が問題の維持要因にもなり得ることが見えてきました。

しかも、医師中心のメンタルヘルス政策のヒエラルキーの中で心理職の身分や立場は不安定です。専門職としてではなく、医師の指示の下で働く「技術者」や行政の枠内で働く「実務者」としての位置付けが多くなります。国家資格になったのに、非常勤職が多く、時給は低く、雇用も安定しません。専門職としてのアイデンティティが持てません。心理職の主体性や専門性が見えなくなってきています。このような状況の中で心理職は、「ときめき」を失いました。


5.    心理職は、「ときめき」を取り戻せるか?

日本の心理職は、このような歴史的経緯によって「ときめき」を失って現在に至っています。私(下山)が臨床心理学を学び、実践してきた期間は、まさにこの心理職の「きらめき」と「あきらめ」のジェットコースターの歴史と重なっています。そのため、心理職として「ときめき」を感じない時代であっても、個人的には「ここで終わりでない」と考え、あきらめたくないと思っております。

そのような個人的希望もあり、『心理職は「ときめき」を取り戻せるか−臨床心理学の専門性を基軸として−』(東京大学出版会)という本を上梓しました※)。同書は、心理職再興の根拠として臨床心理学を位置付け、心理職が主体的に自らの専門性を発展させていくための知識と方法を体系的にまとめたものです。心理職が現行の公認心理師制度に囚われずに、専門性を発揮し、日本のメンタルケアに貢献できるために何が必要かを示しました。

心理職が心理支援サービスの専門職として、自らの活動を主体的に発展きるようになること、これが、心理職が「ときめき」を取り戻す第一歩です。ただし、取り戻すと言っても、過去に戻るのではありません。かつての「ときめき」は、各学派が自らの方法を自らの信奉者の内で自己主張しているものでした。その点で自己愛的な「ときめき」でした。今求められるのは、学派主義のナルシズムを脱して、社会に対して自らの専門性を説明し、公的な認知を受けて人々に広く貢献できることで得られる専門職としての「ときめき」です。

もちろん公認心理師制度が不要であるということではありません。心理支援が公共サービスとして社会システムに位置づくためには、国家資格はとても重要です。しかし、その心理支援サービスがユーザーである人々の心の健康に真の意味で役立つものであるのかを、常にチェックしていく必要があります。その点で心理職本来の専門性の体系を示す臨床心理学を軸として、公認心理師制度のあり方を振り返り、場合によってはその限界超えてその先に進むことが必要であると思います。

※)https://www.utp.or.jp/book/b10081059.html


6.    「ときめき」を取り戻すために何が必要か?

そのために冒頭に示した日本心理臨床学会大会の自主シンポジウム『「公認心理師制度」は、心理職の専門性の発展に役立つのか』を企画しました。

公認心理師は、心理職の資格の一つであり、心理職=公認心理師ではありません。心理職の専門性は、公認心理師とは独立して存在するものです。しかし、公認心理師は、国家資格であり、心理職養成の内容と方法を規定し、それを強制する権力を有しており、その影響力は絶大です。そのため、心理職は、公認心理師制度に単純に従うだけでなく、専門性の発展の観点から、その目標や指示についてチェックし、意見を出していく必要があります。

もし、公認心理師制度のあり方が心理職の専門性の発展に資するものでない場合、特に専門性の低下や混乱を招く危険性がある場合には、その問題点を指摘することが求められます。そうしないと負の影響があった場合に止めることができません。そこで、今年度の日本心理臨床学会において私(下山)が企画者となって、公認心理師制度の課題を明らかにし、今後の心理職の発展に向けて何が必要なのかを議論することを目的とする自主シンポジウムを企画しました。

「公認心理師制度」は、心理職の専門性の発展に役立つのか?
-法定講習会への参加経験から制度の課題を検討する-
【日時】9月28日(土)19:15~21:15 オンライン自主シンポジウム
(日本心理臨床学会の会員で、大会申し込みをした人が参加可能※)
※)日本心理臨床学会ホームページの該当箇所より参加URL取得可能

企 画 者:下山晴彦(跡見学園女子大学)
司 会 者:野島一彦(九州大学名誉教授)
話題提供者:
三國牧子(九州産業大学)
舘野一宏(国立病院機構 広島西医療センター)
米岡妙子(広島県/市スクールカウンセラー)
下山晴彦(同上)

指定討論者:野島一彦(同上)


7.  公認心理師制度は心理職の発展に役立つのか?

公認心理師制度では、到達目標が掲げられており、大学及び大学院の科目を通してその目標の達成が求められています。各科目で学ぶべき内容は、公認心理師試験のブループリントに記載される項目として示されています。法定講習会では、到達目標の適切な実施の方法が教示されます。そこで、シンポジウムでは、法定講習会の内容を検討することを通して公認心理師制度のあり方を評価します。

昨年11月から今年2月に厚生労働省事業『令和5 年度 公認心理師実習演習担当教員及び実習指導者養成講習会』が実施されました。この法定講習会では、到達目標の具体的内容と、その教育方法が示されました。制度が求める内容が明確に示されることで、それが実際に実現可能なものなのか、さらには心理職の専門性の発展にどのように影響するのかを評価できるようになりました。

その講習会に参加した心理職4名(三國、舘野、米岡、下山)がそれぞれの経験に基づいて公認心理師制度の課題についての話題提供をします。それを受けて、当時の日本心理臨床学会理事長として公認心理師法の成立を主導した野島一彦が指定討論を担当します。この自主シンポジウムにおいて私(下山)は、公認心理師制度では「到達目標」と「現実の実態」には深刻なギャップがあり、それが心理職の希望を奪うとともに「ときめき」を失わせる要因になっているとの話題提供をします。次項にその概要を共有します。


8.    公認心理師制度の「到達目標」と「現場の実態」のギャップ

公認心理師養成カリキュラムでは、到達目標に沿って広範囲の、しかも高度な臨床心理学の内容を修士課程修了までに学習させるとともに、学内外での実習を必須としています。さらに修士論文研究の実施と執筆も必須です。さらにさらに不透明な就職活動を行いつつ修了前の国家試験に備えなければいけません。学生だけでなく教員も多忙を極め、余裕を喪失しています。

それ以上に深刻な問題は、心理職の基礎技能の教育が疎かになっていることです。修士課程2年間では、とても臨床心理学の高度な専門性の教育はできません。臨床心理学の専門性の教育以前に、基本となるカウンセリング技能訓練もままならないのです。基本的な技能訓練が十分にできないまま学外実習に出ることになります。さらには国試と就活に追われます。当然のことながら研究は蔑ろになります。

公認心理師制度では、医療職に準じてカリキュラムから就活までの制度設計が強引に進んでいます。日本における心理支援業務のマーケットは、医療分野のように整備されておらず、学生は、暗中模索で就職活動を行っています。医療職とは異なりマーケットが狭いのにもかかわらず、多くの公認心理師を養成しているために安い時間給の非常勤職として雇用されることが多くなっています。

その結果、大学院修士課程まで出たのに普通の生活ができるだけの収入が得られない高学歴プアの公認心理師が増加しています。そのような現状を知る若者は、心理職を目指すことはしません。学生の数や熱意の低下が起きているのではないかと懸念されています。

■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第50号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.50-2
◇編集長・発行人:下山晴彦

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