いじめっ子は嫌われている


どうも、エイです。

以前「いじめ」に関する記事を2本書いたのですが、今回は解説編です。

客観的に、淡々と個人的な分析と意見を書いていきます。


まず、声を大にして言いたいのがこれです。

いじめっ子はみんなに嫌われている。

いじめっ子は「クラスの人気者」「権力者」「ヒエラルキーの頂点」などのイメージがあるかもしれません。

しかし、よくよく考えてみると、いじめられっ子よりも、圧倒的にいじめっ子の方が嫌われていることがわかります。

もしいじめを受けても、隠れた味方がたくさんいます。

いじめてくるそいつこそが、孤独なみんなの嫌われ者なのです。


いじめっ子が強く見える理由

大人数を率いて、一人をいじめるリーダー格の人物。

この人物がいじめっ子です。

このいじめっ子の周りには、4パターンの人間がいます。

1、いじめっ子に同情・感情移入して甘やかしている人間

2、いじめっ子が怖くて、賛同せざるを得ない人間

3,いじめっ子に洗脳されて、同調してしまっている人間

4、いじめっ子と同じく、いじめられっ子が苦手な人間。

おそらく、このうち、「4」の人間は、多かったとしても2人いるかいないです。

圧倒的多数を占めているのは、1~3の人間です。

仮に1クラス30人とするなら、27人はいじめっ子が嫌いな人間です。

ところが、この4種類の人間が最悪の形で組み合わさることで、いじめっ子を強く見せて、調子に乗らせてしまいます。

まずは、それぞれの人物について解説します。

1,同情・感情移入して、甘やかしている人間

いじめられている側からすると、一番「ふざけんなよ!」と思うのがこのタイプの人間です。

彼らは、その気になればいじめっ子を止める力を持っていますが、意図的に発揮しません。

なぜかというと、いじめっ子に同情しているからです。


いじめっ子の中には、家庭の事情、生い立ちなどに辛い経験を持っている人間が少なからずいます。

こうした部分に同情し、「この子は嫌な奴で嫌いだけど、可愛そうだから」と甘やかし、強い口調で注意ができないのです。

いじめっ子の親友・幼馴染などが、このポジションにいることが多いです。


2,いじめっ子が怖くて賛同せざるを得ない人間

彼らはいじめられっ子にかなり近い場所にいます。

自分たちが言動を間違えば、ターゲットにされることを悟っています。

こうした人間は、いじめっ子が転校したり、卒業したりすると、いじめられっ子に謝罪してくれることがあります。

「あのとき何もできなくてごめん」

将来そう言ってくれる、未来の味方の可能性があります。

できることなら今すぐ助けてほしいのですが、残念ながら、彼らも自分の生存競争に必死です。

助けてもらうのは、難しいかもしれません。

仮に助けてくれたとしても、代わりにターゲットになる可能性が非常に高いです。

3,いじめっ子に洗脳されて、
同調してしまっている人間

卒業やいじめっ子の転校など、環境が変わったときに、「どうしていじめていたのかわからない」と呆気にとられるのは、このタイプの人間です。

彼らは、いじめている、という自覚がありません。

いじめられっ子の凄まじい負のパワーに巻き込まれ、価値観を操作されています。

いわば、洗脳状態です。

いじめっ子のクローン、と言っても差し支えありません。

危険なので、近づかないようにしましょう。

ただし、環境が変わり、洗脳が解ければ、途端に普通に話せるようになる可能性があります。

4、いじめっ子と同じく、
いじめられっ子が苦手・いじめっ子と同じ考えの人間

一番少数派なのがこの人です。

全員に嫌われるのが不可能なのと同じように、全員に好かれるのも、また不可能ですから、いじめがなくても、この人間は変わらず存在します。

ただ、いじめっ子がいなければ、理性で抑えてくれていたかもしれません。

距離をとってくれていたかもしれません。

ところが、いじめっ子が事あるごとに絡んでくるので、いじめられっ子と関わざるを得なくなています。

本人は、いじめっ子に大変迷惑しています。

厄介事を持ち込む人間を、好む人間はいません。

つまり30人クラスなら、
いじめっ子は29人に嫌われているコミュ障である

以上を通してわかるのは、結局の所「1~4」の全員がいじめっ子を嫌っている、ないしは嫌っている可能性がある、ということです。

いじめっ子は知らず知らずのうちに、ハダカの王様状態です。

本来ならいじめっ子を好きでいてくれたはずの人間の好感度も、自分でガタ落ちさせているのですから、哀れとしか言いようがありません。

しかも、人との距離感を測れず、コミュニケーションを攻撃的にしかできないのですから、いじめっこから距離を取るいじめられっ子より、圧倒的にコミュ障です。


いじめっ子を精神病院に送る、というアメリカの方針もうなずけます。


いじめっ子よ。どんなにいい人間になっても、
誰もがお前の罪を知っているし、報いはやってくる。

以前も言った通り、私はいじめられた事もあればいじめたこともある、残念なタイプの人間です。

よって、現在いじめをしているすべてのいじめっ子に宣言しましょう。

いじめっ子よ。
どんな立派な人間になっても、お前の罪を知ってるやつがいる。
報いは倍になって返ってくるから、いますぐ口を閉じろ。
殴る拳、蹴る足があるなら切り落とせ。

さすがに本当に「切り落とせ」なんて意味じゃありませんが、そのほうがマシなくらい、痛い目を見るぞ、ということです。

私の場合は、いじめた後に、学年が上がっていじめられました。

因果応報というものです。

その後も色々……倍返し状態です。

よく、「いじめられっ子は将来コミュ障になる、いじめっ子はそのくせリーダー気質で成長する、理不尽だ」という内容をみかけます。

おそらくそのいじめっ子は、人に言えないような痛い目にあっています。

だから、更生せざるを得なかったのです。

そして、まだ更生していないようなら、さらなるしっぺ返しが待っていることでしょう。

いじめられたらコミュ障になるか
→全員ではない

「いじめっ子が将来コミュ障になる」こんなツイートが一時期流れてきましたが……これはなんともいえません。

私は2年以上いじめられましたが、コミュ障、というほどコミュ障にはなっていません。

「自分はいじめられた、お前らを許さない」と社会に訴える人は、誰もが力強い言葉で、発信を続けています。

ミュージシャンのFukaseだって、メンタリストのDaigoだって、お笑いコンビ霜降り明星のせいやだって。

いじめられた経験を持つ有名人は、たくさんいます。

いじめられた、という経験が必ずしも将来に影を落とすとは限りません。


コミュ力って、そもそもそんなにいらない

そもそも、話す力というのは、人生において必要となる事柄ではありません。

ネットの文章でやりとりする人、個人で起業する人、聞き上手を生かして仕事をしている人も山程います。


それに、全員がコミュ力抜群の人間ばかりだったら……なかなか恐ろしい社会です。

コミュ力より他の力が必要な仕事を、誰もやらなくなってしまいます。

また、他人を攻撃する人間より、話すのが苦手でも優しい人間の方が重宝されるのは事実です。

話下手な人は、社会では信用されやすく、愛されやすいです。


まとめ:いじめっ子の味方は今も未来も山程いる!!
いじめられっ子は今も未来も敵だらけ…

いじめなんて、してもいいことありません。

いじめをした途端、「可愛そうな人生」が決定したも同然です。

「いじめっ子は将来リーダー気質」なんてのは、世間の印象だけです。


暴力的な時点で、将来は目に見えています。

更生したところで、やってしまった罪は消えません。

いずれにしろ、泥沼です。


一方、いじめられっ子の未来は明るいです。

痛みを忘れずにいるなら、多くの人から信頼されるでしょう。

傷つく言葉を覚えているなら、優しい言葉を使えるでしょう。

だから、絶対に、腐らないでください。

他人を下に見て「みんな馬鹿だからいじめてくるんだ」なんて思い始めたら、それはいじめっ子に洗脳されたも同じです。

その代わり、

「あんな嫌ないじめっ子まで憐れむことができるなんて、私はなんて優しい人間なんだ!」
「どれだけ歪んだ生涯を送ってきたんだろう……いじめなきゃいけないほど、ストレスが溜まってるの? 牛乳のむ?」
「かわいそうに、まだ洗脳が解けていないんだね……」
「見ているだけなんて、なんてひ弱なんだろう……ここは私が引き受ける……だから、強く、生きろよ……!」

と、他人にエールを送る、ポジティブな方向で見下ろすのはアリです。
(これで私は乗り切りました。主に1つ目で。)

いじめられていても、仁義はある
譲れないプライドを、一つだけ守りきろう

私はいじめられているとき、一つだけプライドを持ち続けました。

それは、「いじめっ子&とりまきたちの笑顔を時々思い出し、想像すること、そして同情して憐れむこと」です。

少なくとも、このおかげで私は腐らずにいられました。

多少のトラウマは残りましたが、生まれ持った優しさや勇敢さ、強さ、自己肯定感、かっこよさ、は失わずに済みました。

自分が素敵だと思う、自信のあることだけは、絶対に否定させない、守り切る、これだけでも、いじめられた後の心はだいぶ違います。


ちなみに私は少々ポジティブに憐れみすぎて、若干いじめっ子を煽り気味でした笑

おかげで今は、ちょっとした武勇伝として、笑い話にできるようになりました(当時は必死だったんですけどね)。

あとは、逃げ込める自分だけの世界があれば、十分だ

いじめられている間は、人との関わりが減る、つまり一人の時間が圧倒的に増えます。

おかげで私は執筆という、大好きなものを見つけることができました。

今、少しずつ好きな仕事ができ始めているのも、もとを辿ればあの2年間が大きかったのかもしれません。

だから、精一杯の感謝と皮肉と「ざまあないぜ!」という気持ちを込めて、いじめっ子には感謝してやりたい気持ちです。


そんなわけで、好きなこと、なんでもいいので没頭してみてください。

ただし、インドアすぎると気持ちが沈むので、外出は定期的に。


ちょっと長すぎたので、ここらで失礼いたします。

この記事が、少しでも誰かの支えや、考えるきっかけになれば、幸いです。

エイでした。












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