見出し画像

優しい嘘

優しい嘘は、悪くはない。
そう信じて生きてきたふしがある。

特に家庭における
優しい嘘は、場の空気を
壊さない、いさかいを作らない。

そんな優しさの現れだと
信じてきたわけである。

でも、本当は気づいていた
のである。

優しい嘘は、自己弁護に終始する、
偏った自己愛であることに。

また、問題を先送りし、
棚上げする行為であることに。

その証拠に、優しい嘘のあとは、
後味が悪かったわけである。

でも、優しい嘘なしでは、
調和を保つことができない。

そのような状況に陥り、
優しい嘘が習慣化された
わけである。

しかし、いよいよもって、
不正直な自分を自分が、
許せなくなったわけである。

自分自身の本音をごまかすことに
耐えられなくなったわけである。

それゆえ、本当のことを
語ったわけである。

包み隠さず、自らの思いを、
語ったわけである。

すると、優しい嘘で作られた
世界が、ものすごい勢いで、
崩壊していったのである。

家庭のみならず、すべての場面に
おいて優しい嘘を重ねていたから、
その代償は、とても大きかった
わけである。

家庭内での優しい嘘を
やめたゆえに、家庭外でも、
本音と建前を使い分けられない。

そういう自分に
なってしまったのである。

でも、優しい嘘で塗り固めた
世界のかわりに、嘘偽りのない、
自分に正直であろうとする。
新たな世界が、現れてきたわけで
ある。

これまでとは違い、
なんとも後味爽やかな
世界なのである。

優しい嘘は、他人も自分も
傷つけるということを、
身をもって体験したのである。

そして、優しい嘘が、
本当の自分の発見を
妨げていたということに
気づいたわけである。

と同時に、優しい嘘を
重ねることで、家族の調和を保ち、
自らの生活を守ろうとしてきた。

そんなご先祖の生き方にも
共感できる自分になったわけで
ある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?