伝統とは何か
大阪で開催中の「本建て正藍染展」期間中の7月8日(土)に、藍染めに携わっている人たちが集い、「伝統とは何か」というテーマでトークイベント「INDIGO SESSION」を行いました。
コロナ禍の頃には考えられないような、満員のお客様がおいでくださった会場で、「あ!!」と気がついた事がありました。
藍や素材と向き合う人たちの共通点
パネリストの皆さんと、私たちの師匠である大川さんの言葉を思い起こしてお話を展開していた中で、印象深い発言がありました。
「肌にトラブルのあるお客様が安心して着ることのできる布を作ろう、優しい布を作ろう、と選択を重ねていった結果、昔ながらの素材や技法を遡って勉強することにつながっていったんです。(本建て正藍染で型染めをされている静岡県の南馬さん)」
「先生はよく「結果が全て」だとおっしゃっていて、それがとても印象に残っています。そして、良い工程が良い結果を生むんです。私は蚕を育てるところからものづくりに携わっていますが、蚕が良い繭を作るには、栄養豊富な良い桑が必要で、良い桑が育つには、良い土が必要なんですね。(養蚕、製糸、染色、織りまで一貫して取り組まれている兵庫県の原田さん)」
このお二人がお話しされていることに耳を傾けていると、素材が持っている本来の良さを引き出すために必要な事に取り組むのが当たり前の姿勢で、主役は自分の技術力ではなく、あくまでも「素材」にある事が感じられます。
それは、私たちが大川さんの姿勢から受け継いだものの一つではないかと思います。
藍の声を聞きなさい。
そしてよく考えること。
藍は生き物だから、今どうして欲しいと思っているか感じ取る事が大事。
そんなことをおっしゃっておられました。つまり、あくまでも作業の主役は藍で、自分ではない。
手元の藍や素材と向き合って、よく考え、心を込めて取り組む。そしてその結果をきちんと見ること。
澄んだ青色に染まると、本当に嬉しいんですよね…藍と心が通じ合えたように思えて。
誰が何を引き受けるのか
また、同じく登壇されていたライターの西川さんも興味深いことをお話しされました。西川さんは、大川さんの取り組みを書籍にして残そうと活動されています。
残されている文献を参考にはしても、全てを鵜呑みにはできない、という話の流れの中でのことです。
「大川さんは、昔の職人はものを書かない、と言っていました。まともな仕事をする人なら、ものを書く暇などあるはずが無いと。」
自分の専門分野に集中していれば、その他のことに費やす時間は無いはずだということのようです。
それは、どれだけ自分の仕事の「結果」にコミットして手を尽くそうとしているか、という事が問われているのではないかと感じました。単純に、腕を買われて商売が大繁盛していた、と言うことでもあるかもしれませんが…。(大変結構なことです…)
けれどここで、少し矛盾する事に触れます。
そう言う大川さんは、オンライン上のブログやSNSで活発に投稿されていました。それは、ご自身の手の内にある技術を次の世代に渡そうというお気持ちが根底におありだったからのように思います。
「藍の勉強をしたい人は、ここへおいで」とおっしゃっていたのでは無いでしょうか。
大川さんのSNSへの投稿は活発でしたが、藍建てや染色の肝心なところはご自身の文章で残される事を良しとされませんでした。それらは全て、大川さんの染め場に駆けつけ講習を受講した人に、手から手へ、感覚から感覚へ、伝えられていきました。
文章だけで伝えられるものには限りがあり、また、形骸化も容易い。どのような方法論を学んだとしても、最後は「自分で考える」事でしかたどり着くことのできない「物事の本質」がある。
その境地へ至るために「どう考えるか」と言うことを、ご自身の経験と姿勢を実際に見せることで私たちに伝えようとされていたのではないか。
職人が「職人の感覚」で得たものは、ご自身にとっては専門外の「文筆活動」で伝えられるものではない。だから、オンラインでの投稿は「ここへ来い。」と言っていたのでは無いかと思うのです。
それは、大川さんの「職人としてのあり方」を引き受けた姿。
そして、そんな大川さんの取り組みを文章にして残そうとされている西川さんも、まさしく「文筆家としてのあり方」を引き受けた姿。
ここでようやく「あ!!私も腹を括らなくてはいけない」と気付かされました。
私も私の持分を引き受けて行きたい。そう思ったんです。それにはもう一段階腹を括って掛からねばならない仕事があるなぁ…
繋いでいきたい。でも軽々しくできない。
トークイベントの最後に質疑応答となった時、1番前の席で熱心に参加しておられた女性がやはり熱心にお尋ねになりました。
「自分で藍を育て、蒅(すくも・藍染めの染料)も作ってみた。それを使って藍建てをしたいけれど、いろんな人がいろんな事を言っているのをオンラインで読んでも分からない。どうしたら良いのですか。」
こんな熱心な人にこそ、ぜひいろんな事を繋いでいただきたい。
でも、大川さんから「いいかげんな事をしてはいけない。教えるということには「覚悟」が必要だよ。」と教わってきた私たちは、まだ自分たちが人に教えられるほどの力量に達していない事がわかっているから、安請け合いできないのです。
「自分から「誤解」を伝えたくないという事と、蒅が足りていないという現状があります。染める人を増やしても、それを続けていける状況になっていない。だから、今はまだ藍建て講習会ができる状態じゃないと思っています。」
同じく登壇された講習会の2期生でデニムデザイナーの齋藤さんが、冷静に現状を踏まえ藍建て講習会を敢えて開催していない理由について述べられました。
藍染め業界全体の問題として、数年前から蒅が思うように入手できない状態が続いており、それが解消できないままでいる事が挙げられます。原料となるタデアイを栽培する農家が減少し続けていることが原因です。
そのため、自分で藍を栽培し蒅を作る染師さんが全国で若干増えました。おそらくこれからも、この流れは緩やかに続くのではないかと思われます。
ですが、染師さんがご自身で作られる蒅は、あくまでもご自身で使われる事が前提の場合が多く、広く一般に流通できる量の製造を計画されているところはほとんど見受けられません。
だから、安心して染め続けられるように、良質なタデアイを育ててくださる農家さんが増えることが、まずは大事。さらに、大川さんから藍建てを教わった私たちがその技を伝えられるくらいに精度を高めていくことも大事なのです。
農家さんを増やす、ということは簡単なことではないので…いずれこれだけをテーマにゆっくり記事を書きたいと思います。
道のりは果てしないですね…
このトークセッションの一部の様子はインスタライブのアーカイブとしてご覧いただけます。↓
それから、このトークセッション終了後、会場にお持ちしていた拙著のほとんどが売れてしまいました…ありがとうございます。
こちらからご購入いただけますので、いつでもご利用ください。
「伝統とは何か」って、みんなで考えながら大事にしたいことを守りつつ取り組みを進めていくことで、「伝統」が更新され続けているような気がします。
考えて動く事をやめないこと。思考停止しないこと。私たちは道の途上にいる。
そうそう、肝心の藍建て講習会については、いずれ再開するために必要なことを仲間達で考え、できるだけ良い状況を整えていく心づもりでいます。
いつとはお約束できませんけれど、気長にお待ちいただければと思います。
「本建て正藍染展」は、引き続き7月17日(月)まで開催中です。ぜひおいでください!!