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まぎらわしい藍 ー天然か合成かー

 関係者も愛好家もモヤモヤし続けている「藍染の品質表示がまぎらわしい件」について、あえて「どれくらいまぎらわしいことになっているのか」整理してみようと思います。割と根深いです。
 なんでまたそんなまぎらわしいところへ潜るのか。まぎらわしくないことを目指すにはどうしたらいいのかを考えるためです。重めの記事になると思います。もう書き始めている今の段階で気分が重いですが、一歩ずつというか一言ずつまいりましょう。


インディゴピュア=天然藍 ではない

 もうたくさんの人が指摘し話題にしていることですが、ここでも改めて整理しておきます。
 藍染に使用される染料について「天然」のものと「合成(人工)」のものとがあり、現在デニムなどの一般的な工業製品に使用されているのは合成のものです。この記事では合成藍と呼ぶことにします。そして、古来利用されてきた植物由来の染料(沈殿藍、蒅)が天然のもので、この記事では天然藍と呼ぶことにします。

 合成藍も天然藍も藍色に染まります。このどちらにも含まれる色素は「インディゴ(化学式:C16H10N2O2)」と呼ばれ、構造式も同じです。
 同じ構造式を持つ色ですから、染色後の生地を見比べて天然藍で染めたのか合成藍で染めたのかを見極めることは困難です。日頃から染色に携わる人は感覚的に見分けることがありますが、一般の方には難しいと思います。

インディゴ(indigo)の構造式 Wikipedia「インディゴ」より引用

 天然藍にはこのインディゴと様々な植物由来の微量成分や菌が一緒に存在します。合成藍は、可能な限り高い純度のインディゴを化学合成して生成したもので、ほぼ純粋にインディゴを含むのでインディゴピュア(純)と呼ばれます。
 この「ピュア」がまぎらわしいですよね。なんとなく人工的なものではない天然素材のような響きを持つ言葉だから、染色に携わっていない人にはまぎらわしい印象を持たれます。

 整理すると、
・同じ構造式を持つ色素が天然藍と合成藍に含まれていること
・染色後の生地で天然藍か合成藍の違いが分かりにくいこと
・合成藍の名前が「インディゴピュア」であること
以上が、藍染の世界をまぎらわしさでいっぱいにしている根っこになっています。

 念の為、ここでは天然が良くて合成はいけない、といった区分はしません。事実として、こういうものが存在しているという点を整理し認識することを目的としています。

染料と助剤 何を選択しているか

 もう一歩踏み込んで、染色の際に使用する染料と助剤についても整理します。
 色素のインディゴは水にも油にも溶けない不溶性の粒子なので、染色の際にはなんらかの化学反応を促す助剤を用いて水溶性に変化させる必要があります。この助剤に様々な選択肢があり、一般の人が完成品を見て一目で違いを見分けられるような性質のものではないため、まぎらわしいことになっています。

 染色に使用する染料を合成藍にした場合、助剤は化学的薬品が使用されます。合成藍での染色は効率と均一性が求められる作業ですから、他に選択肢が必要ありません。だから合成藍の場合はとても単純です。
 問題は天然藍を選択した場合です。天然藍で染色する際の助剤には、天然素材と化学薬品のどちらを選んでも作業ができるので、各工房の思惑や理念に沿って選択されています。
 ここで天然素材と化学薬品の助剤の主な種類と働きを整理してみましょう。助剤は、染色できるように調整するためのものと、その後に甕を手入れするためのものを含みます。糖類に関しては、もう少し細かく分類して使い分けをご案内したいところですが、今回は割愛します。

天然素材の助剤の種類:
 灰汁(木灰を水または湯で撹拌し沈澱させた後の上澄み液)、貝灰、石灰、サンゴの灰、麩、酒類、蜂蜜などの糖類、果物などの発酵液 など
 働き:藍菌(インディゴを水溶性に調整する働きを持つ菌)の生息しやすい環境を整える

化学薬品の助剤の種類:
 苛性ソーダ(水酸化Na)、苛性カリ(水酸化カリウム)、ハイドロサルファイト など
 働き:インディゴそのものを化学反応で水溶性に調整する

 上記の何を選ぶのかは、コストや扱いやすさや目的によって工房ごとに変わります。染料と助剤の組み合わせを低コストなものから順番に並べます。

1、合成藍+化学薬品
2、天然藍+化学薬品(化学建て)
3、天然藍+天然素材(発酵建て、灰汁建て など)

 しつこいようですが、上記のどの方法で染めても、染め上がった生地からどの組み合わせで染めたものかを一般の人が判断するのは困難だと思います。また、どれが優れているとか正しいとか、この時点で主観で述べるのは控えます。
 ですが、愛好家にとってこの紛らわしさは悩ましいものです。天然藍の色合い特有の美しさはもちろんですが、それが土と共に受け継がれていく循環の仕組みに共感し、昔ながらの取り組みが受け継がれていくことを望むものにとっては、確実に「天然藍+天然素材」で染められたものに票を投じたい。
 そうなんです。藍染っぽい雰囲気のものならなんでもいい場合なら問題にならないことですが、ある程度のこだわりや目的があって「天然ものの藍染」を入手したい時、このまぎらわしさは高い壁となって立ちはだかる場合があります。

数多ある呼び名や承認名称

 さらに踏み込んでまいりましょう。
 明治期にものづくりの現場で使用される素材・技術・道具に様々な変化が進むと、その反動のようにして大正15年(1926)に民藝運動が始まりました。染色においては藍染に合成藍が用いられ始めたのと同じように、他の色も合成染料が使用されるようになったことで、古式ゆかしい天然由来の染色と合成染料の染色を分けて認識し、伝統的な染色の復興と養蚕農家の不況対策につなげるべく「草木染め」という言葉が文学者の山崎斌(やまざき あきら)によって生み出されました。山崎氏は昭和5年(1930)、東京銀座資生堂において「草木染信濃地織復興展覧会」を開催し、草木染めの認知拡大に乗り出しました。
 その一方で、昭和7年(1932)には三井鉱山の一部門が合成藍のプラントを建設し、国産化に成功しています。染織業界では、合成藍の市場進出がますます進むとみなされていたと考えます。

 そんな流れの中で、染織の染料が「合成染料」なのか「天然染料」なのかを明確にジャンル分けする動きが活発化しているのです。大きくは草木染めに含まれる藍染も「正藍染」「本藍染」などの言葉が順次生み出されました。これは民間の各地域や工房の取り組みに合わせて生まれた言葉で、明確な認定機関や判断基準が定められてはいません(つまり、言った者勝ち)。
 そしてこうした言葉を使って、さらにまぎらわしい現象が起こります。

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