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「インドの呪い」を避ける方法 ~ ビジネスマンがインドで「退化」しないために (2/2)

(今回の投稿は、前回の投稿の続きです。インドでの仕事や生活を経て、自分の仕事観・身体的健康・人間への気遣いなどの複数の能力が退化してしまう現象を、「インドの呪い」と名付け、特に深刻な次の三つの呪いについて解説しています。

呪い① 自身の‘‘インド民‘‘化
呪い② 健康状態の劣化
呪い③ 家族関係の悪化

今回は、②と③に関しての投稿となります。)


呪い②  健康状態の劣化

インドの呪いの二つ目は、「健康状態の劣化」である。
体が資本のビジネスマンにとって、健康状態が劣化することは、重要な戦闘能力の低下・退化だ。衛生・医療環境が良くないインドにおいては、下痢や発熱などの日々の体調不良は言わずもがな、喘息やガンなどの長期的な健康状態の悪化を誘発するリスクが日本よりも高い。特に一年の半分程度を深刻な大気汚染に見舞われるデリー・グルガオンをはじめとする地域に居住する駐在員は、この呪いのリスクが大きい。それ以外の地域でも食生活や水や食料の品質に問題があるため、ただ生活しているだけでインドの呪いは体をむしばんでいく。
私自身も体を何度も壊したり、他の駐在員が重篤な症状を患った経験から、この呪いに対応する具体的方法を、次の通り列挙していきたいと思う。

 心がけたい生活パターン

  1.  適正体重管理

  2.  積極的な野菜摂取、質へのこだわり

  3.  油や肉食控えめ

  4. 口に入る水は必ず浄水されたもの

  5. お菓子と外食はほとほどに

  6. 空気がきれいなところに住む

  7. 屋内空気環境を意識

  8. 睡眠時間の確保

  9. ビタミンD生成のための朝散歩やヨガ、不足ビタミンのサプリ

  10. 定期的なスポーツ習慣

  11. 年二回の人間ドック 


栄養面への配慮

リストの①から⑤については口から摂取するものや栄養管理に関連する項目だ。何も考えずに油と糖質が多いインド料理を食べ、日々の車通勤が続くと、体重は増加してコレステロール値が高くなる。もとよりインドの現代社会の生活習慣は不健康極まりなく、高血圧や糖尿病が国民病のようになっており、極めて貧困な層を除けば肥満体の者が多い。インド民の生活習慣を単純になぞっていくと自然に不健康になっていく。
何よりも分かりやすい健康のバロメーターは体重である。適正な標準体重を維持することをターゲットにおけば、摂取するものや運動習慣などへの波及効果も大きい。インド生活では品質のよい生野菜をリーズナブルな価格で手にいれることが難しく、冬は大気汚染で外にも出にくい生活を送るので、日光によって生成されるビタミンDを中心にビタミン不足に陥りやすい。野菜スープを作るなどの工夫をして効率的かつ積極的に野菜とビタミンを摂取していく必要がある。肉や油は控えめにすることも体重やコレステロール管理に役立つ。鶏肉以外のおいしい豚肉や牛肉が手に入りにくいので、幸か不幸か肉を摂取する機会は減るだろう。水が重要なことは論を待たないが、単にお腹を壊すからという理由意外に、建物に敷設されているタンクの洗浄や公営水道のパイプのクオリティ維持が不十分なことによって発生する重金属の体への蓄積を避けるという側面もある。

空気への配慮

 ⑥と⑦は空気についての配慮である。インドの深刻な大気汚染の状況とその影響については、既にこちらの記事で解説した。この影響を抑えるためには、住居を選択する際に大気汚染の影響の少ないエリアを選択することである。同じデリーやムンバイといった大都市の中でもエリアが違えば車の交通量や工場などの数も大きく違い、大気汚染のレベルに差がある。大通りに近いかどうかも実際の住居の大気環境に大きな影響を与えるので、その点も考慮して住居を選択したい。当然、室内空気環境の整備も重要だ。比較的大気汚染の影響が少ないエリアに住んだとしても、最悪の季節にはデリー・グルガオンの大気汚染は深刻になるので積極的な対応が必要だ。家を選ぶときは窓が木枠で構成されている家を避けたり、屋内の空気環境をクリーンに保つための強力な空気清浄機を複数台設置したり、外気が入ってくるのを防ぐスキマテープなどを駆使するなどの配慮をしたい。

生活習慣への配慮

 ⑧から⑩は生活習慣についてである。睡眠時間の確保はとてつもなく重要だ。日本では多少無理して抵抗力が弱っても風邪やウイルスによる病に頻繁にかかることはないが、インドの場合、睡眠時間を削って少しでも体が弱ると一気に体調不良が発生する。朝の散歩やヨガのような定期的な運動習慣を取り入れて意識的に体を鍛えておくのがよい。毎日の運動習慣がないと駐在員の生活は家と会社を車で往復するだけなので、一日の歩数が3000歩くらいになってしまう。朝のヨガや運動で朝日を浴びることは、インドで不足しがちな前述のビタミンDを生成する効果もある。インドで起こる原因不明の体調不良は大気汚染を避けて冬の間を屋内で過ごした結果起こるビタミンD欠乏が原因で起きているケースも多い。インドの病院に行くと、しきりにビタミンDのドリンクを進めてくるのはそのためだ。
 
最後の⑪は他の記事でも繰り返し述べているように、人間ドックを確り受診することを勧めたい。どんなに気を付けても、病気になるときは病気になる。日本と何もかも違うインドで何年も駐在員生活を過ごして完全に健康体を続けることは簡単ではない。ガンをはじめとする深刻な病気が進行しているかもしれない可能性を念頭において、年二回の人間ドックは徹底し、「インドの呪い」が健康状態を劣化させるのみならず命を奪うことを阻止したい。
 


呪い③  家族関係の悪化

インドはストレスが多い。上司と部下の板挟みのみならず、全く異なる文明・文化との板挟みである。もちろん、インドよりも危険な地域や発展していない地域はアフリカをはじめ多く存在する。しかし、不思議なことにインドとアフリカの両方を経験した駐在員からは、「アフリカ駐在のほうが気が楽、ストレスが少ない」という声すら聞こえる。インドが何故これほどまでに我々日本人にとってストレスを与える地域なのかは、単純な身体的な危険以上に日本人との文化的・心理的なミスマッチという理由もあるだろう。(詳しくはインドストレスについて分析したこちらの記事で考察している)

インドのストレスを上手くコントロールできればいいが、この地にはストレスを発散させる娯楽手段は少なく、蓄積されたストレスが家族に向いてしまうこともある。最も親しく大切な人間にストレスによる攻撃性が向いてしまう現象は、非常に典型的なストレス反応の一つだ。これによって大切な家族との信頼関係にインド駐在中に亀裂が生まれる場合がある。実際にインド駐在を経て離婚に至ったケースや、配偶者や子供に配慮が欠けた状態になってしまったケースを私も見てきた。こういった「家族関係の悪化」が三つ目のインドの呪いである。

配偶者や家族が抱えるストレス

インドで勤務する者だけでなく、帯同する配偶者や子供の側も不便とストレスを抱えることになる。まずは前述の「インドの呪い②」で述べたような健康面の不安がある。インド民自身も頻繁に体調を崩しているので、例え駐在期間が長くなったとしてもこれが不安の種であることに変わりはない。
それに加えて、日々の移動の不便さは配偶者や家族に大きなストレスを与えている。インドはいずれの都市も日本人駐在員が自分で車を運転できるような交通環境ではないので、移動は会社が手配する自動車を現地人ドライバーに運転してもらうことになる。これは一見するととても優雅な状況に見えるかもしれないが、実際は窮屈な制約である。ドライバーは家に住み込みではないので、利用したいときはあらかじめ連絡して家に呼んでおかないといけない。彼らは街の中心から1時間以上離れた中流層以下が住むエリアからわざわざ駐在員の自宅までやってくる者が多いので、自由なタイミングで呼ぶことはできない。「事前予約制の個人タクシー」を毎回使うイメージだ。もちろんオートリキシャやタクシー・バス・地下鉄などが都市部にはあるが、安全面やトラブルなども考えると、特に子供連れ・子供だけでこれらを利用することは現実的ではない。車が一家族に複数台供与されているような会社ならまだしも、車が1台という状況においては、駐在員自身が日中車を使っていると家族は車が使えず、家にいるしかない。インドでは駐在員と帯同家家族は実質的に自由な移動が制限された状態になる。この、「ふらっと自由に外に出れない状況」は想像以上に家族にとってストレスは大きい。

さて、帯同家族は仕事が無い状態で何を張り合いにして日々を過ごせばいいのだろうか?インド駐在員の帯同者に発行されるビザではインドで就労することはできないので、家事や子育てを除くと時間を持て余すことになる。これは悠々自適に聞こえるかもしれないが、先進国と比べれば娯楽のメニューや日本人の食指が動くようなレストランの数は圧倒的に少なく、購買意欲をそそる信用に足る物品も少ない。強いて言えば紅茶か布製品か宝石くらいだ。帯同家族ははこういった買い物やヨガなどになんとか楽しみを見出してエネルギーを向けるところを探している。時には何かおいしい料理を作ろうと思っても新鮮な海鮮や肉類をはじめとしてあれがないこれがないという状態になる。手足を縛られた状態での毎日の夕食のメニュー選びや食材の調達は料理好きにとっては不満は大きい。こういった帯同者の日常の不満が、日々職場でインド民の厄介ごとに対応して疲弊している駐在員に逆流し、両者がぶつかることで家族関係が悪化する。

単身赴任者の悩み

 インド駐在員は単身赴任を選択する場合も多い。単身赴任によって家族はインドストレスに悩まされることはなくなるが、当然駐在員と家族との時間は少なくなり、コミニュケーションも減る。そもそもインド生活に抵抗感を覚えて帯同を選択せずに日本に残った家族が、わざわざインドに勤務する者を頻繁に訪ねて来るはずもない。それが3年、4年、5年と続いた時にどうしても家族と疎遠になっていく。その間に子供は成長し、学校の入学などの重要なライフイベントも発生する。日本側で何か大変なことが起こったときでも、日本の配偶者や子供は自分たちでその対応をしなければならない。
 
駐在生活が家族の関係に影響を与えることはインドに限ったことではないが、インドが持つストレス要因が他の国よりも非常に多いので、ストレスの発散の方向が家族に向いてしまった時、そのインパクトや亀裂も大きい。この三つ目のインドの呪いが前者の二つと比べて厄介な点は、駐在員個人の努力でコントロールできる部分が少ないというところにある。インドストレスの原因になっているインドの文化や生活環境は一朝一夕には変わるはずもなく、家族が感じるストレスを肩代わりすることも難しい。できることといえば、次々と発生するしょうもないインドの問題(家に虫がでた・水が止まった・アマゾンの段ボールが開封されている等々)を一つ一つ解決してあげて、足元の不満を減らしていくしかない。



ここまでで、三つの「インドの呪い」について説明してきた。せっかくインドで成長することを期待して駐在を始めたのに、いつの間にか退化してしまっては本末転倒である。「厳しい駐在地域での勤務が成長につながる」という言説を聞くが、インドがそんなお得な地域ならばわざわざハードシップを積んで駐在をお願いする必要もない。そこにはインド駐在によって引き起こされる明確な落とし穴やデメリットがある。今回の投稿で少しでもそれを自覚し、「インドの呪い」をかわしつつ、ビジネスマンとしての真の成長を掴み取る人が増えればよいと考えている。

(以上で今回のシリーズは終わりです。前編の投稿からしばらく日が空いてしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました。)

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