英語上達完全マップ+αの進捗週次レビュー (4/30-5/27)

稲荷えもです。しばらく空いていましたが、前回に引き続き、土曜日までの一週間にやった勉強をレビューしていきます(初回→https://note.com/inariemo/n/n356f8aca39b1)。
記事の構成については、いつも通りやった教材ごとに小見出しが置いてあり、その下の太字部が今週やった進捗になっているという書き方で書いています。
ひとまず日記を公開するためにそれ以下の進捗の部分は前回から手を付けないままにしています。

日記

今、大学院の出願をするかどうか、あと今の学部を卒業するかどうかの判断をする締切のギリギリのところにいます。

最近更新が止まっていたのは、その状況で「思考停止で惰性のレビューを書いている場合ではない」と感じたからなのですが、やはりどれだけ忙しくどれだけ特別な時期であっても週次でのレビューの必要性を感じるため継続します。
紙のノートへの記録はずっと続けており、きっと三十年後にも残って財産になるのはnoteの記事ではなくこの紙のノートへの記録であると思うので、そちらをより大事にしますが、このnoteへの投稿も、一週間を振り返ってその週に何をしていたのかを知ることで、その記録の質を上げることができるため重要です。

僕は、高校生の精神的に弱っていた時期、美大に行くことを考えていました。いずれ芸事をしたいと思っていた、つまり表現で生きるつもりだったからです。しかし、学問を諦めたくない、ここで諦めると何か大きなチャンスを逃すのではないかという気持ちが同時にありました。大学の学部の四年間で学問を修めてからでも遅くはないのではないのではないかと考え、結局美大ではなく総合大学(甲南大学)へ進学しました。
それから四年経ち(休学していたので五年在籍予定で、今五年生です)、ちゃんと学問の価値を感じられる人間になりました。同時に、四年では何も修められないということを知りました。そして今その次の判断をするタイミングにあります。

「学問」とは何なのだろうと思っていたことがありました。例えば、真理を追求する自然科学は学問だろうけれど、語学はどうなんだろう?と思っていました。
コトバンクなどで調べたわけではありませんが、僕が現時点で考えているその定義は、「上下関係がなく、それ自体に価値があること」です。「上下関係がなく」というのは、例えば医師免許を取るための勉強は、日本というシステムに認めてもらうためのシステム上の都合のための勉強で、それ自体が学問とは言えないが、医学それ自体は国に依らず普遍的な価値を持つため学問だと言えるのだ、ということです。

語学は一般的には学問と呼ばれるはずですが、僕はちょっと微妙だと思っています。
まず一般的に、日本ではあまりにも多くの人が資格勉強のようなくだらない動機で語学、というか英語の勉強をやっていると思います。僕はそうではない、というのがこれまでの態度でしたが、最近になって、実は自分もその気があるのかもしれない、と思うようになりました。
例えば、コンピュータ・サイエンス、つまり計算機科学は学問であると思います。しかし、僕は計算機科学に上下関係のない価値を感じてこの学部を選んだかというと、そうではありませんでした。大勢の不幸な高校生と同じで、「社会に必要とされていて職に困らなそうだから」という動機でした。これはつまり、上下関係があって、主体性のない、職業訓練のような動機です。僕の大学時代(というか、その前の大学選び)の最も大きな後悔です。
では、計算機科学が僕にとって学問でなかったとして、語学は僕にとって学問だったのでしょうか?
僕の中で、語学と計算機科学はちょっと似ているところがあります。どちらも「今の社会にとって必要とされている(と一般的にされている)」ことです。これは上で述べましたが主体性に欠く他人本位の判断基準で、自分がそれをするかどうかは全く関係のないことです。僕はもしかすると、語学すら他人本位で、自分で道を切り開くために始めたわけではないのかもしれません。その証拠に、具体的に語学をどう使うのかはイメージが持てないのです。

よく日本の理系の大学の先生は「修士卒だとエンジニア、学部卒だとエンジニアではなくテクニシャン系の職になる」という話をします。それで学生は特に疑問も持たずにそれに乗っかって特に疑問も持たずに就職するか博士課程に進みます。
正直嫌気が差しています。なぜ自分が学んだことが企業に行くか大学で研究を続ける以外に使い道がないのか。同年代しかいないような閉じたところでこれから二年就職のためだけに修士課程にいなければならないのでしょうか?
また、「大学院で研究がしたい」人ってどんな動機なのでしょう?自分にはよくわかりません。具体的にしたいことがあるなら学部卒業後の進路選択の時期にならずとも元々やっているはずです。つまり「具体的なテーマを持っているからそれで学位が取りたい」ということなのでしょうか?そしてその学位は結局就職のためなのでしょうか?
アカデミアの世界で活躍したいという人も自分にはよくわかりません。まず、一つの分野にずっといると僕なら飽きてしまいます。それに加えて、「分野の中で活躍する」のに魅力を感じません。トレイルブレイザー、つまり新しい分野を作って先陣を切って歩くのが僕の夢であるからです。

僕は高校生のとき学問を諦めたくないと思ったと言いましたが、この学問というのが、大学での生活の中で出会えなかったためか、非常に漠然とした「色があって」「社会との接点になって」「小手先の技術ではなくて」というような高校生のときに抱いた抽象的なイメージのまま止まっています。

「小手先の技術ではなくて」という部分についてですが、僕はテクノロジーのことを「学問」と呼ぶのに違和感を持っています。
僕は社会へのアウトプットをイメージして工学的な分野を選びましたが、工学部で学ぶことにあまり学問的な価値を感じていません。つまり、工学部で学ぶことが、学問、つまり「自分の願望を達成するための学び」であるとは思えないのです。というのも、「テクノロジーはいずれ廃れる」からです。

「理系と文系の交差点に立つ」というよく知られた言葉があります。僕が高校生のときに諦めたくなかった学問は、この「理系」の部分です。
「理系と文系」という分け方に否定的な意見があるのは認識しています。この言葉は英語の原文の日本語訳ですが、原文は、"Stand at the intersection of science and humanities"であり、僕が魅力を感じているのはこの"science"です。
もしくは、"Technology alone is not enough; it's technology married with liberal arts, married with the humanities that yields us the results that make our heart sing."という言葉もあります。この場合僕が魅力を感じるのは"technology married with liberal arts, married with the humanities"です。

これら、つまりscienceとtechnologyを選んだのであれば、僕は新しいものが次々と生まれては廃れる「テクノロジー」をこれから学び続けることになります。大学で学んだことがテクノロジーそれ自体でなく「テクノロジーの学習法」なのであれば、

「理系と文系」という分け方に否定的な意見があるのは認識していると言いました。僕も同感です。特に、この分け方だと「数学が得意かどうか」にその境目があるという点に問題があると思います。
僕は、正直数学は得意ではありません。得意でないというのは、「なんか勉強量とか理解度とかと明らかに違う次元で自分より代数の問題を解くのにおいて頭の回転が早い人が大勢いて、自分はそうでないらしい」という認識があるからです。でも、僕は数学が好きです。特に、天才数学者が難問と格闘した話、突拍子もないことを考えて人類を一歩前に進めた話など、つまりサイエンスとしての数学が好きです。そして、きっとその中には自分と同じように「代数の問題を解くのが早い」わけではない人もいただろうな、と想像しています。
「得意である」つまり「計算が早い」ことと、サイエンスとして惹かれるということやエレガントな解法への賞賛の気持ちが別物であるということはよく言われていることですが、

僕は高校生のとき、「工学部なら正直何でもいい」と思っていました。これは、僕の目的が「テクノロジーのブラックボックスを明らかにして自分のものにする」ことであったためです。「それで生きていく」つもりはありませんでした。そして実際に学んでみて、確かに計算機のブラックボックスの部分の理解はそれなりに深まりましたが、今考えると、これは明らかに見通しが甘い選択でした。人生は高校生の僕が思うより遥かに短く、そして大学にいられる期間というのは限られているためです。そして、学習指導要領や大学のアドミッション・ポリシーなどに書いてあるように、教育機関での学びというのが、「自分の人生を切り開く」ためのものであるのだとしたら、僕の計算機科学への動機は明らかに大学で学ぶには値しないことです。

そもそもテクノロジーは当然人が作ったものなので、人の理解の範囲を超えないし、そのタネが分かってしまうと身もふたもないものです(ちなみに人工知能はもはやそれがすべての人間にとってのブラックボックスであるため、当然僕にできることはなく、魅力を感じません)。僕は計算機の中にもっと自然科学のような奥深さを求めていましたが、計算機という対象はその内的な興味をぶつけるには底が浅すぎました。計算機に魅力を感じる人はそれが可能にする人類への貢献の部分に興味があるのでしょう。僕ももちろん、計算機による人類への貢献には興味がありますが、その動機であれば別の対象を選んでいただろうという後悔が残っています。

僕は他の多くの不幸な高校生と同じように、商業主義にひっかかってしまっていたのでしょう。幼少期の僕は、自然科学の魅力を知ることもなく、くだらない商業用のゲームや、くだらない他の商業用のバーチャルなものだけに触れて暮らす不幸な子供でした。両親は僕のことを普通の男の子として育てたかったようなので、それを止めてはくれませんでした。コンピュータはそんな生活の身近なところにあっただけで、価値を感じていたわけではありませんでした。

SVL5

アルク社のSVL12000の5000-5999の1000単語を一つの単語帳として覚えています。おおまかに三等分し、各区分ごとに周回します。

進捗なし

SVL6

アルク社のSVL12000の5000-5999の1000単語を一つの単語帳として覚えています。おおまかに三等分し、各区分ごとに周回します。

進捗なし

番外編

以下は英語上達完全マップ以外の進捗です。

英語圏の作品

英語圏の映像作品を好きなように見ます。今はネットフリックスで人気の作品を英語音声英語字幕で見ています。

進捗なし

読書

読書の進捗です。その週に読んだ進捗と、読了した本があればその書評を書きます。

進捗なし

新聞(BBC, Japan Times, NIKKEI, ASAHI)

「英語圏の作品」のセクションでも触れましたが、新聞は特にパラグラフごとの一文目だけを流して読んでいって概要を理解するというトレーニングに最適なのでできるだけ英語で読んでいます。タイトルにある新聞の見出しをざっくり眺めていくつか読んでいき、それができた日を「○日/一週間」でカウントします。

進捗なし

NHK 高校講座

平日の朝十時ごろからやっている、高校生が学校の授業の内容を復習できる番組です。高校生のとき、授業の内容を満足には学べず、今になって学びたい意欲が大きくなったので見ています。すごく楽しくてどんどん見ています。

進捗なし

絵の進捗です。

進捗なし

来週もこんな感じで投稿します。


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