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戦わないことは、逃げることではない。

勉強できなきゃ、仕事できなきゃ、上手くやらなきゃ・・・。

こういう結果にこだわる思い込みは、自分を苦しめます。

何事も良い状況に転じれば嬉しいことですが、成果が出るまで時間のかかることだってありますし、努力したからといって成果が出るものではないこともあります。

だからこそ、過程に一喜一憂してもしょうがないはずなのに、それでも「結果を早く出さないと!」と、自分を追い込んでしまうことがあります。

それでも成果主義にしがみついてしまうのは、おそらく、戦う姿への美徳があるからでしょう。

スポーツに熱狂する人が多いように、勝ち負けをハッキリさせるものが大好きな人はたくさんいて、戦う姿は美しいとされています。

何とも戦わないより、何かしらと戦って成功を収めるストーリーの方が、見ていて面白いですし、苦しむ姿も含めて、その人のすごさを分かりやすく感じられます。

勝負の概念は、どんなものにも当てはめやすいので、人は何かと戦いたがる癖を持っているのかもしれません。

これは決して、「一番になりたい」「敵を倒したい」というものだけではなく、「落ちぶれたくないから頑張る」、「周りと並びたい」というもの同じことです。

世間の普通から漏れないように、やりたくもないことを頑張っている人は、少なからず「周りと比べて落ちぶれたくない」「肩書きがないのは恥ずかしい」という思いもあるでしょう。

そういう人ほど、無職の人やフリーターの前で優越感に浸りたがります。

それだって、世間からの見え方と戦っていることになります。

しかし、常に何かと戦わなきゃいけないとどこかで思っていれば、すべてが苦行に変わってしまうこともあります。

もう、全てのものが敵に見えてしまって、どう戦えば、自分が勝利できるか、負け組とならないかばかりを考えすぎてしまいます。

24時間、自分の脳内ではライバル、世間の見え方、組織と戦い続けてしまい、自分が休む暇がありません。

そうなってしまうと、何にストレスを感じているのかすらも分からなくなって、行き場を失った混沌とした感情だけが、自分の体内で暴れまわります。

そんなとき、絶対に忘れてはならないことが一つだけあります。

それは、戦わないと決めることです。

誰にも勝たなくていい、世間からの見え方はどっちでもいいと、心に決めてしまいましょう。

とはいっても、それを口に出して宣言すると、「お前、やる気ないのか!」と怒る人もいるので、口にはしなくていいです。

事実として、何とも戦わなくたって、結果を出すことはできます。

もちろん、人によってタイプがあるので絶対とは言いきれませんが、世間や誰かを意識してしまうと、自分の実力を100%出せないで終わることもあります。

本来、目を向けるべきところに目を向けられなくなったり、心身の健康が損なわれてしまったりすれば、より良い結果には繋がりにくくなります。

だから、戦わないことは、逃げることではありません。

戦わない選択が、もっとも自分を輝かせてくれるのです。

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稲本稲三
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