【イナカの家と住人のこと(2024)】20・新たなご縁のはじまりと活動
師がご逝去され、
それまでいかに自分が何も考えていなかったかに気づかされました。
今の自分は何をしたらよいのだろう?
何ができるのだろうか…
もちろんやる事は変わりません。
中学生のときに示唆された「あそこまで行ったら次を教えるからね」のあそこまで、まずは行くこと。
自分の自覚完成がもっかの目指すところです。
ですが師がなき状態でそれのみはあまりにも無責任に感じ、師とのやり取りの内容や自分の現状を確認していきました。
そうこうしているうちに、
友人より師を偲ぶ集まりがあると知らされ伺いました。
たまたま私は友人を介し数名と交流がありましたが、師が開催していた講習会の雰囲気は挨拶こそすれ私語はなく個々面識を持つことはありませんでした。
ですのでその日集まった十数名誰もがはじめましてで、自己紹介をへて個人情報を知ることになりました。(笑)
その集まりの帰りぎわに、お顔は存じ上げていましたがやはりはじめましての師とご懇意の方からご挨拶をいただきました。「あなたのお名前は存じ上げております。師に促され課題(師に提出したもの)を拝見しております…」と。
あまりにも意外なことでびっくりし「コトタマばかです。」ととっさに返答しましたら、真面目なお顔で「そのばかがいいんです。」と。またまたびっくりしてしまいましたが、(笑)
師のおこなってくださったことでご縁をいただき、私にとっての素敵なアドバイザーさんが現れてきてくださいました。
その集まり以後、
面識ができた方々からまずはお話を伺い、コトタマ学に関連した状況を知った上で自分自身の動向をみることにしました。
その結果学び方が定まっていらっしゃらない事が見えてきましたので、ご希望の方々に数回にわたりお伝えする機会をいただきました。
なぜなら…コトタマの学びの作業は自分の心をみていくことにつきます。ですがその方法が分からなければ的確に進めることができず残念なこと。
この部分に関してはお伝えできる状態でしたのでご提案をさせていただき、私にとってはそれが初のコトタマ関連の活動となりました。
またこれらのコトタマ関連の事とは別に、
個人的なことも動いてきました。
それは『私の感覚経験箱』に入っていたものですが…
小学生の時にどこかで機(織り機)を見た瞬間、これをやるんだな!?と思ったことがありました。
ですがこれは進路決めのときに出てくることはなく、
この頃、織りがこないな…と思ってもいたので動きが始まったときには「このタイミングなのね!?」と。
そうして導かれるまま幾つかの織りを経験し、機を購入する段階でご縁があったのがフリースタイルの織りでした。
この織りには正否やうんちくはなくライブ感満載で、私にはぴったりでした。
そして日に日に思いが変化していき、
「みんなもやったら楽しいはず、この楽しさを味わってもらいたい」と、意外にも楽しさの共有感の意識が芽ばえ、織っていながらも織り場でみんなと楽しんでいるイメージがあふれていました。(笑)
また織り手としてのあるあるですが…
織るにとどまらず糸作りや染めなど興味が広がり、ひとまず自分で完結できるようにぼちぼちそちらの初歩も学んでいきました。
そのような形で、
一見両方のことが進行しているようですが、
コトタマの波がきてしまうと他に気がいかなくなり、コトタマばか(自称)になってしまいます。
私にとって、
並立はないことに薄々気づいてきたのが、
この頃でした… (汗)
では、またね。
*画像
マザーリーフ
セイロンベンケイソウ(ハカラメ)
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