【植物SF小説】RingNe【第1章/⑤】
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#葵田葵 ②
透明なソファーが配置された白く広々とした空間に、数台のカメラが設置されていた。そそくさと腰をかがめてやってきたディレクターに別席へ案内されると、既に三田さんがそこにいた。
「葵田さん、はじめまして。三田と申します。今日はお会いできること楽しみにしていました」
三田さんは実際にお会いしてみると、歳の割にかなりお若く見えた。
「葵田です。こちらこそ、今日はよろしくお願いします」と会釈した。
「以前テレビで、その、私が叩かれていた時に、コメンテーターとして出演されている回をお見かけしました。その時なんというか、ちょっと救われました」
「僕、そんないいこと言いましたっけ?」と三田さんは笑い、ディレクターも「そういういい話はぜひ本番で」と笑った。
間も無くして、本番が始まり、話題は自然とゴジアオイ火災の件になっていった。
「実際にゴジアオイ火災を仕組んだのは葵田さんではないのに、すごい正義感ですよね。植物への愛がとても強い方だと思うのですが、その点ダイアンサスと通ずるところもありますか?」
ADのカンペで出されていた話題を三田さんが読み上げた。ダイアンサスは番組のメインスポンサーだった。
あの日、公園で樹木を傷つけていたのがダイアンサスであったことを私はまだ誰にも言えていなかった。ダイアンサスの自然保護活動自体には共感するし、目撃証言程度の小さな火種を放った暁に何かが良くなるわけでもないのだろう。私が見たのは大海に浮かぶ小さなゴミで、それが海全体を現すものではないのだと自制した。
「そうですね。素晴らしい活動をされているなぁと頭が下がります。ただ私は、植物も人間も等しい命で、デウスであっても、そうでなくても平等に扱いたいなとは思います。私の彼はダイアンサスに入っているのですが、入念に無神花認証のものだけを選んでいるのを見ていて、すごいなぁとは思うのですが……」
三田さんは沈黙の意味を察して、頷いた。社内的には肯定しきれないことへの無言の抵抗に見えた。予定されていた最後の質問に行くようカンペで指示があった。三田さんがそれを読み上げる。
「生命が美しいとしたらそれは何故か? ということですが、そうですね……難しい質問です。技術者として美しさを定義するのは難しいのですが、個人的には、バトンを受け取り、そして渡せることに生命の美しさがあるように思います。死による世代交代によって多様性が増し、それが環境変容への強靭さになり種の存続に繋がります。樹木に至っては世代交代の期間が長いので存命中に自らの遺伝子を変えることができますが、親木は朽ち果てる際に全ての栄養を子木に与え、朽ちた後も様々な生物の住処になり、微生物達の食糧になり、石炭にもなっていく。死してバトンを渡していく瞬間に、僕は美しさのようなものを感じます」
「わかる……」と無意識的に呟いていた。
「私は、森にいると生かされているって思うんです。木々のさざめき、鳥の鳴き声、土の柔らかさ、緑の陰、匂い、全ての中に私という生命が等しく存在しているように感じます。そして体内でも臓器が自律して動いていて、自分ではとても制御できないようなことが体内では起きていて、生かしてくれています。なんというか、その奇跡を、感謝を、美しさと呼んでもいいのかなと思いました」
「本当、そうですね」と三田さんは言った。
収録は終わり、各所に挨拶し、いい時間だったと余韻に浸っていたところ、三田さんは一人の男性を連れてやってきた。
「今日はありがとうございました。テレビでお見かけした頃から思っていたのですが、共感するところが多く、それになんというか、こんなこと言うのも失礼なのですが、亡くなった母にとても似ていて。ずっとお会いしてみたいと思っていました」
表情に少しだけ憂いが見えて、私はできる限りの愛情を込めて「私も、今日はお会いできてよかったです」と言った。
「せっかく弊社までいらしていただいたので、もしお時間あれば社内を見学されませんか? あいにく僕は次の予定が入っているので、代わりに田中が弊社をご案内させていただきます」と三田さんの横に立つセンター分けの若い男性が会釈をした。なかなか社内を見ることができないと言う渦位さんの言葉を思い出していた。
「ありがとうございます。それではせっかくですので。あ、そういえば、渦位瞬さんが三田さんに会いたがっていると言っていましたよ」
三田さんはしばらく彼の名前を思い出すように顎に手を当てて考えた。
「僕が知る渦位さんは遠い昔に出会った少年なのですが、もう少年ではないのでしょうね。まだ覚えてくれていたとは……。もしまた会ったら僕もぜひ会いたいと、伝えておいてください」と言った。
私は笑顔でそれを承り、田中さんの案内でNDAにサインをしてから、後ろに着いていった。
田中さんはすり足のように歩き方が特徴的で、足音がほとんどなかった。私のパンプスの音だけが廊下に響き、なんだか忍びなかった。忍べてなかった。
「ここがRingNeのデータセンターです」
大きな扉が自動で開くと、複数の大きなモニターが並ぶ部屋が現れ、野鳥の声が聴こえる。ミソサザイやヨタカの声。
「ほとんど無人ですが、RingNeの情報管理は主にここでしています」
モニターには名前や年齢などデモグラフィックな情報が次々に更新されている。それを不思議そうに目で追っているのを田中さんが気付く。
「あれは死者のリアルタイム情報です。脳死したBMIから自動的にこちらに転送されてくるようになっています」
文字列は毎秒更新され、先ほど見ていた名前は既に画面の外に追いやられていた。世界はこんなにも変わりがないのに、人は滞りなく死んでいる。緑色のテキストは川の流れのように流動的で、不謹慎ながら見ていると何故か心が安らいだ。
部屋を出て廊下を歩いていると、ガラス張りの部屋にシロイヌナズナが何本も生えているのが見えた。シルバーの機械類とのコントラストが不思議な光景だった。シロイヌナズナが植えられた鉢は機械的で見たことない形状で、そこには何本ものケーブルが取り付けられているようだった。
「田中さん、あれは何をしているのですか?」
「あぁ、あれは、ちょっとまだ社外秘なのですが、ざっくりいうと植物に人の意識を転送する実験です。プラントエミュレーションという技術を開発中でして」
聞き慣れない言葉、空想科学のようなアイディア。気になって聞き返した。
「プラントエミュレーション」
「はい。ご存知の通り植物には中枢神経がないですが、ナノマシンに入れた人工ニューロンを植物にインプラントし、培養し、人の意識に近い模倣内的モデルを作ります。あの鉢型のデバイスは人でいう大脳新皮質の役割で、植物を通して感じている感覚を、内的モデルの情報をエンタングルメントさせ、注意スキーマを通して情報を意識として知覚することができます。意識状態を音声変換して外部モニタリングすることも可能になる予定です。鉢皿はソーラーパネルになっているので、太陽がある限りは自律して起動し続けます。はじめは内的モデルが適応するまで無意識状態が続きますが、しばらくすると一つ一つの感覚を言語的に知覚しはじめます」
理論は分からないが、森と一つになるような感覚を思い起こしていた。あれをもっと鮮明に知覚できるのであれば、それはすごい。しかし人間の感覚野を遥かに超える植物たちの情報量に、人は耐えることができるのだろうか。
「危険はないのですか?」と聞いた。
「来年、ヒトでの臨床実験があるのですが、そこで判然としてくるかと思われます」 安全確認ができてから人で臨床するはずではと思ったが、それ以上は言わなかった。その後いくつかの部屋を周り、オフィスツアーは終了した。エントランスでLEDの光を浴びて生長する白い大木の醸す不自然で自然な営みが、この企業に持った印象そのものだった。
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