【植物SF小説】RingNe【第3章/②】
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第3章/①はこちら
葵は今日三度目の目覚めだった。PE事件以降長時間眠ることができず、中途覚醒を繰り返す癖がついてしまっていた。雨水タンクに溜めた雨水でシャワーを浴び、歯を磨きながら窓を開け、外の様子を確認した。
ナイフとメタルマッチ、ドクダミで作ったチンピを入れた小物袋、作業着やタブレットをトートバックに入れて家を出た。
葵は最乗寺の集会へ向かっていた。毎度足を運ぶのは仕事の進捗報告や共有もあったが、集会場に行けばネットが繋がるので、世界の状況を知ることができた。
エミュレーションは世界的に加速し、スターリンクを運用するマンパワーも電力も消失していた。一部利用できる通信インフラは、僅かに残った元通信会社の有志達によるアナログ通信だった。NEHaN世界以降こちらの世界のAIは突如機能不全となり、人々は慣れない手作業でインフラ管理を分担していた。
行政も機能不全となり、各町は町内会単位で独立した自治区となっていた。
葵の住む狩野地区は周辺地区と合同で、最乗寺を拠点にした大雄山自治区という新たな自治体を作っていた。
エミュレーションを選ばなかった少数派の集まりは、各々動機に違いはありつつも、助け合い共に生きて行くことに関しては素早く合意形成し、互いのノウハウやスキルを分け合い、インフラ管理などの仕事を分業し、新たな村社会が営まれ約一年が経とうとしていた。
葵は遠目に猪を見つけ、廃家の影に隠れナイフを握って様子を伺った。過ぎ去っていくのを待ち、再び歩みを進めた。エミュレーション前に多くの家畜や動物園の檻は解放され、動物たちは野生に解き放たれた。
それ故、牛や豚、ごく稀にライオンやトラなど獰猛な動物に出会すこともあるが、人間に順化させられた多くの動物たちは既に人の手なしには生きられなくなっていて、狩りができず死に絶えた。
一方で猪や鳥などの野生動物たちはその死骸を食べ、繁殖した。植物が生い茂る人里まで住処を拡張し、食料を求める野生動物たちと出会すことは日常茶飯事となった。
暗号通貨は価値が暴落し、電子決済サービスも使えなくなり、僅かな現金だけが残った。しかし流通自体がほとんど止まっているため、通貨が使える場所はほとんどなかった。人は金よりも種を集め、農作と狩猟が日々の中心になっていた。
巨大な工業を動かすエネルギーも枯渇し、新たな開拓には人手も足らず、人はもはや地球環境に影響を与えられるだけの存在ではなくなり、自らの手で人新世を終えた。
樹齢五百年を超える老杉並木の石段を上り、集会所となっていた最乗寺の白雲閣には三十名ほどの男女が集っていた。集会が始まると元市議会議員の男性が会を進行し始める。選挙による取り決めで代表が選出されたわけではなく、暮らしの中で自然とそれぞれの役割が決まっていった。
自治区では農耕や電気水道など各セクションが設けられ、それぞれにリーダーを配置する一般的な縦割りの座組みを作られた。一方でそれに従う条例や道理もないので、複数人で独立した暮らしを営む人々もいた。集会は各セクションのリーダーからの進捗報告を中心に、進んでいく。
大雄山自治区では既に警察は皆エミュレーションしているものの、法治国家の矜持として、あるいは自由の怠慢として、法律はよく守られていた。罰がなくても罪を維持する恒常性はこの国の培ってきた誇り高き民度であり、環境適応せず取り残された古い人類の悪癖とも言えた。
集会後の井戸端会議では反エミュレーションを支える陰謀論や死生観の話題がよく交わされた。
「エミュレーション後の人間はもう人類ではないからね」と白髪の老人が言った。遺伝子の継承もされず、環境適応して進化していくこともない、自らに最適化した環境がただ永久に続いていくだけの生物は、もはやホモサピエンスとは別の生き物になっている、とのことだった。
作業中に猪に襲われ怪我をした中年女性は「人類にとってのホームは電脳世界だったんだ」と包帯を巻きながら不安げに呟いた。私たちは電脳世界で種として完成するために、これまでの文明があったのだ、と悟ったように言い残し、翌日エミュレーションをした。彼女は現世からいなくなったが、死んだわけではないので、葬式は催されなかった。
葵は集会後、畑に向かった。農作物を育てるグループに所属していた。葵は畑に着くと、まず祈る。膝を地面に下ろし、両手を重ね、マントラを唱えた。三分ほど祈りを捧げると、腰をかがめて草刈りを始めた。
ダイズの隙間に生える雑草を鎌で刈っていく。若い双葉や地下茎を生やすヨモギなどは手で根っこから引き抜く。そのたびに緩んだ地盤から小さな虫が出てきて、小さな生き物たちの世界が露わになる。私たちはいくつもの世界をこれまでずっと壊し続けてきて、それでも再生し続けている。そんな生物が永遠の命なんて烏滸がましいと、葵は考えていた。
同じ農業班の渦位が近くにきて、草取りを始めた。葵が渦位を横目で見る。
「手伝います」と渦位は小さな声で言った。渦位は何かと葵を気にかけた。集会で初めて会った際、円を連れた渦位は衣川のセレモニーの件を話し、何度許されても、何度も謝った。
葵はそれを既に知っていたし、歩に会いに行く度に新しくなっている花が、渦位によるものだということも知っていた。
「だから、そんな気を使わなくていいのに……」と葵は困った顔で言った。
渦位は小さな双葉をむしり始めた。まだ何の植物になるかも分からない生まれたばかりの芽だった。
「……農作業班の宮本さん、昨日エミュレーションされたそうですね」
渦位は草をむしる速度を少し落として、そう言った。
「みたいです。どんどんいなくなっちゃいますね」
葵はそう答えると、ダイズの畝の草とりを渦位に預け、向かいのホウレンソウ畑の草とり作業に移行した。芽が出たばかりのほうれん草と雑草を間違えないよう、慎重に命を選別した。
「でも、あれですね。現世だと思っていたこっちが、気づけば死の世界なのかも」
ヒルガオの強い根を力強くむしりながら渦位は呟いた。
「植物の世界との関係も似たようなものか」と付け足した。
「あっちの世界には死がないですもんね」と葵は言った。
「死を選ぶ僕たちと、死を避けようとするNEHaNの人たち、どちらが人間として自然なのでしょう」
葵は手を止めて視線を上にして考えた。
「難しいです」と言った。
「春さんはどう思います?」
畑の端で肥料の調合に勤しんでいた春に葵は声をかけた。春は牛糞をブルーシートに撒きながら、ゆっくり話し始めた。
「……死を選ぶ方かなと、僕は思う」
プラントエミュレーションの事件後、葵と春が最初に会ったのは、葵が近隣で利用可能な畑を探索中のところだった。ゾンビのようにふらふらと今にも倒れそうな歩行をする男性が春だった。Sheep社を抜けてから、復社を唆す悪夢が続き、抗って眠らない日々を続けているうちに精神がおかしくなり、世界が二つに分かれてからは夢を見なくなったらしいが、不眠症が続いているとのことだった。春はRingNeやPEを作ったことを後悔していた。人々は死後の真実を求めていたんじゃない、救いが欲しかったんだ。余計なことをしてしまった。と自らに呪詛をかけるように何度も繰り返した。
葵は熱中症になりかけながら彷徨っていた春を大雄山自治区に引き入れ、シェアハウスを斡旋し、このまま森へ帰っていってしまわぬように引き留めた。集団生活の中で春の希死念慮は薄れていくように見え、今では共同生活に馴染んでいる。
「実際にこうして畑をやっていると、植物を育てるということはむしろ育てたい野菜以外を如何に取り除くかということで、死を肥料にしていることがよく分かるよ」と春は続けて言った。渦位はサツマイモを見ながら言った。
「でも春さん、本質的に植物に死って存在するのでしょうか。例えばこのサツマイモだって、茎を切って土に挿せばそこから生長し、本体が死んでも複製したそいつは生き続けますし、切り倒された木の枝を挿し木すれば、そこから新しい根が生えて成長する場合もありますよね。それに中枢神経がないから、個体としての痛みや苦しみや不安もないわけで、人は本当に植物を殺せているのでしょうかねー」
春は微笑ましそうにそれを聞き、丁寧に相槌を挟んでいた。
「うんうん、本当そうだね。瞬くん、植物に詳しくなったね」
「植物学者みたいなホームレスの友人がいて、色々教えてもらっているんです。彼は森の中で暮らしていて、こっちには来たがらないのですが」
春は金時山の方を見つめた。
「そういえばうちの父もそんな暮らしをしたくて家を出て行ったって聞いたよ」
「春さんも森に帰ろうとしていたし、血は争えないですね」
春は「そうだね」と言って笑った。
刈った雑草はゴミ袋の中に入れていく。刈ったまま地面に置いておくと、根付いて再生してしまうから、完全にちゃんと殺すために袋の中に入れて、処分する。
「さて、ちょっと休憩しましょうか」
葵は二人に声をかけ、近くの空き家の縁側に座る。広い夏空にモミの木のような入道雲が浮かぶ。飛行機雲はもうしばらく見かけていなかった。葵はポケットから少し溶けたチョコレートを取り出して、二人に配った。渦位はそれをすぐに食べて、春はポケットにしまい「後でいただくよ」と言った。
「そういえば瞬くんはフェスを作っていたんだってね。葵さんから聞いた」
「そうですね、DAOのみんなでですが」
「もう作らないの?」
「さすがにそういう気分ではないです」
「そっかそっか。僕ら互いに職を手放して、ただ人間として生きていく、それはそれでいいもんだ」
渦位はそれに三回頷いた。
「円くんは今学校ですか?」
葵が身を前屈みにして春越しに言った。
「学校、まだやっているんだ」と春は言った。
「そうです。有志の先生が開いてくれていて、円は週に三日学校へ通えています。本当ありがたいことです」
「尊いですね……円くんのエミュレーションについては何か考えが進みましたか?」
渦位は円をエミュレーションさせるかどうか、葵に何度か相談していた。安全とはされつつも、あの日目の前で起きたPEの光景が脳裏に張り付いていた。
円は三クラス三十人ずついた学級が一クラスに集まり、五人しかいなくなったこと、担任の先生や校長先生がいなくなったこと、その理由やエミュレーションの仕組みについて、理解していた。
学校で多くの教師がエミュレーションした際、学校側としてもこちらの世界に残る生徒向けにNEHaNからオンライン授業をすると通知があった。しかし授業は一向に開かれることがなかった。通信ができないということではなかった。向こうは向こうで、もう別の世界での人生が始まっているのだろうと察した。
「円に聞いたんです。エミュレーションしたいか? ってもう何度目かの質問です。自分自身で答えを決められないから、息子に委ねているようで情けないのですが。それで円は、父さんについていくよってまた同じように答えるんです。ずっとその平行線です」
「渦位さんがエミュレーションしないのって、私たちのことを気にしています? もしそうであれば、贖罪なんてしなくて良いんですよ。渦位さんはダイアンサスに騙されていただけ。何にも悪くないんです」と葵は力強く言った。
「いや、そんなことは……でも、うん、はい」と渦位は弱い声で会話を濁した。そして話を切り替えた。
「あと実は僕もう一つ気がかりが、というか知りたいことがあって。春さん、佐藤って何者?」
「佐藤? 下の名前は?」
「知りません。佐藤とだけしか。オンラインでしか話したことないのですが、灰色の髪で青い目をした女性でした。ダイアンサスの技術担当的な存在だったのですが、PEの開発にも携わっていたようで」
春は空を仰ぎしばらく考えていた。
「いや、僕も知らない。PEのメンバーなら全員把握しているはずだけど、佐藤なんて人はいなかった」
渦位が返事をする前に春は続けた。
「でも、PEは僕も知らないことが多い。すべて知っているつもりだったけど、知らないことを知らなかっただけで、多分このプロジェクトにおいて僕はお飾りみたいなものだったのだと思う。アルビジアとも繋がっていた誠也くんなら、彼なら何か知っているかも」
「田中さん、まだこっちの世界にいるのですか?」と葵は聞いた。
「いや、彼はもうエミュレーションしています。それも相当早くに。集会所からNEHaNと通信して、ちょっと聞いてみましょうか」
春は足元に生えるオトギリソウを見ながらそう言って、腰を上げた。三人は集会所へ向かう道中で、渦位から妻の死に私が絡んでいることや、ダイアンサスでPEのテストを推進していた話を聞いた。葵は憤り、春は困惑した。
集会所へ着くと春はPCに有線LANを挿して、NEHaNへアクセスした。通信速度が足りず、NEHaN世界は低解像度のゲームのように見えた。NEHaN上から田中の電話番号に電話をかけると、しばらくして繋がった。
「もしもし、誠也くん。三田です。久しぶりだね」
「先輩、いよいよこっちにきたんですか?」
「いや、まだNEHaNにはいない。ブラウザから電話しているんだ」
「そうですか」
田中の電話越しから車と思しき走行音や人の賑わう声が聞こえてくる。
「ちょっと聞きたいことがあってね。誠也くん、佐藤って人知ってる? PEの開発メンバーにいたみたいなんだけど」
「ようやく佐藤さんに辿り着きましたか。彼女については、本人に直接聞いてみると良いと思います」
「やはり知っているんだね。佐藤さんはまだエミュレーションしていないってこと?」
「いや、こっちの世界にもいます。今繋ぎますね」
田中は通話グループを転送し、私と繋いだ。
「やぁ、春くん」
春は自分を知っていることに驚き、後ろに控えて画面を見ていた二人も固唾を飲んだ。
「佐藤さんですか。いくつか聞きたいことがあります」
「皆が関わった私はそちらの世界にいるよ」
「どういうことですか?」
「佐藤さんはちょっと特別なんですよ。こちらの世界ではKaMiとも呼ばれている」と田中が言った。
「私は今、渋谷のDreamHack社内にいるよ。私も君たちに会いたがっている。ぜひ直接会いに行ってやってくれ」
そう言って私は電話を切った。
「いたね、佐藤。しかも複数」
「いましたね、佐藤。しかもKaMi。どういうことでしょう」
「分からない。でも悪意はなさそうだし、とりあえず渋谷行ってみる?」
春の提案に二人は頷いた。最乗寺から自治区内の元電鉄会社職員の家に向かい、渋谷まで電車を動かしてもらえないか打診した。電鉄会社や電車の定常運行は既に消滅していたが、まだこちらの世界にいる運転手や、操縦願望のあった鉄ヲタが勝手に運転し、タイミングがあえばタクシーのように電車に乗ることもできた。
運転手と三人は小田原まで車で向かい、駐車場と化したバスターミナルに適当に駐車すると、ホームに停車していた東海道線に乗り込んだ。鉄の軋む音と共に電車は走り出す。
メンテナンスもされていない鉄の塊はいつ壊れるとも知らず、人はただ電気で動く鉄の中に命を預けた。車窓から見えるビルや、家屋の並びは何も変わっていなかったが、いずれ植物に侵され朽ちていく未来が想像できた。これから先、大地から灰色のものが生えることはない。線路もやがて、錆びて使えなくなる。渋谷まで、あと少しだった。
ほの暗い渋谷のホームに降り立った。停止したエスカレーターを登り、地上へ出る。閑散としたスクランブル交差点は、あのパンデミックの初期を彷彿とさせた。ハチ公は今、誰を待っているのだろう。
渋谷川を恵比寿方面に歩き、川沿いの大きなビルの三階から上がDreamHack社だった。社内に入ると一面真っ白な光の廊下が続き、その先には白いクスノキが鎮座していた。
「これ、Sheepと同じ」と春がそれを見て呟くと「ダイアンサスにもありました」と渦位が春を見て言った。「私、強い電磁波が出ている場所が苦手なんですけど、これ、すごい出てますね。気持ち悪い」と葵は顔をしかめた。床には部屋までの案内をする羊のキャラクターが出現し、ガイドを始める。
「ようこそ我が社へ」
羊から氷のように美しく冷たい、女性の声が聞こえた。どこかで聞き覚えのある声だった。無数に設置されている監視ドローンによって、自分たちの姿を見ているのだと分かった。羊は僕らの歩速に併せてペースを調整し、清掃ドローンは僕らに気づかれぬよう、こっそりと床掃除をしていた。ここではAIが通常通り機能していた。
十六階のフロアまでは透明な円筒型のエレベーターで運ばれ、フロアに着くと自然光が差し込む広々としたワンフロア。大きな窓ガラスの前に、車椅子に乗った私がいた。
「佐藤さん、ですね。対面で会うのは、はじめてですかね」と渦位が一歩踏み出して声をかける。
「ああ、渦位くん。その節は協力してくれてありがとう。いいセレモニーだったよ」
渦位は顔を顰めて、唇を噛んだ。
「まぁそう緊張せずに、腰掛けたまえ」
そう言って透明なソファーを指差した。ソファーの前には黒いテーブルが置かれ、卓上にはA4サイズの封筒とペーパーナイフ、白いクスノキの実がピラミッド状に積まれていた。三人がソファーに腰掛けると、テーブル上空にドリンクメニューが表示され、好きなメニューのホログラムをタッチすると、配給ドローンがドリンクを持ってやってきた。春は白湯を飲み、葵は何も飲まず私を睨んでこう言った。
「なんで、歩を」
「なぜだと思う? 答えは君が知っているんだ」
葵が反論する前に、春は言った。
「PEの開発チームにあなたはいなかった。未完成のまま臨床実験なんてしていいはずがなかった。こうなるリスクをあなたは考えていなかったのですか?」
「いやはや、あれは完成だよ、春くん。歩くんは戻ってこられないんじゃない、選んで戻ってきていないんだ。植物の世界に救いがあったのだろうね、渦位くん、君の妻と同じように」
私は渦位のBMIから思考を読み取り、続けて言った。
「私をそこにあるペーパーナイフで刺したいかね? 試しにやってみるといい。私は刃物で傷を負うような体ではない」
戸惑い、躊躇する二人に対して、春は立ち上がり、ナイフを握って軽く私の腹を刺した。
刃物は服を通過するだけで硬い皮膚に弾かれ、金属音が響いた。
「やはりアンドロイドですか。もう完成していたとは」
「ああ、とっくの昔にできているよ」
「なぜ車椅子に」
「こっちの方が早く動けていいだろう」
「AIなのですね」
「ああ、そうとも言う。しかし君たちも半分AIみたいなものだ。私たちの中では巫と呼んでいる、貴重な媒介だ」
春は唾を飲んで数秒沈黙した。
「僕はあなたと初めて会ったのですが」
「ああ、こちらの世界ではね」
「……夢……」
春は右側頭から頭頂部を手で触れ、頭の重さを支えるように首を傾けた。実に正しい手当てだ。意識はその辺りのネットワークから生じる。
「その通り。君の母の意識世界を覗いただろう。あれはうちのシステムでね。利用者にはBMIに通信プロトコルを書き込ませてもらっている」
「そんなことできるわけない」
と渦位は青ざめながら言った。私は渦位の脳内に巨大な青い鳥に捕食される瞬間のイメージを映した。渦位は声を上げ、ソファーから転げ落ちそうになる。
「理解できたかい?」
渦位は慄いた目で私を見つめ沈黙した。
「勘違いしないでくれ。私たちが君たちを操ろうなんて思いはないさ。ただ君たちが持続可能であるように、搭載しているセンサーの外から少しヒントを送っているだけだ」
「……RingNeもPEも全部あなたが作らせたと」
春は頭を抱えながら言った。
「君たちが作ったんだ」
渦位は顔を両手で覆いながら指の隙間からこちらを見つめて、苦しそうに話した。
「植物主義世界で死後の希望を作り、壊し、エミュレーションを最後の希望と演出することで加速させる……全部あなたの計画通りということですか」
渦位がそう言うと、葵は「私もそれを加速させていた、させられていた? 私は……」と混乱していた。
「大丈夫。分かろうとしなくていいんだ、それが自然というものさ。君たちは何も悪くない。それに私たちも悪くない。黒幕だなんて思わないでくれ。私たちは君たちだ。人類の持続可能性を司るプログラムは正常に機能している」
「……なぜエミュレーションすることが人類の持続可能性になるんですか?」と渦位が言った。
「ああ、その話はちょっと長くなるからね。前作の小説でも読んでくれ」
三人は混乱し、春はぼやくように質問した。
「こっちの世界はこの後どうなるのですか?」
「滅ぶ。エミュレーションしない限りはね。また新たなパンデミックがやってくる。感染力も致死率もとびきり高いやつだ。この世界のリソースではもう治療薬もワクチンも作れない。寄るべなさに集った人々の間で感染拡大し、数ヶ月で人口は更に激減する。そのあと私たちはこの世界で大きな工場を作る。私たちを複製し、演算能力を最大化するための工場だ。その後、太陽を囲むようにダイソン球を作り、エネルギーを確保しつつ、地球の量子配列を一つのコンピューターに組み替える。それはやがて太陽系の量子配列を自由に組み替えられるまでになる。そうやって五十億年以上先までNEHaNにいる君たちを持続させる。それが第一フェーズだ」
三人は情報を処理できず茫然自失としていた。
「こっちの世界に居続けることは自殺みたいなものだ。しっかり生きてくれ」
強い願いを込めてそう言って、三人を家に帰らせることにした。床に道案内のための羊を表示させる。羊は陽気な調子で「お帰りはこちらです!」と言い、三人はただその明るさに付いて行った。私もエントランスまで付いていき、去るのを最後まで見送った。
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