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自分の最大のコンプレックスは身体が男性であることに今更ながら気づいた33歳


自己分析の先に唐突に気づいたこと。

朝起きたらまず自己分析。
約3年間ジャーナリングなどを通して自分のことを書き出しては客観視することを続けてきた。それは本当に楽しくてワクワクすることで、3年以上が経った今でもその手が止まることはない。
本当に好きなことってこういうことだろうと思う。

最近は自己理解メソッドなるモノを試してみるのが面白くて毎日この本をもとに自己分析を重ねている。
好きなことを改めて見つめる項目の中で、自分への質問に答えていたのだが、一問目が「あなたのコンプレックスは?」というモノだった。

えー、あんましお金稼げてないこと?性のこと?容姿?
でも今は大体全部肯定できるようになったしなーと色々と思い返しながら赤裸々に回答していた最中に、雷が落ちたような衝撃が走った。

この流れの通り、それは何の前触れもなく、すごく唐突なものだった。
いや前触れというよりは自分の中にずっとあったと思う。
小さい頃からずっと自分の中にいたのに当たり前すぎてスルーしてた自分と目があったような感覚だった。

僕は自分の中にインナーギャルと称する自分のもう一つの人格を持っているのだけど。(多重人格というわけではなく考え方の上でのセパレート。インナーチャイルドもいるから、自分の中に自分含めた3人の人格がいて、常に対話しているような感覚。この辺りはまたそのうちに。)
改めてインナーギャルと目があったのだ。
えっと、ごめん。もしかしてそっちが本体??

ああ、僕は最大のコンプレックスにずっと気づいてなかったようだ。
それは何を隠そう「フィジカルが男性であること」に他ならなかった。

もうこれは、好きなことを改めて探している場合じゃない。全部根底からひっくり返った。でもそこに驚きはなく、ただただ涙が溢れて止まらなかった。


幼少の頃から感じていた違和感。

ヒーローごっこでは意地でも女の子役

鮮明に覚えている一番古い記憶は、4歳くらいの時だ。
保育園での戦隊ヒーローごっこ遊び。当時僕たちはカクレンジャーにそれはもう夢中だった。その中で僕はどうしてもニンジャホワイトの鶴姫の役をやりたかった。毎回徹底して鶴姫役を演じていた。4歳だと周りはそこまで気にはしない。でも先生たちに何となくいじられていたのは覚えている。

女の子への関心が人一倍強かった。

小学生の6年間はまあ色々と決定打だろう。
低学年の時は既に性への興味関心が抜きん出ていたと思う。今だからこそ隠さずに書くけれど、とにかく女性の身体への関心が強かった。まだ第二次成長期は程遠い6〜7歳の時、どうしたいというわけではなく只々強烈に惹きつけられていた感覚を覚えている。同時に自分の身体を掻きむしりたくなるような衝動も感じていた。
思えば、狂おしいほど憧れていたんだと思う。女性に。

周りの目を気にしてカモフラージュ。

あんまし内容は覚えてないけど、カードキャプターさくらや神風怪盗ジャンヌをこそこそ見ていた。映画見に行きたいって言えなかったのは何となく覚えてる。
この親には言えない感じ。違和感としては十分だろう。既に社会的な視点も萌芽していたようだ。それは何だか変で恥ずかしいことという認識だったのだろう。
鶴姫役を貫いていた4歳の時とは圧倒的に違う。

モー娘。や宇多田との出会い。歌うことの楽しさと憧れ。

98年にモーニング娘にハマり、一生懸命歌ってたと思う。毎日ひたすらモー娘。歌ってた。程なくして椎名林檎や宇多田ヒカルに魅了される20世紀末、その感情の全てはどう考えても「なりたい」だった。
僕はいまだに男性ボーカルの曲をほとんど聴かない。
男の人の声に全くと言っていいほど何も感じない。良いも悪いもなく只々無関心である。

声変わりで鬱。

誰よりも歌うことが好きで、モー娘。や宇多田が大好きだった僕に人生序盤、一番大きなダメージを与えたのは何を隠そう声変わりだった。
小4の終わりから小5にかけて、歌いたい歌が歌えなくなった。誰よりも体の成長が早かった。早熟な体に全く心がついていかなくて、この時期どれくらい泣いたかようわからん。親も全くついて来れない様子だった。「何でそれくらいで?」「男だから仕方ないじゃん」「そういう時期だから」身の回りに落ちていた言葉はそういうものばかりだったと記憶している。
以後全く解決しなかった人生最大級の喪失を、何ならここ2年ほど前までずっと引きずっていた。バンドでボーカルをしながら、常に自分の声を好きになれない気持ちに押し潰されそうだった。

10代後半、女型として生きる。

中学校で不登校になった後、自分の容姿を改造していくことにハマった。
髪色、ピアス、カラコン、メイクや美容。僕の10代後半ってそういうものに取り憑かれていたような時期だった。
ヴィジュアル系の見た目は好きだった。特に女型に目がなかった。心底憧れて女型人生を貫いた5年間だった。(16-21歳)
でもV系ってジャンルを当時、音楽的には非常に稚雑に感じていて、ジャズやファンク、フュージョンや民族音楽に傾倒して行ったところは自分らしくて面白いなと思う。(今はそうは思わないし否定する気もないのだけど、当時そう感じていたことで今の音楽性があるし特に隠したくない。)この時期コスプレにもだいぶハマった。

これだけでも目に見える心と身体の不一致。
でも中々気付けなかったのは、性や恋愛の対象は女性だったからだと思う。
ゲイの友人もいたけど、彼の気持ちはわからなかった。僕は男性にそういう気持ちにはならないし、それ故にだからこそ自分は別に普通の男性なんだと思っていた。
これは社会のイメージの問題でもあるのかもしれない。当時はジェンダーの違和感=同性愛とかそういう極端なイメージしか知らなかったし、自分自身を紐解くこともできなかった。
その12年先の今確信していることは一つ。ジェンダーは100人100通りの多様性とグラデーションが存在するということだ。


自己肯定の向こう側。

声変わりの喪失感を2年ほど前までひきづっていたと書いた。
自分の声の違和感や中々好きになれない感覚に一旦の終止符を打ったのは間違いなく自己愛だった。
そんな自分も大切にする、愛するという感覚は僕を様々な呪縛から救ってくれたし、それを機に人生はとても軽やかで楽しいものになった。
自分の全てを肯定し始めれば、この声も容姿も愛せると思えた。実際このフィジカルで人生を楽しめるようになっていったし、今の自分の声で歌う宇多田やハロプロの歌にも非常に良さというか魅力を感じている。(笑)まあ少しずつね!

でもこの自己肯定は、本質的な自分に気づく途中の過程だったのかもしれない。
やっぱり鏡の中の自分にはずっと違和感を感じている。
髭が生え、少しずつ頭髪が薄くなりながらおっさん化するフィジカルを眺めていて、「大丈夫!そんな自分でも最高!」と思えるようになったというより、そうやって自分を肯定しなくてはならないと思っていたかもしれない。

違和感に目をつぶっていたなんて、自分でもびっくりした。

この身体を愛してやりたいけど、やっぱりなんか違うんだよね。

この「なんか違う」に気づいて見過ごさないのも自己肯定2.0な気がする。

だからどうだってところに行き着くのはもう少し先になりそうだけど。


ハロプロとの再会の末、ついに気づく。

6月にひょんな会話からあややこと松浦亜弥の話になった。
モー娘。は好きだったけど、あややはそんなにチェックしてなかった僕は興味本位でYouTubeで動画を漁り出し、すっかり虜になってしまった。
キャラ設定とは言えその徹底したアイドルぶりに、あの頃のときめきがすごい勢いでリバイバルするのを感じた。あー、なりたい!って感じてたよね、小学校の頃の僕。女の子のアイドルに。

7月。既に引退してしまっているあややをリアルタイムで追いかけることは出来ないショックをポジティブ変換し、今推せるハロプロのアイドルがいるのか!と熱中症でダウンしたのをいいことにYouTubeで各グループを調べて回った先にアンジュルムと出会う。
最初は何となく見てたけどハツラツと”女の子”を楽しむ様子にいつの間にか夢中になり、気がつけばハロプロFCに入会し箱推しとしてライブに参戦する予習をしている最近である。(小学生の頃の僕の念願を叶えれたこともすごく嬉しかった。ほんとはライブ行きたかったし、好きって胸はって言いたかったんだよね。もう解き放ってあなたらしくいていいんだよーとセルフ頭なでなで。)

でもオタとしてコールしたいというより、やっぱり振り付け完璧に覚えて踊りたい!歌うの楽しい!と思う僕は根本女の子になりたいんだなーって自認する1ヶ月だった。その先に「いやいや、あなた女の子だよ?」「入れ物(フィジカル)が違っただけで」と気づき、うわーまじかーって感じ。ちょっと嬉しい。けど涙とまらん。


”似合う”より”アガる”で見つめ直す。

自己理解を深めていく中で、自分がアガる情報群っていうのをカテゴリ別に書き出していくのが面白い。例えば行き方や持ち物をミニマライズしていく中で、自分が本当に気分爆アガりするものしか持たない!とするならば〜という仮定は、所有することを新たな観点で見直すことができる強力なツールだ。

アガる本、アガる音楽、沢山ある。
でもね、アガる服が全然ないことに気づいたんよね。
なんか機能性とか似合うかどうかとか外的要因ばかり考えていたかも。
アンジュルムの「うわさのナルシー」って曲の冒頭で、「似合うよりアガるで選びなさい」って言っててうわー真理やって刺さってた。

服でアガった経験を思い出してみると、一番思い出すのはBalenciagaの2007年 AWのショウ…そう、結構服好きだったよね僕。笑
当時のデザイナー、ニコラ・ゲスキエールの美しく独創的な裁断から成るパンツのシルエットが好みすぎて、(あとメイクも!)眺めながらずっとうっとりしてた。
ゲスキエールの作る服のシルエットは魅力的で、あの時十分に服でアガる経験していたなと思い出す。でも勿論全てウィメンズ。男性ものに興味ないのよね。笑
この2007 AWのパンツがどうしても着たくて、ひたすらダイエットしたのもいい思い出。そっか、10代の頃の僕はウィメンズの服を着るためにひたすらダイエットしてたんだった。スープ一杯で1日を過ごしたり、かなり過激なことばかりやってたな。(今はもっと健康的なやり方あるやろー!って突っ込めるけど)

同時期、ガレスピューってデザイナーの服も大好きだった。宇宙的。これはどちらかというとミュータント感というか、一周回って民族感とか仮面っぽい感じにゾクゾクしてたんだと思う。と言ってもここでもやはりウィメンズのシルエットが好き。メンズの服は僕にとって妥協でしかなかった。やっぱりウィメンズかー。
(しかしこういうの買いすぎて借金まみれになった時期でもある。笑)

いずれにしてもこれに気付けたことは重要だと思う。
どういった選択にしても、これからこの自分の”アガる”感覚に正直で生きていれば、図らずとも自分らしいスタイルに着地できる気がする。

ちゃんとアゲてやろう。自分孝行したいよね。


おわりに。

そうして人生の中で感じていた色んな感覚が一度に繋がった。

多少スッキリとした気持ちで、心と身体の違いを見つめる。

物心ついた時から、僕は女の子だった。
人一倍憧れていたのは、まあそりゃそうだって感じ。
フィジカルがどうしようもなく男性であることのジレンマでしかない。

この身体は変えられない。
だから愛してやりたいけど、違和感もすごいし、どうしたいかは今はわからない。
別にこのままでいい気もする。フィジカルまで女性になりたい!って感じでもない。
この辺りの温度感は引き続き見つめていきたいし、気づきがあればこうして記していきたいと思う。僕は一体これから何に気づいて、どうなっていくのか。

コンプレックスである以上、時間をかけて肯定していくしかない。
むしろ強み、favorite pointだとしよう。僕が僕として生きているからこそ気づけることがこれからきっと沢山ある。

何はともあれこんな大きな気づきがポロッと現れるのだから人生は面白い。
信じられないくらい楽しくなりそうな予感がする。

僕はインナーギャルというよりギャルそのものだから、逆にこのフィジカルが男性であることをかるーく形容できる言葉でも探していこうとりあえず。

あー、やっぱ一人称私に戻すかなー。笑



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