深く、深く静かな《深海》
「返してください。私に」
女は、言った。
自分に落ち度など1ミリもないと信じている。
清らかな正義の旗を掲げた眼差しだ。
真っ白なスカートが揺れるのを、あたしは見ていた。
この部屋に白いスカートが存在することなんて、あるんだなぁって思いながら。
あたしが、浮気相手だったのだ。
たとえ、プロポーズが先だったとしても。
たとえ、その言葉が、その後この女へと使い回されたものだとしても。
この女には、そんなことは関係ないのだ。
先に出会わなかったら浮気?
先に唇を合わせなかったら浮気?
先に服を脱がなければ、浮気になってしまうの?
他に女がいると知らなくても?
窓を照らしていた西日が、ふっと息絶えた。
一人ぼっちの夜が、部屋の外まで来ている。
この女でもいいから、このまま居てほしい。
一瞬、本気で願ってしまった。
どう言えばこの女は満足するだろう。
ワカリマシタ?
モウシワケアリマセン?
返してあげるわよ?
呼吸が、苦しい。
あたしは、乾いて張り付く唇を、ゆっくりと舌でなぞった。
「差し上げるわ、お古で良ければ」
深く、深く静かな。
誰から誰へのものなのか。
暮れていく部屋を溺れさせる、
この、凍った殺意は。
※タイトル、お借りしました。
例えば、「甘い匂い」という文を見て、
ショートケーキを浮かべる人もいれば、
金木犀を思う人もいて、
でももしかしたら、凄惨な殺人現場を想像しちゃう人もいるかも知れなくて、
なんてことを考えてしまうほど、
何でか知らんがめぐみティコという人は、
当方の「書きたいスイッチ」を、
突如押してくるわけですよ。
ポチッとな、と。
☆ヘッダー写真、お借りしました。ありがとうございます。
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