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「伝統の醸造で攻める、クレイジーだけど面白い酒造り」 土田酒造・土田祐士社長

赤ちょうちんの居酒屋でコップ酒を傾けたり、日本酒バーでおしゃれなグラスに注いでもらったり。日本酒はさまざまな楽しみ方ができる身近なお酒です。

その多様な味わいを支えているのが、全国各地に1400以上ある酒蔵の存在です。多くの酒蔵は、これまで地元消費のマーケットで商売をしてきました。ところが、少子高齢化で地方の「飲み手」は減少し、経営難になる酒蔵も増えています。

「このままでは10年後に会社を存続できない」―。土田酒造(群馬県川場村)の土田祐士社長は市場を世界へと広げるため、業界内では“クレイジー”とも称される決断をしました。天然の乳酸菌を生かした伝統的な酒造りに活路を見出し、酒蔵の全銘柄をこの「山廃(やまはい)」仕込みに切り替えたのです。

自然の菌と対話し、新たな酒を醸す 

―土田酒造といえば、代表銘柄の「誉国光(ほまれこっこう)」が有名です。2018年秋には「誉国光」を含む全商品を、伝統的な酒造りの手法「山廃」仕込みに切り替えたことで話題となりました。
そもそも「山廃」とはどのような手法なのでしょうか

土田 酒蔵に漂う、天然の乳酸菌を生かした伝統製法を「山廃」と呼びます。といっても、一般の方には分かりづらいですよね(笑)。

日本酒がどのように造られているか、ご存じですか。
日本酒は、原料の米、麹、水をアルコール発酵させて造ります。日本酒は、ワインやビールに比べて発酵プロセスが複雑です。そのため、多くの酒蔵は乳酸を添加して品質を安定させる「速醸(そくじょう)」仕込みという手法を使っています。

「速醸」の技術は、日本酒の大量生産が急務となった明治時代後半に生まれました。昔は米が貴重品だったため、添加物を加えて効率的に量産することが求められたのです。今の主流である「速醸」仕込みは、比較的新しい酒造りの伝統といえます。

酒造りは乳酸菌や麹菌といった複数の菌が順番に働くことで、米を酒へと変えます。「速醸」はこの発酵プロセスを人工的に導きますが、「山廃」は蔵にある天然の乳酸菌を利用します。

8年前から「山廃」仕込みに挑戦していますが、何しろ自然相手の仕事ですからね。時には雑菌が混ざって失敗することもあります。菌と対話して醸す酒は、味のゴールが分からないから難しく、面白いんです。

自然の乳酸菌を生かした土田酒造の酒造り(土田酒造提供)

―全銘柄で無添加の「山廃」仕込みを手掛ける酒蔵は、全国的にも珍しいのでは。

土田 全国でも数軒だと思います。業界では、かなりクレイジーな蔵かもしれません。
一般的な「速醸」の酒造りは同じ味を安定的に供給できる一方、技術的なブレークスルーが起きにくいといえます。天然の菌に頼った酒造りは、想定外の事態がつきもの。だからこそ発想や技術の幅が広がり、ユニークな酒が造れるようになりました。

ある時、少し酸味のある酒ができたのですが、飲んでみると意外においしい。この技術を生かして商品化したのが「イニシャルズF」という銘柄です。さわやかな酸味と甘みがあり、白ワインのような味わいです。
最近では「麹九割九分」という銘柄も人気です。通常は2割程度しか使わない麹米を99%使った酒です。
ほかの蔵がやらないことに挑戦する、それがうちの酒造りです。

濃厚な甘味と酸味が特徴の「麹九割九分」。ワインのようなおしゃれなラベルも人気

―「山廃」仕込みによって、酒の味はどのように変わりますか。

土田 かつては「山廃」の酒は個性的過ぎて、一般受けしないといれてきました。しかし、酒造りの技術は日々進化しています。当社は杜氏の星野(元希さん)が試行錯誤して、「山廃」の複雑な味わいと旨味を生かしつつ、飲みやすい酒を造り上げました。

今後は「山廃」よりも古く、江戸時代に完成した伝統製法「生酛(きもと)」仕込みを取り入れていきます。「生酛」には蒸米を棒ですりつぶす「山卸(やまおろし)」という作業があり、それを「廃して」簡略化したのが「山廃」です。「山卸」は重労働なのですが、この工程を踏んだ方が品質は安定すると最近分かりました。味もよりクリアになるのではないか、と期待しています。

日本酒の真価は醸造技術にあり 

―科学が発展する前に発明された手法で、さらにうまい酒ができるなんて。昔の人はすごいですね。

土田 そう、僕らがすごいわけじゃない(笑)。日本酒の文化的価値が素晴らしいのです。

昔、米は貴重な食糧でした。そのまま食べた方がお腹いっぱいになるのに、わざわざ醸造して日本酒にしたのです。先人たちの覚悟と人間の欲望を背負ったぜいたくな飲み物で、だから今も神事など大切な儀式に用いられています。歴史的にみれば、単なるアルコール飲料とは言えない、と思います。

最近の大吟醸ブームによって、米を磨いてぜいたくな酒を造ることが、日本酒の付加価値とされています。確かに米を削れば、その分だけ雑味のない酒ができます。それでは、米を磨く以外に技術の広がりがありません。一つの技術ではありますが、これが全てはないと感じています。

日本酒造りは、麹菌によって米のでんぷん質を糖分に変え、酵母がその糖分をアルコールに変えるという、複雑な醸造過程が必要となります。醸造の過程に味を決めるタイミングが複数あるので、杜氏の技術によってさまざまな味が生まれます。
この醸造技術を極めることが、日本酒の持つ本来の価値を高めることにつながると信じています。

―土田さんが考える、日本酒の未来とは。

土田 国内の日本酒出荷量は減り続けています。少子高齢化によって地方の「飲み手」も減り、日本酒業界はますます厳しくなるでしょう。「山廃」仕込みにかじを切る前、社員たちと酒造りの未来を真剣に議論しました。みんなの結論は「自然の菌と対話する酒造りはやっぱり面白い」でしたね。

原料は米、麹、水だけ。使わなくて済む添加物は使わない。自然の力が造り出す酒の面白さ、楽しさこそ、子供たちの世代に伝えていきたい文化だと思っています。

実際に自然志向の日本酒は、都内やアジアでも需要が高まっています。うちの酒が世界で認められることで、地元のファンにも喜んでいただければうれしいですね。

酒造りのプロセスを評価してほしいと言いつつ、一般の方への周知はまだまだこれからです。日本酒の持つ豊かな文化と発酵技術のすばらしさを、もっと多くの人に伝える仕組みが必要だと感じています。

土田酒造 HP FB
場所:土田酒造(群馬県川場村川場湯原2691)

 ※ローカルメディア「いまここ」より転載。2019年4月公開

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