違国日記を観て。
5ヶ月ほど前になるけれど、映画「違国日記」を観た。レビューというよりは、映画を見て思ったこと・自分についての言及をする。
あらすじ
所感
私は槙生に、どこか共感できるところがありつつ、それでもどこか分からないところを見つけながら、作品から得られる気づきに浸りながら楽しんだ。
私から見て、槙生は「何か」という抽象的な概念と想いと決意を持ちながら強く脆く生きているように見えた。
作品の中でその「何か」が明瞭に表現されることはないように見えたが、彼女はその存在性を確信し、なんなら彼女は言語化さえしているが表出しないというスタンスを取り続けているのではないかと思った。そのスタンスでその「何か」を守っているようにも見える。
私の中にも(今はまだ)何とも表現できない「何か」が存在していて、そのは「何か」は私が生きる上でのヒントであるように思う。
「何か」を守りつつも、その「何か」に苦しめられて行きづらさを感じている槙生が描かれているシーンもあった。
そう考えると、私も「何か」に苦しめられて生きづらさを感じていることになる。
この作品では、何種類もの苦しみを癒すシーンもあった。それを観て私も次のような癒しを求めた。
私もどこかに行きたいし、ゆっくり考えながら過ごしたいし、孤独になりたいけど人の温かみを感じたい。そんなように私も私を癒したい。
刺さったところ
あるシーンがとても印象に残っている。
サイン会の後のシーンで、
槙生は、槙生の友人で元彼である笠町に、「手伝ってって言うだけじゃん。」と言われる。
そのセリフに私は刺さった。「たしかに。」と思った。
その後の槙生のセリフはまさに私の内部にあることを言語化してくれた。
「私には難しい、そんなこと言える価値が私にはないのではないかと思って考えてしまう」
他人に頼ることって私にとっては難しいんだよな…