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恋、どこまでも孤独で自由な営み
こちらは、林伸次さんの文庫版『恋はいつもなにげなく始まって なにげなく終わる。』のあとがきに掲載していただいた文章になります
□
「男性って香水をもらったらうれしい?」
ある既婚女性から、贈り物の相談を受けたことがある。彼女とはずいぶん長い付き合いだ。
「人によるけど…誰かにあげるの?夫に聞いてみればいいじゃない」
と答えると、彼女は
「夫に聞けないから、あなたに聞いてるんじゃない」
当たり前のことを聞くんじゃないよ、とでも言いたげな様子だ。
なるほど。
僕は理解し、少しだけ苦笑いする。まちがっても、
「僕が君を好きだったと知ってて相談してる?」
なんて言わぬよう、細かく注意を払う。
そして、
「そうだねぇ、何をあげたら喜ぶかな…」
彼女の秘かな恋を、秘かに応援する。
今日も、人知れず誰かが誰かを想っている。
誰にも言えない恋。誰かにだけは言えない恋。
この物語に出てくる大人たちも、随分と「言えない恋」をしている。
教え子に恋をした、美術教師。
20歳ちかく年下に恋をした、既婚女性。
デパートの売り場で恋に落ちた、孫もいる老齢の男性。
彼らは恋を実らせず、自分の中で大切に転がし、静かに終わらせていく。恋を終わらせることを決意した時に紡がれる言葉を、僕はたまらなく美しいと思う。
―― 「私ももう子供じゃないんで、そういう感情は見せないって決めたらそのくらいは可能です」
諦めとプライドの間で、かすかに張りつめる言葉たち。
恋を終わらせながらも平然と、つつがなく、規則正しく生きてく術を身につけることが「大人になる」ということなのかもしれない。
それなのに、どうして彼には話してしまうのだろう。
恋を抱えることはとても「孤独」な営みだ。そして、どんな危険な恋でも抱きつづける魂の「自由」が私たちにはある。
その「孤独」と「自由」の甘美をもて余したとき、私たちはBARを訪れる。
親、妻、教師といった服を脱いだ何者でもない自分がワイングラスに映る。どこか見なれない自分の顔に戸惑い、すこし嬉しくもなる。
目を上げると、カウンターの向こう側ではバーテンダーが最上の丁寧さをもってグラスを磨いている。けして告白を急かさない寡黙でストイックな牧師のように。
その佇まいに私たちは安心し、終わらせた恋をつい告白してしまうのだった。
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