【300文字の感想文】<9>二十四の瞳|壺井 栄
<9>二十四の瞳|壺井 栄
視点1️⃣
この時代に生きていたら、生きること自体に希望はあったのだろうか。
そればかりを考えてしまった。
当たり前に『戦争』というものがある時代に生まれ、男性ならば『戦争』に行き、『お国のために死ぬ』ことこそが当たり前であり、本望だったのか。
女性であれば、戻ってくることはないことを知って、愛する人たちを送り出すことは、喜ぶべきことだったのか。
大石先生の戦争を憎む気持ちは、決して吐き出してはならず、その鬱々とした気持ちはどこにも持っていけない。そんな世の中で生き抜くことは、どれだけ不幸せだろうかと感じてしまう。
戦争を体験した人たちが少なくなり、こうして本を読むことで疑似体験できることが、ありがたく思えた。(298文字)
視点2️⃣
使ってはいけないと言われるような、今では卑俗な言葉。
仲が良いからこそ、まっすぐに自分の意見を伝える強さのある発言。
そんな言葉たちに驚いた。
想いを馳せてみれば、大切な人が、そして自分自身がしっかりと生き抜くためには、そんな強い言葉が必要だったのかもしれない。
伝えたいことを伝えられぬまま、また今度会ったときに……
そんな「また今度ね」がやってこないかもしれない不安感や恐れは、心の根底に、それぞれが持っていたのだろう。
伝えたいときにちゃんと伝えようと思うことが当たり前だったのかもしれない。
また次集まるんだよ!会うんだよ!そんな怖さや寂しさの強い想いを持ってこその言葉たちはとても強く目に飛び込んできた。(300文字)
視点3️⃣
太陽が西の空に沈んでまもなく。
暗がりに、マンションや団地の明かりがある。
それなりに街灯もある。
当時はこんな明るさはきっとなかっただろうと、文明の進化を感じる。
家のことにかける時間が大半で、自分の時間は持てていただろうか。学生は、家の手伝いで教育を受けれなかったりもしていただろう。
お金が必要で、そのために子どもを売り、食べるものがなく、医療もまともに受けることができず、死というものがすぐそばにあるような時代。
当たり前にある、その背景は変わったようでいて、本当のところ、かたちが変わっただけで、知られる機会が少ないだけで、まだそういう部分は大いにあるのではないか。
三日月が輝く夜空に、切なさが広がる。(300文字)