休眠預金事業における資金分配団体と実行団体のつながりの鍵はエクイティだとわかりました~書籍:コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装から学ぶ~
お仕事で、休眠預金事業の資金分配団体の評価アドバイザーのお仕事を担当させて頂いております。
下図のように休眠預金事業は指定活用団体→資金分配団体→実行団体→受益者という流れですので、評価アドバイザーの役割は、資金分配団体と実行団体を社会的インパクト評価の観点でつながりを強化することだと個人的に考えております。
休眠預金事業について知りたい方は以下の図とリンクをご参照ください。
評価アドバイザーをしていると毎回悩むことがあります。
それは、資金分配団体の成し遂げたいことと、実行団体が成し遂げたいことのつながりを何を持って強めていくべきか?ということです。
社会的インパクト評価では事業の前半に社会課題を解決する設計書であるロジックモデルを資金分配団体と実行団体それぞれが作成するので、そのロジックモデルがつながりになるのですが、そうなるとどうしても資金提供者である資金分配団体のロジックモデルが当然ながら影響力を持つことになります。
もちろん、実行団体も独自にロジックモデルを作成することになりますが、これまで実施したことがない事業だと不確実性が高くて、明確なロジックモデルをつくるのが難しいので、どうしても他地域や自組織で実践経験のある資金分配団体のロジックモデルを模倣することになりがちです。
ここまで読んで、
ロジックモデルって単なる報告書資料でしょ?とりあえず出しといて、実際は実行団体がやりたいようにやればいいじゃないの?
と思う方はいると思います。資金分配団体のキャラクターにもよりますが、休眠預金事業においてはそれは難しいです。
ロジックモデルに沿って、評価指標と目標値を定めて進捗を見ていくことになりますから、記載していないことをするとなると変更が必要で、その変更のロジックは自団体で考えなければいけなくて、なかなか資金分配団体を納得させる説明は難しいです。
そうなると諦めちゃって、
資金分配団体さんが設定されたことをやればいいんでしょ!
と発言する実行団体さんがでてきそうですが、やらされ感でやって成果がでるほど甘いものではないのと、資金分配団体と関係性よくやる必要があるので、このようなコメントをされる団体さんは結構厳しいのかなと思ったりもします。
数年関わってみて思うのは、休眠預金事業は単なる「助成プログラム」ではなく、社会課題の解決に向けて強力に進める「仕組み」ということです。そしてもう1つ思うのは、その仕組みの強力さが実行団体さんの主体性をそいでいるのではないか・・・と私自身モヤモヤを抱えていました。そう思ったのは、資金分配団体と実行団体さんとの間のつながりが希薄に感じる時が何度かあったからです(もちろん濃密に感じる時もありました)。
そうしたモヤモヤを抱えていたところ、書籍:コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装を読むことで、そのモヤモヤがはれたので今回noteにまとめていきます。
休眠預金事業は社会課題の解決に向けて強力に進める仕組み
休眠預金事業は他民間財団が提供している支援性の高い助成金とは明確に違い、社会課題の解決に向けて強力に進める仕組みだと思います。まず、それについて説明していきます。
コレクティブインパクトを創出する枠組み
休眠預金事業ではNPO・行政・企業・市民といった異なるセクターの組織でコンソーシアムを組んで実施することでコレクティブインパクトの創出を目指すことが多いです。
コレクティブインパクトとは異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の社会課題のために、共通のアジェンダに対して行うコミットメントと定義され、以下が特徴です。
集合的に問題を定義し、その解決のための共有ビジョンを描くことを通じて生み出す共通のアジェンダ
継続的な学び・改善・アカウンタビリティにつながるような、進捗を追跡し共有するための共通の評価・測定システム
成果を最大化するために、参加者たちの多くの異なる活動を統合する相互に補強し合う取り組み
信頼を構築し、新たな関係を生み出す継続的なコミュニケーション
全体の働きを連携させ調整する献身的なバックボーン組織
コレクティブ・インパクトの新潮流と社会実装P12から抜粋
この1.共通のアジェンダと2.共通の評価・測定システムはロジックモデルとしてつくられていきます。そして実行団体が活動する地域において、3.相互に補強し合う取り組みがされるような会議体の形成を通じて4.継続的なコミュニケーションがされるように促していきます。そうした取り組みを支える事務局(5.バックボーン組織)を果たすための人件費や諸経費を助成しています。
このように、資金分配団体から実行団体への資金的支援と非資金的支援で実装されていて、コレクティブインパクトが出やすいように枠組みがつくられています。
コレクティブインパクトの前提条件
コレクティブインパクトの前提条件として「影響力のある招集者」「最低でも2~3年は持つ十分な財源」「変化を望む危機感」の3つが重要とされています(3点はP62から抜粋)。
影響力ある招集者については、資金分配団体から実行団体を公募し休眠預金事業を行うに適した実行力のある団体を選考します。
十分な財源については、休眠預金の通年事業が3年で毎年700万円以上の資金投入があり人件費にも使えるケースが多いです。
変化を望む危機感については、休眠預金事業は以下3つの対象領域に絞られており、いずれも日本の課題として多くの地域で顕在化しています。
子ども及び若者の支援に係る活動
日常生活または社会生活を営む上での困難を有する者の支援に関する活動
地域社会における活力の低下その他の社会的に困難な状況に直面している地域の支援に関する活動
このように仕組みとしてコレクティブインパクトがでやすいように環境が整えられていることがわかります。
休眠預金事業で行われている社会的インパクト評価
休眠預金事業では社会的インパクト評価として事前評価・中間評価・事後評価の3つを事業期間中に資金分配団体と実行団体が行います。
少し話がそれるかもしれませんが、社会問題の解決(ソーシャルイノベーション)を進める方向性としてこれまで2つの潮流がありました。
ひとつは、成功した方法を他地域でも展開するかたちでのスケールアウトで、そこで重視されているのがセオリー・オブ・チェンジ(変化を生み出すパターンを言語化・可視化した変化の方法論)です。セオリー・オブ・チェンジはロジックモデルにつながるものです。資金分配団体のロジックモデルに実行団体が影響を受けるのはこのスケールアウトの潮流だと思います。
そして、もう1つは、地域個別の社会課題の背後にある社会システムにまで踏み込まなければ、根本的な解決には至らないとする考え方で、対話を重視しています。これは多くの実行団体が重要な考え方として持っているものだと思います。
この2つの潮流には以下の課題がありました。
休眠預金事業では、この2つの潮流の課題を軽減するために、事前評価では、地域のことを理解している実行団体がニーズや現状把握をした後に、資金分配団体の伴走支援を受けながら3年間事業の進め方をロジックモデルに落とし込んで、成果を測定するための指標や目標値を設定し、事業に取り組むとされています。
最初の問いに戻って・・・
休眠預金事業は、社会課題の解決に向けて強力に進める仕組みであることや、これまでのソーシャルイノベーションの課題を軽減するための工夫がされていることがわかって頂けたと思います。
最初の問いにもどって、私が仕組みの「強力さ」が際立ってしまって実行団体さんの主体性をそいでしまうのではないかというモヤモヤは、資金分配団体のスケールアウトの力が少し強めなバランスであることを感じていることがわかりました。
コレクティブインパクトの中心に据えるべきエクイティとは
本書では、コレクティブインパクトに必要な原則の最優先なものとしてエクイティ(構造的不平等の解消)を挙げた上でコレクティブインパクトを以下のように再定義しています。
その上で、エクイティの捉え方が人によってまちまちであると指摘した上で以下のように定義しています。
そしてエクイティをコレクティブインパクトの中心に据えるための方向性として以下ガイドしています。
太字で強調したように、実行団体の地域に事業として新しい支援プログラムを加えることを重要視されがちですが、各地の状況の根底にあるシステムを変えることも重要であることがわかります。また、実行団体の活動地域に多くのリーダーを生み出すことも重要なことであると感じます。
本書では、エクイティを中心に据えるための5つの戦略として以下が挙げられています。
この5つの中で、2のシステム・チェンジについては、社会的インパクト評価の視点ではあまり意識してこなかったので、ここがポイントになるかなと思いました。
システムチェンジは3つのレベルで起きると捉えられています。
本書では、多くの人や組織がレベル1の構造の変化を試みるが、レベル2の関係性やレベル3のメンタルモデルをそのままにして構造の変化を起こそうとしても、結局は持続不可能な解決策につながりかねないと指摘します。
持続可能性というと、助成終了後の資金面に注目されますが、それはいち側面で、本当の持続可能性は3つのレベルのシステムチェンジが起きることであることがわかります。
事業による受益者の変化を捉えることだけでなく、システムの変化を社会的インパクトとして捉えていくことの大切さに気づきました。
以下の様に、関係性やメンタルモデルを変えるための鍵は「当事者」の参画と述べられています。
参画とは、単なるヒヤリングではなく意思決定に関わる、より深い関係性のことです。
地域住民の代表として実行団体がいるのでは?そう思われるかもしれません。しかし、
とあるように、いち実行団体がコミュニティの声を代弁することはできないので、活動の中に当事者や地域住民が参画する余白をつくっているか、以下文のコミュニティのリーダーシップをどうはかっているのかが見るべきポイントの1つかもしれません。
コミュニティと言われると曖昧な感じがしますが、P34で都市部に住む子どもの教育の観点でエコマップが示されています。当事者を中心に、インフルエンサー→コミュニティ→組織→システムとひろがっていて、下図でいう黄色の当事者のインフルエンサーと組織の間に位置する人との関係性をコミュニティと呼んでいます。
ここまでで、実行団体は、活動する地域において、上図でいう「組織」や「システム」から社会課題を解決するための資源を得ながら、「コミュニティ」との接点をもちながら「インフルエンサー」と「当事者」と共に意思決定をしていくために、どうネットワークをつくっていくかが重要ということがわかりました。
このネットワークの種類は5つあり、どのように社会課題に取り組むかのセオリー・オブ・チェンジによってどのモデルがとられるかわけられます。
こうしたネットワークの上で、以下のような多層的コラボレーションを促していく事務局のはたらきかけが重要となります。
持続可能性の鍵はスローリーダーシップ人材の育成
コミュニティのリーダーシップを高めていくには、地域住民や関係者の個々の関与が欠かせません。また、助成期間終了後も事業が継続していけるかは資金も重要ですが、関わり続けてくれる人がいるかにもかかっています。
本書では「渋谷をつなげる30人プロジェクト」の例を挙げています。
これは単なる面白いコラボレーションのアイデアというものではありません。
企業が中心となった場では既にあるリソースで実現可能なアイデアに収束し根本問題に結びつかず、行政による「市民協働」では行政の縦割りの構造の中で、他部門に影響のない範囲での市民参加をうながすにとどまり、NPOのネットワークが中心となった場では他セクターとのすり合わせが不十分でリソース配分がうまくいかないといった、これまでの多くみられた協働の失敗を経て、考えられたやり方です。
実施は3つのステップにわかれており、月1回のセッションを半年間おこないます。
地域を限定することで社会課題を明確にして、さまざまなステークホルダーと関係性を再構築することで、その地域ならではのイノベーションを生み出すアプローチのことを、「スローイノベーション」と呼び、従来のニーズの把握→解決策の開発→問題解決を目指す「ファストイノベーション」と対比しています。
「つながる30人」の実践で成長するチームには自組織の損得勘定を越えた「市民性」や「無償のリーダーシップ」が共有されていたそうです。スローリーダシップは①心のなかに旗を立て、②関係者全員の思いを聴き、③セクターを越えてともに変わるという「人間関係のメンテナンス」中心の考え方です。
こうしたアプローチは時間がかかり社会的インパクトに欠けるのではないかという見方が従来からありました。しかし、社会的イノベーションは、そこに関わる人たちが、どういうモチベーションで「行動する人」になるのかによって方向性、ひいてはインパクトが大きく変わるので、助成期間終了時にそうした人がどれだけ増えているのかは重要な変化なのです。
さいごに:資金分配団体と実行団体のつながりの醸成のために、活動のどこを見ていったらよいのか
休眠預金事業の仕組みの「強力さ」が実行団体さんの主体性をそいでしまうのではないか、というモヤモヤは、資金分配団体のスケールアウトの力が少し強めなので、バランスをとる必要があるのではないかという気づきからはじまりました。
休眠預金事業の社会的インパクト評価では、事業の成果として受益者の変化を中心に見ていく傾向があるのかなと思います。
バランスをとるという観点では、受益者の変化だけでなく、以下のような地域に起きた変化を社会的インパクトとして捉えていくのがよいのではないかと思います。
どのように活動地域の構造・関係性・メンタルモデルといったシステムチェンジをおこしていったのか
どのネットワークの形態で、多層的コラボレーションが生まれるようにどうはたらきかけたのか
地域コミュニティのリーダーシップを醸成するために、地域住民や関係者に対してどのようにスローリーダシップを根付かせる取り組みをしたのか
こう書くと、
評価項目が増えてめんどさが増えるだけじゃん!
と思うかもしれませんが、評価項目に入れた内容をもとに、資金分配団体と実行団体はコミュニケーションをすることになります。
実行団体さんは、受益者の代弁者の顔、支援者の顔、自治体に対する顔、地元企業に対する顔、寄付者やボランティアに対する顔、とさまざまな顔を持って活動しており、そうした面はなかなか伺い知ることはできません。
地域のシステムチェンジに向けての活動を知ることで、その団体さんの行動や地域での存在感を知ることができます。
受益者だけの変化だけだと結果のみで見てしまいがちですが、実行団体の地域での行動や存在感などがわかると、つながりを感じた協働ができるのではないでしょうか。
そうした社会的インパクト評価につながるアドバイスができる人になりたいなと思います。
長年の私のモヤモヤをはらしてくれたこの本に感謝すると共に、ソーシャルセクターに関係している人であれば、たくさんの学びにつながるこの本を是非多くの人に読んでもらいたいです!!